第433話

「お話しするのが遅れてしまって、申し訳ありません。私は貴族の生まれですので、少々、感覚が違ったのだと思います」

 本当に申し訳なさそうにモニカが言った。つまり爵位の『意味』というのは貴族にとっては当たり前のことで、平民、まして異世界から来た私が何も知らないということが、すぐに考え至らなかった、ということか。そんな風に言われると、『意味』を知らずにいたことがちょっと怖くなってきたんですけど。

 不安な気持ちは私達の表情に出ていたと思うのに、モニカは硬い表情を崩さない。

「通常、『公爵』という位は、王族へと与えられるものになります」

「は?」

「例えば王位継承者が二人以上おり、長男が国王に即位する際に、他の継承者へは公爵位が与えられるなど」

「ほう、なるほど?」

 いや全くなるほどじゃねえが。公爵が元王族ってくだりは理解できたけど、私は王族じゃねえが。混乱している私達に、モニカは説明を続けて行く。

「あくまでも一例で、王族なら必ず公爵位が与えられるわけではございません。王との間に強い協力関係がある場合には多いようですね」

 それは、なるほどだな。継承権争いで泥沼化した後に政治的発言権が最も大きい公爵位を与えるのは難しかろうよ。永遠に泥沼になりそう。

「王族以外にも、公爵位が与えられるケースは稀ながらございます。まず、救世主様であること――」

「げっ」

 私が声を上げると呑気な感じになるが、女の子達は一斉に青ざめていた。いやもう、マジで王様あの野郎バカかって思った。公爵位を持ってるだけで私が救世主だってバレるでしょ!

 そう思って慌てたのは一瞬で。次の瞬間には「あれ?」って思った。声にも出た。

 だって私が公爵であると名乗った時、モニカ達はまだ私が救世主だと気付いていなかったはずだ。私がその矛盾に気付いたことを理解して、モニカが再び頷く。

「もしくは、『国を救った』と言えるほど大きな戦果を齎した『英雄』です。おそらく領主様へは此方が適用されたのだと思われます。その為、私も領主様の爵位に疑問を持っておりませんでした」

「あー、はー、そう……そういえば、エーゼンとこの山を守った功績って言ってたな」

 一斉に私達は脱力した。もう。モニカったら意地悪なんだから。先にそっちを言ってくれよ。

 公爵と名乗る時、モニカ達には「竜種討伐の報酬」として領地を貰ったと説明している。しかも私がケイトラントすら軽く制圧できる魔術師だと目の当たりにした後だから、英雄視されるほどの魔術師なんだと解釈して、公爵位であることにさほど疑問を持たなかったそうだ。

「では、やはり最後のケースですね。『救世主様』であれば、名目など不要ですから」

「そう……」

 まだマシってことか。しかし嫌な汗を大量にかいたよ。

「このように『英雄』に対して公爵位を与える国はウェンカイン王国のみのようです。この辺りは国によって様々ですね」

 そりゃそうだ。身分制度も文化の一つだもんな。私の世界にかつてあった五爵にも、私が知らないだけできっと色々な意味があったんだろう。例えばフランスの五爵の意味を私が最初から全部知っていたら。王様が爵位をくれるって言った時点で各爵位の『意味』を確認し、くれる爵位を『指定する』考えも持てたかもしれない。うーん、盲点だったなぁ。縁が無かったものだから、ちょっと甘く考えていたらしい。

「なお、そのように王族以外に与えられた公爵位については、多くの場合、貴族の義務が免除されます。元が平民の者が多いですからね、教育を受けないまま義務を課せられると、政治にも影響しますので」

「あー、すごく納得」

 王様が義務を免除って言った時は「そんな話がよく通ったな」と思いながら聞いていたけれど、下地があったんだ。そしてその形にすることで、実はあまり意味の無い『飾り』の爵位なんだな。

 ちなみに。次代に世襲させるならきちんと教育をした上で、義務を負うことになるらしい。つまり私が子供を作ってその子に公爵位を継がせるなら、ちゃんと教育して、公爵として政治に関われる立派な子にしなきゃいけないんだね。産まないが。

 ついでにモニカは他の爵位についても説明をしてくれた。

 侯爵は、王族や英雄を除けば最も有力な貴族が持つ爵位。成り立ちには様々な意味を持つものの、多くは歴史が深く、国の興りから名があった家がほとんどであるそうだ。

 そして伯爵は侯爵より劣るものの、中枢に関わるのでそれなりに権力は強い。ただ、ウェンカイン王国には伯爵の数が多く、伯爵の中にも権力にかなりの幅がある。カンナの家は少し弱めだと言っていた。

 男爵や子爵は、さっき三姉妹も軽く教えてくれたが、国に貢献するような偉大な功績を認められた者に与えられ、その後は世襲する。地方政治を任せられることはあるものの、国中枢に対する影響力はほぼ無いのだそう。

「勉強になるなぁ……モニカの生家は、侯爵だったよね」

「はい」

 ふーん。つまり相当、国の中枢に近い位置に居たはずで、そう簡単に失脚するような地位ではないと思うけどねぇ。私が考えていることを察したのか、モニカは曖昧に微笑んでいた。ま、いいけどね。聞くつもりは無いと伝えるように軽く肩を竦めて、ワインをまた傾けた。

 私達の話が途切れたタイミングで、ルフィナが「領主様」と私を呼ぶ。

「今、宜しいでしょうか。図面について」

「はーい」

 話も切り替わって丁度いいや。まあ、ルフィナ達もこの件については当事者なんだろうから、敢えて話を切る為にこのタイミングだったのかもしれないけど。

「基本的には、領主様の図面で問題ありません。ただ」

 私はうんうんと相槌をしながら二人の方に移動する。ルフィナが私の前に差し出したのは、ナディア達の屋敷の図面だった。

「この山では季節の変わり目に風が強い日が続くことがありますので。二階建ての方は少し補強し、損傷が出ないように頑丈にしましょう」

「ほう」

 確かに気候的な問題は全く知らない。聞くところによると、この村では高めの建物は全部そうして頑丈にしてあるらしい。と言っても二階建て程度が崩れるような風が吹くわけではなく。屋根や一部の外壁が剥がれてしまわないよう、空気抵抗を減らすようにするとか、支えを増やすとか、そういう工夫なんだって。小さな修理も毎回になると大変だし、飛んだ破片で誰かが怪我をするかもしれないから、建てる時点でひと手間掛けているとのこと。うむ。そうしよう。二人がアドバイスしてくれるのに従って、三人で図面を少し修正した。他は特に問題ないとのことなので、完成です。

 あと、ルフィナ達の方で考えてくれた馬小屋と弓の練習場、そして軽く伝えていただけのパドックについても合わせて対応してくれるらしく、それらの計画表と図面を見せてもらって、了承した。

「これで全容は決まったかな。さて。じゃあ、総額を決めなきゃね!」

 建築してくれるスラン村への報酬額だ。うきうきしながら私は紙を取り出す。契約書を作らないといけないからね。すると何を書くより早く、「ほどほどでお願いいたします」とモニカが苦笑しながら言った。

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