第441話

 今年最後の日、夕方。エルフ伝統食の準備に取り掛かっている私達。

「アキラちゃーん、こんな感じかな?」

「お、良い感じ。ラタも見てー」

「うん、ちょっと待って」

 レシピを知っているのは私だけど、実物を知っているのはラターシャだけだから二人で状態をチェックする。まあ私の「レシピから予想するにこういう感じ」と、ラターシャの「小さい頃に見たのはこんな風だった気がする」という曖昧な判断でしかないが。

 エルフの年末年始の伝統食は、大きく分けて三つ。

 その内二つは年末に食べて、一つは年始に食べる。あ、清めのお酒は別です。そして今、私達が準備しているのは年末に食べる二つ。鍋と、肉巻きだ。

 鍋と言っても当然、私がよく知っているような和風のものではない。大鍋で作った具材たっぷりスープって感じ。調味料や味付けがエルフ独自ってこともあって私は勿論のこと、三姉妹にも新鮮なものであるようだ。しかしエルフ達も年末以外には食べない特別なものらしく、ラターシャは幼少期――まだお母さんが元気だった頃を懐かしむみたいに、その香りに目尻を緩めていた。

 肉巻きも面白い。中身が様々で、エルフの中でも定番のものと、アレンジものがあった。

 お野菜がたっぷり入っているものや、ゆで卵が入っているもの。味を付けたご飯を詰め込むことも。でも私とラターシャが知る中にチーズ入りが無かったので、マッシュポテトの肉巻きの中に、新しいアレンジとしてチーズインを追加してやった。うちの子達はみんなチーズが好きなのでハマると思う。

 そして定番の具材には、健康を祈る意味で薬草が入る。苦みが強いものもあるが、まあそれも経験と思って今回は一応全ての定番を押さえることに。

 伝統食二つ以外は、何を食べてもいいらしい。清めのお酒の代わりに甘いワインがあるから、それに合うデザートも用意しようっと。あとは適当に副菜を追加。みんなはそこまで大量に食べないだろうが、主に私のつまみとして。

「サラ、ロゼー! ごはんだよー!」

 ちなみに、今日は二頭も連れて全員で街の外に出ている。私が呼ぶと、ちょっと離れたところでぼんやりしていた二頭が軽い足取りで駆けてきた。いつも可愛い。今日はちょっと豪華な食事にしようね。

「今年はいっぱい走ってくれてありがとうね。来年もよろしくねぇ」

 年末くらいは二頭とも一緒に過ごしたくて外に出てきたが、年末に宿の厨房を占領したくないという考えでもあった。私の国ほど年末を特別視していないことはもう分かっているけれど、全くいつも通りの日でもないみたいだから。

「あーそういえばさー」

 ひと通り調理が終わって、今は鍋をコトコト煮込み、肉巻きをじっくり焼いているところ。その見張りをしているのはナディアとルーイ。そして使った調理器具を洗って片付けてくれているリコットとラターシャ。そんな中、のんびりと一人テーブルで寛いでいる私が呑気な声を出すと、四人がそれぞれ振り返ってくれる。

「前にヘレナの部屋に行った時に思ったんだけど」

 名前が出た瞬間にナディアは眉を顰めて視線を外してしまった。本当に嫌いなんだねぇ。

「こうして長期滞在する街なら宿じゃなくって賃貸物件もありだよね。台所が付くし」

「あー。なるほど、確かに」

 みんなも納得した顔で頷いてくれた。でも今みんな忙しいので手元と私の方に視線が行ったり来たりしている。そんな時に話し掛けてすまない。

「ナディア達が以前に居たお屋敷って、賃貸?」

 徐にラターシャがそう問うと、三姉妹は顔を見合わせて、首を傾けた。そりゃ彼女らはそんなこと知らないよね。契約や支払いを担当するはずもないし。

「あれは権利書があったから、持ち家だったと思うよ」

 ということで代わりに私が答えました。城に渡した書類の中に屋敷の土地・建物に関する権利書が混ざっていた。あれがあると言うことは少なくとも賃貸ではない。正規ルートで得たものかどうかは知らないけども。

「言われてみれば、移動した時にはもう屋敷があって、当たり前みたいに中に入ったよねぇ」

「家具も揃っていたし、事前に部下を送っていたんでしょうね」

 リコットとナディアが記憶を辿って答えてくれた。なるほどね。先に部下を送って準備させて、準備が終わったと連絡が来てから移動する形か。麻薬を売り捌くにもまず市場調査が必要だろうし、目立たない形で街に入る為にも、来てからモタモタと契約してられないよね。先に部下が入るのは当然とも思えた。

「……ごめん、今の話には、あんまり関係なかったかも。あんなに大きなお屋敷でも賃貸なのかなって、ちょっと思っただけ」

 三姉妹に組織を思い出させてしまったことを申し訳なく思ったらしい。ラターシャが肩を縮めて謝罪するのを見た三姉妹は苦笑して、「大丈夫」って口々に言っていた。女の子達は今日も可愛いねぇ。

「でもあの組織も転々としてたんだし、気にはなるよね。各町に物件を持つのも悪い話ではないかなぁ」

「贅沢な話ね……」

 へへ。お金いっぱいあるからね。

 ただ私達はそう頻繁に各町に訪れるわけでもないので、やっぱり勿体ないだろうか。転移できる先として確保する意味では良いんだけど、意味があるかと言われると、あまり無い。あと不在の間に管理してくれる人を用意しなくちゃいけないことまで考えたら――うん、面倒だな。やっぱ賃貸が最適か。

「何にせよ、未来のお屋敷にも家具が必要だし。事前に用意するつもりなら先に揃えてしまってもいいかと思っててさ」

「あ~、そっか。アキラちゃんの収納空間に置けるんだ」

「そうそう」

「規格外だから発想から漏れるのよね……」

「本当それ」

 みんなも『毎回家具を揃える手間』を思うと賃貸って発想にならなかったらしい。実際、私もそう。だって元の世界では収納空間みたいな便利魔法が無かったからね。本来なら家具の中身を全て出して梱包し、引っ越し業者を呼び、大きなものも含め荷物を運ぶ……その全ての手間が、私の巨大な収納空間があれば不要になる。

「この街もまだしばらく居るのよね?」

「うん、そのつもりだよ」

「ならもう早速、探してもいいかもねー」

 やっぱりそう思う? 私もみんなと話しながらそんな気持ちになっていたところ。ちょうど年も変わって気分も変わるし、新年早々、引っ越しに向けて動くのもアリかなぁってね。

「ヘレナさんに物件情報を聞けないかな?」

「おお。それ良いねぇ、調べてもらおうか」

 ラターシャが最高の提案をしてくれた。流石に私達も街全体のことは未だ把握できていないし、物件の相場も分からない。そういう意味ではこの街で過ごした時間が長く、自身も部屋を借りているヘレナが確認してくれるのは助かる。下調べはヘレナに任せてしまおう。

「じゃあ、みんな物件の要望をまとめておいて」

「ふふ、何だか楽しくなってきちゃった」

「小さくて良いから、ベランダが欲しいね、お外に干したい!」

「分かる!」

 きゃっきゃと要望を出し始めた女の子達。可愛い~~~まとめて抱き締めたい~~~。そんな気持ちでデレデレと頬を緩めて見つめるも、最早みんなは私に見向きもしないのであった。

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