第435話_小晦日

 スラン村では特に大仰な年末の挨拶をすることなく、楽しくワインを飲み終えたらいつもの調子で「またね~」と立ち去った。ルフィナとヘイディも、従者さん達も結構飲める口だったようなので、今後もお酒の差し入れは喜んでくれそうだ。

 これで年末に向けて私達がすることは、エルフの里の伝統食の準備だけ。

「よし、これを一晩漬ければオッケーかな」

 調理を終えた容器を、私の収納空間へと仕舞い込む。振り返ればルーイが真剣な表情でレシピをじっと見直ししていて、とても可愛い。

「下拵えはこれで終わりのはず、だよね?」

「ええ、そうだと思うわ」

 ルーイとナディアが改めて確認してくれたので安心です。

 今日は大晦日の前日、小晦日ってやつ。うーん、でも厳密にはどっちも違うのかなぁ。「一年の最後の日」と「その前日」という意味ならそれで正しいんだけど、「十二月三十一日」と「三十日」を意味するなら違ってくる。この世界では十二番目の月、東雲しののめは、二十八日までしかない。つまり三十一日も、三十日も存在しないのだ。まあいいけど。

「じゃあ残る作業は明日だね。みんな今日もお疲れ様~」

 普段の家事以外にこの準備までさせているから――と思って労うと、「まだ大したことしてないよ」と笑われてしまった。しかし小さなことでも労いの精神は大事ですよ! 金貨いる!? 収納空間をゴソォッってしたら「お金は要らないからね」って先に言われた。まだ出してないのに……。しょんぼり。

 さておき、一旦みんな作業終了で、この後は自由行動となる。

「アキラは?」

「ん?」

 まだ部屋の中央の半端な位置で仁王立ちしていたら、ナディアに何かを尋ねられる。仁王立ちのまま首を傾ける私に彼女はやや不快そうな顔をした。傷付くのでそんな顔しないでください。どういう意味か教えてよ。

「この後の予定を聞いているの。あなたには最低一人の見張りが必要なのよ」

「おー」

 間抜けな返事に更にナディアの眉が寄った。ふざけているつもりではなく。そうだったなと思っただけですよ。

「私はお部屋に籠ります!」

「そーなの? アキラちゃんちょっとお疲れ?」

 宣言したらリコットがそう言って、ぺた~と私に身体を寄せてきた。可愛い。でも抱き締めようと両腕を伸ばすと、その反応を知ってたみたいにスルッと逃れられてしまった。逃げるの上手だな。本日二回目のしょんぼり。

「いやちょっと仕上げたい図面があって」

「また何か開発?」

 呆れた顔をされていますが、嘘を吐くことでも隠すことでもない。私は軽く頷いて肯定する。

「一体何を?」

「えっ、それは、えぇ……言わないとダメ?」

 食い下がられると思っていなくって、机に向かおうとしていた身体をびくりと震わせて立ち止まる。ナディアは迷うように少し黙ったけど、じっと此方を見つめる目は鋭いままだ。

「駄目ではないけれど、言わない理由が下らなければ、吐かせるわ」

「こわい」

 怯えていたら、私のハグから逃れる為に一旦離れていたリコットがまた戻ってきてくれた。

「内緒にしたい理由は?」

 優しい声で間に入ってくれる。しかし次は私には寄り添ってくれなくて、ナディアの方に寄り添っている。寂しい。

「まず、ナディが怒りそうで――、って、まだ何も言ってないから険しい顔をしないで?」

 言葉途中でナディアの眉がきゅっと真ん中に寄る。そんな表情まで彼女は美しいんだけど、怖いものは怖いです。

「それにまだ検討中で、上手くいくか分からないものだから。半端に伝えるのはちょっとなぁ」

「でもナディ姉がもうこうなってるから~、アキラちゃん黙ってても怒られるんじゃないかな~」

 リコットはちらっとナディアを見てそう続ける。確かにナディアの眉が更に深く寄っていて、言わんとすることは分かってしまう。ぬう。うーん。仕方ないな。何が何でも隠さなきゃいけないわけじゃないし。いつかは話すつもりだったし。

「ヘレナとの……」

 名前を言うだけで私を見上げるナディアの目が鋭くなった。怖い。今日のナディアは大層怖い。

「あの人が、なに」

 続きを促す声も、いつもより一段低かった。だけど今更飲み込んでも怒られるだけだよね、諦めて白状しますよ。

「連絡手段を作ろうと思って。毎回私がヘレナの部屋に行くのも、ギルド支部を訪ねるのもアレだし。そもそもいつか私達が此処を離れた時も、連絡は取る必要があるし」

「あー、確かにねぇ」

 まだまだジオレンには滞在するつもりだし、今のところ離れる予定は立てていない。ただ、この先もずっと此処で過ごすつもりも無い。違う街にも行きたいし、何よりいずれ拠点はスラン村に移すのだから。

「ガロさんの協力者には、旅人でも連絡が取れるようにする為になったんでしょう? わざわざ追加の手段が必要なの?」

 それはそう。だから私も最初は、ガロと同じくギルド経由でヘレナとは連絡を取るつもりでいた。スラン村に居る場合はちょっとアレだけどそれはまたおいおい考えるとして、少なくとも他の街をふらふらしている間はね。だけど。

「もし、もっと便利に気軽に連絡が取り合えるなら、ヘレナの場合は都合がいいと思ったんだよ」

 私の言いたいことが伝わったようで、ナディアはむっとした顔でありつつも、押し黙る。

 ヘレナは、ガロのように真っ当な取引関係にあるわけじゃない。違法ギリギリ、法とは言えない暗黙ルールくらいなら違反させるような命令もする可能性がある以上、彼女との関係を他者から分かりやすい形にはしておきたくない。まして、いつどれだけ連絡をしているのか、冒険者ギルドが把握できてしまう状態は良くない。ガロの場合なら逆に冒険者ギルドに関する仕事のやり取りしかしないので、把握されておいた方が良いんだけど。

「でも勿論、魔法石をヘレナに見せるつもりはないよ。省エネで出来る仕組みを考えてる」

 ガロに渡した魔道具や魔法陣よりは少しコストを上げてもいいが、スラン村に納品しているものほどの魔力を持たせたらダメ。まして王様とモニカに渡した通信機は絶対ダメ。

「……アキラ」

「はい」

 一生懸命に説明する私の言葉をしばらく何も言わずに聞いてくれていたナディアは、低い声のままで私の名を呼んだ。

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