第440話

 ナディアが帰ってきてもまだリコットは私のお膝の上。キスは止めたけど、また私の肩に頭を埋めて、上体を凭れさせて落ち着いている。可愛い。

 ところでアクセサリーに関する紙はテーブルに広がっているけど良いんですかね。まあ、ナディアはこっちにあまり視線を向けないし、テーブルにも着く様子は無いけども。自分のベッドの方に行っちゃったね。

「幸せだなー。私はね」

「うん? 私も幸せだよ。柔らかい」

「この体勢の話じゃないよ」

 また笑われてしまった。でも笑ってリコットの身体が揺れるのが妙に嬉しいんだよね。気持ちいいのもある。ちょっと離れたところに居たナディアも彼女の言葉が気になったらしくて、視線は向けずに猫耳だけがピッとこっちを向いた。

「ナディ姉にもアキラちゃんにもいっぱい依存して、安心してる。でも、それで良いのかなって、不安にもなる」

 流石に自分の名前まで出ちゃってこの言葉だから、ナディアが顔をこっちへ向けて、心配そうな表情でリコットを見つめた。その視線は一瞬たりとも私を捉えようとしていなくて、彼女の頭の中には今リコットだけしか居ないのが、可愛くて少し笑った。

「それは選択肢があって、未来があるからでしょ?」

 私の言葉に、リコットがゆっくりと顔を上げる。頼りなく眉を下げる表情は普段あまり見られないけれど。この子の中にもちゃんとある柔らかくて弱い部分だ。

「組織に居た頃、そんな風に考えて悩んだ?」

「……ううん」

 小さな声で応えて首を振る。そんな様子が何処か幼くて愛らしくって、子供をあやすみたいに背中を何度も撫でる。

「例えば自立して一人で生きる選択肢だって、今の君達にはある。だからこそ、沢山の道を見つめて、選択を

 迷う幸せって、あると思うんだ。迷うってすごく苦しいことだけど、それも一種の贅沢だって言えるほどの苦しみを、この子達は沢山受けてきた。本当なら当たり前みたいに人が持つ権利や尊厳を、全部奪われて。

「ゆっくりで良いんだよ。私やナディが、君を早くに手放したいと思うわけが無い。リコがリコの為に、私達の手を放す選択をするならまだしもね」

 リコット自身が羽ばたきたくなったら、勿論それを拒みはしない。だけど羽ばたくのがどれだけ遅れたって。私達はこの子のことをずっと腕の中で大切に守るだろう。その選択を怯えたり、迷ったり、焦ったりする必要なんて何にも無い。

「でもまあ出来ればゆっくりでお願いね!」

「はは」

 拒まないと言いつつ、ちょっとやだ! 今はまだやだ! ぎゅっと強く腰を抱いて言ったら、またリコットは眉を下げて笑った。

 早くに自立されたらそれはそれで保護者は泣くもんですよ。知らないけど。少なくとも私は泣く。まだもうちょっと守らせてほしい。

 リコットは私の言葉に力が抜けたのか、再び私の方へ身体を委ね、頭を肩に乗せてきた。

「甘やかすのが好きだね、アキラちゃんは」

「大好きだよ。一生、君達を甘やかしていたい」

「ふふ」

 ちょっとリコットが落ち着いたところで。ずっと黙って此方を窺っていたナディアは少し迷う様子を見せた後で、歩み寄って来た。そして相変わらずリコットのことしか見ていない愛情深い目をやや寂しそうに細め、リコットの頭を撫でる。

「私はアキラほど、簡単に手放せる気がしないわ」

「ハハ!」

 思わず先に声を出して笑っちゃった。見ればリコットも破顔している。そしてくすぐったそうに眉を下げると、小さく「ありがとう」と言った。姉妹は今日も可愛いねぇ。

「……ところでこれは?」

「あ」

 ナディアの言葉にようやく思い出したらしいリコットは目を丸め、ガバッと上体を起こす。そしてナディアと机の上を見比べた。今更隠しようもなく、ナディアの視線は机の上に釘付けだ。

「あはは」

「笑って誤魔化せない相手だと思うよ、リコ。これ明らかに君の字だし」

「やめて~~~」

 またリコットは顔を隠してしまった。あら。耳が真っ赤だ。恥ずかしいらしい。なんて愛らしい。

「……綺麗ね。作るの?」

 簡潔で直球の問いだな。リコットは私の方に顔を押し付けたまま、形容しがたい声で唸る。それ擬音が出来ないんだけど、なんて言ったの?

「つ、つくってみたいものを、考えてる、だけ。まだ分かんない」

 おかしな声で唸った後はもにょもにょ喋って、耐え切れない羞恥で足をじたばたしてる。私の太腿にすごい振動がくる。可愛い。ナディアは紙から視線を外すと、再びリコットの頭をなでなでした。

「あなたがそんなに恥ずかしいならもう見ないわ。覗いてごめんなさいね」

 ナディアはそう言うと、さっさとテーブルを離れて行った。素晴らしく大人な対応。許可を得ること無く超速でテーブルまで駆け寄った過去の私は反省しつつ見習った方が良い。最年長だし。自分で言ってて少し凹む。

 とりあえずまだ私の肩で愛らしくもにゃもにゃしてるリコットの背を撫でましょう。可愛いねぇ。

「最初の一つについては年明けにまた相談しようね」

「うん、ありがと」

 鉱石については素材の調達から考えなきゃね。ワイヤーは、前にヘイディを連れて行った工務店で良いだろう。ワイヤーと鉱石だけならまだ工具も限定的に用意するだけで済みそうだな――。

 年明け、と言いつつも既に少し考え巡らせ始めた私に気付いたのか、リコットは私の気を逸らすみたいに頬に軽く口付けてくる。しかしそれでついニコニコしちゃって油断したら、私のお膝の上から立ち上がってしまった。あ~柔らかさが遠ざかっていく~。

 名残惜しくてお尻を撫でてみたところ、笑顔で鼻を抓まれました。いふぁい。

 しかし。そろそろ私も作業に戻ろうかな。ついついリコットに夢中になってしまったが、別にキリが良かったわけでも何でもなく、ペンを投げてきたんだよな。

 伸びをしながら立ち上がり、ようやく私も机に戻った。

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