第438話_素質の理由
「例えば炎は、普通に生成すれば、こうなる」
私の指先から、ポッとオレンジの炎が出る。「炎」と聞いてこの世界の人なら誰もが想像する色と形だ。
「だけどちょっと成分を弄って、温度を高くすると」
「おお~!」
青色の炎に変わった。その変容に、リコットが嬉しそうに目を輝かせる。可愛らしい。私の世界ならこの炎の色は、ガスコンロやバーナーで見る機会もあるけれど、こっちの世界じゃ今のところ見たことは無かった。
「これね、一見すると簡単だけど、めちゃくちゃ魔力操作がややこしいんだ。私もあんまりやりたくない」
「そうなんだ」
水も普通に生成すれば、出てくるのは真水で、飲める水であり、そして軟水だ。私には馴染みがあるものだが、硬水を出そうと思うと、相当難しい。
「多少の個人差はあっても、魔法では誰がやっても同じものが生成される。人の魔力回路の形に大きな違いが無いことが理由だろうね」
「種族が違っても?」
「うん、獣人族でも人族でも、エルフでもドワーフでも。やっぱりみんな同じ『人』なんだ。魔物と人くらいの根本的な差が無いと、回路の形状に違いは無いみたいだね」
「へえ~」
魔法を使えないって特性のある竜人族も同じく魔力を帯びている以上、回路自体は他の種族と大体同じだと思う。この辺りは魔法学の知識と、エルフの知恵から読み取った情報だ。
内臓の位置が大体決まってみんな同じで、それぞれの機能も同じであるように。魔力回路も基本構造はみんな同じで、どの部位がどんな役割をするのかは定まっているみたい。強弱の差はあるけどね。
「だから違うものを生成しようとすると、魔力回路が自動でやってくれているところを全て自分でやらなきゃいけない」
「あ、それって、魔法の魔法陣化くらい大変だってこと?」
「そういうこと」
魔法札の説明を覚えてくれていたらしい。撫でたいけど。さっき髪を乱してから警戒されている気がするので、今日はもう我慢しましょう。
「とは言え、一部は自分の回路を使えるから魔法陣化と比べれば少しマシだけどね。でも似たようなもんだよ。金属も、種類を選んで作るのはもう本当に大変」
「なるほどねぇ~」
当初の話から随分と逸れてしまった気がする。この辺りで一旦、軌道修正しますか。
「だからリコがアクセサリー制作に使うとしたら加工魔法だね」
自分の使いたい素材を作り出すところまで視野に入れると、単純に高レベル魔法を目標にするだけじゃ実現できないし、絶対に「買った方が早い」ってなると思うので。
「石なら君は出来るようになると思うよ。金属はどうだろうなぁ、ギリギリ届くか届かないか……」
「金属加工ってレベル高いんでしょ? いくらなんでもそこまで素質あるとは、思ってないんだけど」
確かに金属加工はさっきも言ったが土属性のレベル6。そこまで魔法が使えるようになったとしたら、宮廷魔術師らも多くは頭が上がらなくなるだろう。ふふ。平民に平伏する彼らを想像すると、面白い。
「でもレベル4か5までは、リコなら出来るようになる気がするんだよね。その辺はリコのやる気と根気と努力次第」
未来のことはタグも教えてくれないし、魔力量だけじゃ魔法の素質は分からない。だからこれはあくまでも私の勘です。リコットは私の顔をじっと見つめた後、何だか疲れたような顔で視線を落として、溜息を零した。
「……私、なんでそんな才能があるんだろ。普通の農家に生まれただけの、普通の人間なのに」
才能があるって、多くの人はとても喜ばしく受け止めることだけど。この子には随分と重たくて、怖いものみたいだな。一瞬で、表情と声が沈んでしまった。
「さあ。お姉さんの分じゃない?」
「な」
リコットが大きく目を丸めて、顔を上げる。薄緑色の瞳は色が明るいから、間近で見ても私の像を映してはくれない。けれど何度見ても美しいからじっと見つめ返してしまう。
「属性も二つあるし、どっちかがお姉さんの分で、リコを守ってるのかも」
私の言葉にリコットは喉を震わせて、息を吸った。何か言うと思ったのにしばらく声は漏れてこないまま、唇だけが小さく動く。数秒後、リコットは俯いてしまった。ようやく漏れてきた声は、小さかった。
「そんなこと、あるの?」
「さあ? だったら素敵だなって、勝手に思っただけ。妄想」
「妄想……」
溜息がまた一つ落とされて、リコットは唸るように「変なこと言わないでよ」と言った。
「ごめん」
こんな妄想を快く受け止めるかどうかは、当然、人による。
私は大切なものを失った時、その欠片が自分の中に残っていたらきっと嬉しくて、縋りたくなる。だけどリコットはそうじゃなかったかもしれない。
「ええと、そうだな、才能を持って生まれたことに、理由なんて無いと私は思うよ」
親が優秀で子に遺伝したとか、よくある話だけど。そうじゃないケースも沢山ある。一つ一つに理由を探したって、ほとんどの場合、明確な答えなど見付けられない。
「だからね、理由が必要なら、自分の一番好きな理由を勝手に付けちゃえばいいと思うんだよね、私はね」
その例として、さっきの言葉だったんだけど。考えなしで、不謹慎だったかも。
「……お姉さんのこと、勝手に言ってごめん。もう言わないよ」
俯いてから少しも動かないリコットの背を撫でる。流石に、本気で怒っちゃったかな。ひたすら無言が続く。もう私では駄目かもしれない。ナディアに話して慰めてあげてくれと頼み込むべきだろうか。不安になってきたところで、ようやく顔を上げたリコットは、明らかに不満げな顔をしていた。うう。怒ってる。
「膝、乗せて」
「え? あ、はい、どうぞ」
唐突なご命令に面食らったが、断る理由も何も無いので椅子を引いて、膝に乗せられるように深く座る。リコットは横向きで遠慮なく上に乗ってきた。身体を私の方に寄せ、肩に頭を乗せているので顔は見えないものの、上体が密着して柔らかいです。わーい幸せ~。反省の心を早くも忘れつつあった。
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