第443話

 じゃあ、エルフの伝統食を頂きましょう。大皿に乗せている肉巻きは見た目が全部一緒で中身が分かりにくい。なので仕切りを作って中身を書いたプレートを付け、種類ごとに色違いの小さな旗を一つ一つに刺していた。お子様ランチに付くような旗だ。

「ふふ、この旗かわいい」

「でしょー」

 ルーイが嬉しそうに突いている。お気に召したようで良かった。こういう遊び心もお料理には大事だよね。

「ちなみに薬草モノから食べるのをお勧めするよ~」

「あっ、そっか、口直し……」

 リコットはフォークを伸ばした直後、私の言葉にそれを引っ込める。いや、食べたいものを食べたい順で食べていいんだけどね。でも薬草モノ、軽く味見した感じではやっぱりお薬っぽい苦みと後味がくるので、合わなかったらその後しばらく口直しを出来る方が良いと思います。お口に合えばラッキーだけどね。

「ちなみに薬草の効能は?」

「食べてから聞くその信頼が嬉しいよ」

 ナディアは早速もう薬草モノの一つ目を食べて終えていた。一個が小さいので、二口くらいで食べたのだろう。そして「健康を祈る意味」という説明だけで薬草自体の内容説明をまだしていなかった。説明しましょう。

 薬草が入った肉巻きは三種類ある。

「ナディが食べたのは胃腸を整えるものだから、身体全体の健康に繋がるね」

 ただ薬を作るほどの量ではないので、この肉巻きを食べたら即座に胃腸が健康になるわけじゃない。本当に『お祈り』ってレベルだ。

「今ルーイが食べてるやつは滋養強壮で、こっちが、消化促進」

 私が今食べようとしているやつ。頂きます。うん、美味しいお薬。肉の中から仄かに香るお薬。

「どれも人を選ばない感じだね~」

「確かに」

 リコットの言う通りだ。どんな体質の人でもある程度は嬉しい効能だと思う。まあさっきも言ったが薬ほどの量ではないので、極端な効果は無いけどね。

 その流れで全員が薬草モノを食べていたが、意外とみんなちゃんと食べられて、極端に不味いって顔はしていない。味がお薬っぽいって笑ってるだけだ。咀嚼すら困難なほどダメな人が居なかったのは幸いだったね。嫌な思い出にはしたくない。

「私は小さい時、これ苦手だったなぁ」

 その内の一つ、滋養強壮の肉巻きを突いて、ラターシャがぽつりと呟く。既に齧った後のようで、半分になっていた。

「食べなかったの?」

「ううん、いつも一つは食べるんだけど、すごく我慢してた記憶がある。お母さんも昔は苦手だったって笑ってたっけ」

 穏やかに微笑むラターシャが優しい思い出をなぞっているのが分かるから、あまり邪魔をしないように私は静かな声で「そっかぁ」と相槌した。

「でも今日は普通に食べられたんだね」

 私が続けた言葉にラターシャは頷き、もう半分も躊躇わずに口に入れる。

「うん。だからちょっとびっくりしたの。食べられるようになってる、と思って」

 少し咀嚼してから「美味しいとは言えないけど」と苦笑いで付け足したのが可愛い。まあ独特な風味だもんね。

「きっとラターシャが大人になったんだね~」

「ふふ、そうかな?」

 笑いながらルーイが言うと、ラターシャも釣られたみたいに破顔していた。

 実際のところはお母さんが作っていたものが少し薬草多めだったのかもしれないし、同じ味に再現できていないせいかもしれない。でもこの肉巻きが、ほんの少しでも穏やかに思い出を辿る一助になったなら嬉しい。

「それにしてもこのスープ、結構スパイシーだね~」

「あはは、リコにはちょっと辛いかな?」

 少し前まで知らなかったけどリコットはちょっと辛い味に弱い。口をへの字にして「ちょっとだけ」と言った。

「でも身体がぽかぽかするし、美味しいのは間違いないよ」

 リコットは人より早めに舌が負けちゃうだけで、辛いのが嫌いってことじゃないんだよね。美味しいのは私も同意。

「少し生クリームを足すのはどう? まろやかになるし、合うと思うけど」

「えっ、それ私も食べてみたい!」

 ルーイが先に反応しちゃった。美味しそうって思ったのかな。そしてリコットも興味津々だった為、二人に生クリームの瓶を渡しておく。お好みで自分のお皿に足すといいよ~。

 そうして少しお皿に生クリームを混ぜたリコットはひと口食べた瞬間、嬉しそうに頷いた。

「美味しい! これくらいの辛さならまだまだ食べられる!」

「また違う感じがして、私もすごく好き!」

 そうやって二人が喜んでいるのを見たらナディアとラターシャも気になるようで、結局、辛い物が好きなラターシャもやり始めた。じゃあ生クリームは出しっ放しにしておこう。小さめの容器に氷を入れてアイスペール代わりにして、その中に生クリームの瓶を入れておく。これで温かな室内でも悪くはなるまい。

「もしかしてエルフってみんな辛い物が好き?」

「えぇ? どうだろう」

 確かにこのスパイシーなスープが『伝統料理』と言われると、疑いたくもなるよな。

「小さい頃から食べていたら、慣れる可能性はあるわよね」

「確かにねぇ。でも私はラタがちょっと特殊なケースだとも思う」

「えぇ……」

 比較的エルフはみんな辛い物が得意と仮定しても、ラターシャほどじゃないんじゃないかと。それにラターシャはこのスパイシー鍋、子供の頃にしか食べていなかったもんね。私の言葉に、みんなはさもありなんと神妙に頷いている。ラターシャだけが首を傾けた。

「そんなに辛いかな……?」

 小さく呟きつつも、引き続きラターシャは美味しそうにそのままのスープを食べていた。可愛い。

「君が嬉しいなら何よりだよね」

 今夜は特にね。三姉妹も同意して笑顔で頷くと、ラターシャは少し照れ臭そうに笑った。

 肉巻きは、みんな色んな種類を食べてくれた。特にチーズ入りがやっぱり大好評。ただ、お皿に一つも残らなかったのは私の胃袋が全部吸い込んだせい。半分は私が食べた。美味しかった。

「このスープは明日も食べるのよね?」

「うん、そうみたい」

 大鍋スープの残りは、翌日お米とバターを混ぜて更に炊き、リゾットにするのが習わしだ。むしろその為に私はこの鍋を空にしないように気を付けています。

「でも習わし通りのお皿と、生クリームとチーズでまろやかにしたお皿を用意しようか。朝からスパイシーなの、つらいかもしれないし」

 主にリコットがね。そう思って言えば、リコットは小さく「ありがとうございます」って言っていた。可愛い。

 そして明日はそのリゾットに加え、午後に食べる甘い饅頭みたいなものがある。それが三つ目の伝統食。例の男達の戦いが終わったら、里のみんなでその饅頭をアツアツで食べるんだってさ。参加者は勿論、観客も一緒にね。

 饅頭の話になったら女の子達がテーブルの端にレシピの紙を出し、明日の調理手順について予習が始まった。こういうの楽しいよね、行事っぽい。

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