第439話_依存
お互いの体温が移って触れ合う部分が温かくなっても、リコットは静かだった。とりあえず、背中を撫でて慰める。リコットが元気にならないままナディアが帰ってきたら、何を言われるより早く床に正座するか……。
「時々さ」
「はい」
不意にリコットが顔を上げないままで静かに話し始めたから、心の中で既に正座中だった私は丁寧に相槌を打つ。
「お姉ちゃんが居た頃に、アキラちゃんに会ってなくて良かったなと思う」
「えぇ。私はリコのお姉さんに会ってみたかったけどなぁ」
超絶、美人姉妹! はっ。そのせいか? 女の子が大好きな私に、大事なお姉さんを会わせられないから。そしてお姉さんにも可愛いリコットは渡してもらえないかもしれない。
「鉄壁のガードになる……!」
「なにが?」
「あれ?」
違ったみたい。考えていたことを正直に話すと、目の前にあるリコットの肩が小刻みに揺れた。笑っていらっしゃる。可愛い。震えてる肩が可愛い。撫でよう。熱心に肩を撫でていたら今度は笑いながら「肩があつい」って言われた。撫で過ぎて摩擦熱を引き起こしてしまったようだ。
「そういうのも、うーん、あるかもしれないけど。それより」
笑いが落ち着いたリコットは、私の肩にまた頭を置き直して、首筋に額を押し付けてきた。甘えられているようで嬉しい。
「あの頃の私を、アキラちゃんに見られたくない、かな」
よく分からないけど。お姉さんが居た頃のリコットは、今のリコットとは違うらしい。少なくともリコットはそう思っていて、私には見られたくない差だってことなのか。
「恥ずかしい?」
「うーん、そうだね。それもある」
それだけじゃないのか。いや、それよりもっと、リコットの中では大きな問題があるようだ。何となく、今のリコットは悲しい気持ちなのかなと思って、背中をよしよしした。またリコットが少し肩を震わせて笑う。
「アキラちゃん、キス」
「うん」
短い言葉でお誘いされました。顔を上げたリコットが唇を寄せてくるのを、当然、何の躊躇いも無く受け止める。何度かキスを交わした後、リコットが少し離れて、額同士をくっつけてきた。こんなにも近い距離なのにリコットの視線は落とされていて目が合わない。私の大好きな薄緑色の瞳も、今はよく見えなかった。
「私、人に依存しやすいのかな。……ナディ姉にも、頼り過ぎて、いっぱい負担を掛けてる気がする」
「えー、そうかな。もしそうだとしても、ナディはどんな負担も嬉しいと思うけどなぁ」
それに依存って意味ではあちらも充分、リコットとルーイには依存しているだろう。大体、三姉妹はあの地獄を生きる為にお互いに依存せざるを得なかったんだし、仕方のないことだ。
だけど、そんなに問題になるような依存をしてるかな? 適切な依存だと思う。何をもって適切かはよく分からないけど、目に余るって感じはしないし、依存していることは全員ちゃんと理解している。うーん? 私が首を傾けると、リコットは少し可笑しそうに目を細めた後で、どこか悲しそうに眉を下げてしまった。
「私とお姉ちゃんは、普通の姉妹じゃなかったからさ」
そういえばナディアが、異常に依存し合っていたと言っていたなぁ。私は当時のことを何にも知らないので、何とも言えない。想像できるとしたら、唯一ナディアから聞いたそれくらい。
「あの頃の私を知ってたら、アキラちゃんがこうして抱っこしてくれることも、無かったかなって」
「えー。そりゃ無いでしょ。リコはずっとリコで、ずっと可愛いよ」
「何にも知らないくせに」
「知らないからだよ」
言い切る私に、リコットの視線が上がってようやく私を見てくれた。不思議そうに意味を問う表情に、笑みを深める。
「私は知らないし、その頃のリコにはもう会えない。証明のしようがないんだから、良い方で決めちゃうんだよ」
ニカッと笑えば、一瞬呆けた顔をしたリコットも、ふっと力が抜けたみたいに笑った。
「めちゃくちゃって言うか、調子いいって言うか」
どちらの場合も全く褒め言葉ではないんだけど、リコットが笑ってくれたらそれでいいや。ニコニコした。
「悲しい顔しないで、リコ。私はいつも君が大好きだよ」
改めて伝えたら、リコットは眉を下げて笑って、「うん」と言った。それからまた、唇を落としてくれた。
しかしお膝に乗ってくれてると必ず腰に腕を回している状態なので、どうしてもこの辺り触りたくなっちゃうんだよね~、キスなんてしてるとどうしてもね~。ちょっとならいいかなぁ。前みたいに脱がさなきゃいいよねー。そうしてウキウキと背中側からリコットの服の中へ手を突っ込んだ直後、スッと抜き取る。ヒットアンドアウェイ。
その動きを不思議に思ったのか、唇を離したリコットが潤んだ目で私を見つめ、小さく首を傾げた。
「帰って来ちゃった」
「え」
私の言葉にリコットが目を丸めた一秒後。ガチャっと解錠の音がして、そして扉が開く。
「…………また?」
帰宅して第一声、物凄く嫌な顔でそう言ったのはナディアだった。毎回すまないね長女様。
「脱がしてない、セーフ」
「殴るわよ」
「ひえ」
後頭部がザワッとしました。怖いです。リコットも同じことを思い出したのか、それとも今のやり取りが楽しかったのか、くすくすと笑う。
「おかえり、ナディ姉」
「ただいま。……出ていた方が良いなら、外に行くけれど」
「まさか」
迷いなくリコットがそう返す。私とリコットより、リコットとナディアの方が遥かに絆が深くて仲良しなんだから当然です。この状態から私が追い出される方が自然なくらい当然。そんなのは嫌ですが。
それに、居心地が悪くてもリコットにそう言われちゃうと出て行けないナディアも可愛いんだよね。複雑な顔をしながらもナディアは渋々と部屋に入り込んでいた。
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