第434話

 結局、私が最初に提示した金額は通らなかった。私の女の子達からも全否定を受け、悲しみに暮れている。

 私はめそめそしながら話し合いの末に決定した金額で契約書を作成中。私が支払うのは金貨たった百枚ぽっちである。日本円にすると一千万円くらいだけど、この世界で荒稼ぎしている私には苦も無く払えてしまう。かなしい。もっと払うつもりだった。せめて十倍くらいは。こんなのもう「出来高と言わず一括で払おうか?」ってくらい、はした金――って言ったら怒られそうだから口元を引き締める。

「もーアキラちゃん、そんな顔しないの。みんな納得してるでしょ?」

「うい……」

 苦笑しながらリコットが慰めてくれる。いや、宥めてくれている。

 ちなみに内訳は私の屋敷が金貨三十枚、カンナの屋敷が二十枚、女の子達の屋敷が二階建てで一番大きいから五十枚。他、馬小屋などの追加は全てサービスされる運びとなった。納得いかない……めそ……。

 だけど本当に私以外は納得しているので、もう言うまい。契約書が完成したところで私も切り替えた。サインを取り交わし、改めて。ルフィナとヘイディにもワインを注ぐ。色々チェックありがとう、お疲れ様です。

「そういえば、もう私の屋敷の土台はほとんど出来上がっているんだね」

「はい。門番中にケイトさんが『暇つぶし』と言って一晩で穴を掘り終えて下さいまして……」

「一晩で」

 私みたいに魔法でチートできるならまだしも。その身一つで。あの人は本当に桁違いだな。一晩で出来た穴を元にルフィナ達は地中に入れる用の土台を組み上げたそうだ。早くも私は出来高を支払うべきでは。そうお伺いすると、ルフィナとヘイディは軽く視線を合わせた後で苦笑して、首を横に振った。

「年明け頃には骨組みが終わりそうです。その頃にお願いします」

 何だかもう、彼女らにも私の『扱い』を心得られている気がした。領主、この村で一番弱いかもしれない。

 さておき、その頃にはもう暇を持て余したケイトラントがあと二軒の土台用の穴も掘り終えていそうだね。諸々を合わせて、出来高を支払おうと心に誓った。

「そうだ。一部、物で支払ってもいいよ。欲しいものがあったら教えて」

「ありがとうございます、そちらが助かります。年明けには内容をまとめ、ご連絡いたします」

 この村にお金ばっかりあっても何にもならないからね。元々、私に『買ってきて』を依頼できるようにと思って渡しているお金だ。早速使いたいものがあるなら、ショートカットしてしまうのが良い。

 なお、木材以外にも足りない資材があるようなので、ルフィナ達がリストを上げてくれた。それは早めに届けましょう。ふむ、どれも城を通すほどの量でもないし、すぐに手に入りそう。

「フェンスもすっかり出来上がっていたね。あれでもう完成?」

「いえ、裏手の扉部分がまだ。これも年明けには終わるかと」

 今日訪れた時、スラン村は外観の印象が変わっていた。低くて頼りなかった木塀が、見える範囲は全て焦げ茶の防獣フェンスに置き換わっていたのだ。目がかなり粗いので、視界を遮られる感じも全く無い。いい出来だと思う。

 正面の門以外で、今までにも頻繁に出入りしていた部分は扉を付ける予定だったが、そこだけまだ作業途中で残っているらしい。今は開けっ放しで、扉を製作中なんだって。扉だけ他のフェンスとは違う形状だからね、難しいんだろうね。

 その時、室内にカランと控え目なベルの音が鳴った。従者さんがサッと立ち上がって部屋を出て、戻る時にはケイトラントを連れていた。居た~。今日は会えないかと思った~。

「お疲れ様、ケイトラント」

「ああ」

 ニコニコしながら挨拶したら一瞬ちょっと怪訝な顔されたけど。挫けない。

「はい、ケイトラントの分。ジョッキの方が良い?」

「……ワインか。ありがとう、グラスでいい」

 何にも説明しないでグラスを差し出すと、テーブルを見て察したらしいケイトラントが少し笑って受け取ってくれる。なみなみに注いだ方が良いかなって思いつつ、普通に注いだ。

 ケイトラントは空いている席に腰掛け、すぐにワイングラスを傾ける。私達のようにグラスを回して香りを楽しむ仕草は全く無くて、豪快なところが彼女らしいと何となく思った。そしてひと口含んだケイトラントがぎょっとしたような顔をして、目を瞬く。彼女の様子をモニカも含めみんなでニコニコと見守っていた。

「……これは高級品じゃないのか?」

「んー、そこそこ」

「高級品です」

 ナディアに被せ気味に訂正されちゃった。いやいや。そこまで高くないよ。金貨一枚出したらお釣りが出るくらいだから。大丈夫。

「全く、こんな上等なものを私にまで気安く注いでくれるな。ジョッキに頷かなくて良かったよ」

「豪快に飲むケイトラントを見てみたかったんだよ~」

「せめて安酒にしてくれ」

「えー」

 安酒はちょっとなぁ。せめて中の上にしようよ。もしくは、もっと量があったら気兼ねなく飲んでくれるかも。うん、それがいいね。

「次は樽で持ってくるね!」

「おい」

 眉を寄せて困った顔をしたケイトラントは、私じゃなくて隣に並ぶ女の子達に視線を向けた。何とかしろって言ってない? でも私の女の子達は全員、静かに首を振っていた。ケイトラントは項垂れていた。

「まあ樽はまた今度として。ワインは他にもモニカに渡してあるよ。みんなで楽しんでね」

 自分のせいで発生した空気と理解しつつ、とりあえずそう締め括っておいた。

「街でこいつは暴れてないのか?」

 気を取り直してワインを呷ったケイトラントは、唐突に女の子達にそんなことを聞く。

 そしたら何故か水を得た魚のように活き活きと暴露しちゃう女の子達。私はニコニコしておいた。城からの依頼とか、何か国内で悪意ある『敵』が居る様子だって話には流石にモニカ達も表情を曇らせていたけど。

「ま~城が何とかするでしょー」

 他人事として呑気に話す現代の救世主に、全員がちょっと表情を緩めている。

 そこは逆に深刻になるところかと思ったが、まあモニカ達にとってももうウェンカイン王国は『他人事』だよな。この村に危害が及ばない限りはね。

「お前ほどの力があれば多くの場合が脅威ではないのだろうが、強さだけで勝てる勝負ばかりじゃない。気を付けろよ」

「うん、ありがとう。私より性格が悪い人達だろうから、気を付けないとねぇ」

 途端、みんなが突っ込むかどうか迷った顔をした。こらこら。流石にあいつらほど性悪じゃありませんよ。私は不特定多数を無差別に苦しめたい気持ちは無いんだよね。ムカつく一人を徹底的にっていうタイプ。

 うん、全く自慢にならないわ。女の子達には怒られると思うので、口には出さないでおいた。

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