第431話_ワイン
乾杯してグラスを傾けた直後、まずモニカは驚いた顔を見せ、そして頬を上気させながら目を輝かせた。めちゃくちゃ喜んでいるのが顔を見ているだけで分かって嬉しい。
「王都に訪れる際、数回飲んだことがございましたが……その記憶を遥かに上回ります」
「はは。そりゃ良かった。まあ保存状態は最高だろうからね」
今までにモニカが飲んだものも勿論、上質ではあっただろう。しかし現地に赴きでもしていない限り、この国の流通の速度と質なら多少の味落ちがある。一方このワインは私が現地で購入直後、収納空間内でしっかり管理しつつ運んだ為、現地で飲むものと同等だ。また、ジオレンのワインの中でも私の『お気に入り』という点も忘れてはいけない。安物ではありません。
「こんなワインを味わいながらでは、どんなことも口を滑らせてしまいますね」
「あはは!」
常に冷静でしゃんとしているモニカにそんな弱点があったとは。いや、実際に政敵を前にしていたらどんな高級ワインが置かれてもしゃんとするだろうけどさ。そして今回、それを好都合とするほど意地悪な問いは持ってきていない。
「尋問をする気なんかじゃないよ、気楽に聞いて」
収まらない笑みを漏らしながら私はそう言って、ワインで軽く喉を潤す。
「私ね、この子らに魔法を少し教えているんだ。進みの早い子はそろそろ、レベル3も教えたいって思ってるところで」
「それは素晴らしい。かなりの素質がおありなんですね」
また珍しく、モニカは目を大きく見開いて女の子達に視線を向けた。
「やっぱり珍しいことなの?」
私の問いに、モニカが大きく頷く。私がこの世界に来た時期はモニカ達にも既に伝えている為、その頃から開始して今の段階でそこまで扱えるようになるのはとても珍しいそうだ。
モニカが言うには、この国では多くの貴族は幼少期から魔法の基礎を座学で学び、魔力が安定する十歳頃からようやく属性の適性を広く確認する。そしてその結果がどうあれ、十五歳くらいまでは全属性を何度も試すらしい。十歳で使えなくても、十五歳で使えるようになるケースが幾つか確認されているのが理由だとか。
「どうやって適性を調べるの?」
「基本は、生成魔法が出来るかどうか、です」
「お~……じゃあレベル1ができると同時に適性が分かる感じかぁ」
私達は適性を知った上で、適性のある属性のみに絞って練習していたから、そのショートカットがまず大きいだろうね。出来るかどうか分からないものをひたすら試すなんて、意欲を持って練習できるか微妙なところだな。特に幼い子なら辛いだろう。
「その後レベル2に入るには、その属性を持つ魔術師様を講師として雇う必要があります。良い講師様に巡り会えるかどうかも問題ですし、魔術師様はいつも奪い合いです」
「あはは、それは
氷属性を扱う魔術師って、かなり珍しいと思うんだよね。普通の属性でもそんな状態なら、相当に難しかったのでは――と思ったら案の定、モニカはゆっくりと首を傾けて項垂れた。
「いいえ。氷属性を扱える魔術師様はいらっしゃったものの、確認できた方は皆様、生成までとのことで。よって私も独学で努力してみましたものの、至らず、ということでございます」
「なるほどねぇ」
モニカの場合は能力が足らなかったのではなくて練習の仕方が分からなかったせいで生成止まりの可能性もあるかもしれないな。村に住むようになったらちょっと見てあげてもいいかも。モニカが望めば、だけど。
「しかし講師様に恵まれましても、生成を習得した者がレベル2を扱えるようになるまで、年単位の時間を費やすものと聞いております」
「へー。じゃあうちの子らは本当に優秀だねぇ」
「そのように思います」
自分のことよりも嬉しくなっちゃうね。私がご機嫌になってニコニコしていたら。
「アキラって教え方が雑だと思っていたけれど、あれでもマシなのかしら」
「一応、私らに合わせてはくれてるよ? 多分」
「酷い言われようだよ~」
女の子達からは悲しい会話が聞こえてきた。軽く抗議してみたものの、女の子達だけじゃなく、モニカにまでくすくすと笑われている。酷いよ~。
さておき。まだ本題に入れていない。小さく咳払いをして気を取り直し、モニカに聞きたかったことを告げる。
「それでね、レベル3を教えるにあたって安全性を考えた練習方法や場所を悩んでいて。貴族は魔法練習にどんな工夫をしていたかって聞きたかったんだ」
「なるほど、そういうお話でしたか」
納得した様子で頷いた後、モニカは記憶を辿るようにして、一度、軽く首を傾ける。
「私の家では、魔法の練習は必ず石造りの頑丈な室内で行いました。屋敷の西端に、専用の部屋を用意してあったのです」
代々、魔法の練習はその部屋で行われていたそうだ。生成魔法レベルしか扱えない子供が魔力を暴走させて何かを傷付けた前例は無いものの、念には念を入れられていたとのこと。そして練習をする際にはその部屋の中に必ず講師の魔術師と、護衛の兵士二人以上が付き添う決まりだったらしい。
「特別に何か術を張ったりは?」
「いえ、そこまでは。攻撃魔法を学ぶ者であっても、近くに医師を待機させる程度だと聞いています」
魔法練習の安全性を上げるような術自体が無い、または行使が難しくほとんど利用されていないのではないか、とモニカは言った。
結界術もこのケースではあまり役に立たないからなぁ。以前ドラゴン戦で私も困ったことだが、結界の内側から外へ魔法を出すには、魔力を結界外に送ってから発動する必要がある。これでは威力が大きく落ちる為、『練習中』のような子であれば発動自体が出来ないだろう。勿論、内部から放てば暴発した時に術者は確実に巻き添えになって何も守れない。どちらの場合も本末転倒だ。
うーん。やっぱり術者本人を守る仕組みが難しいなぁ。『外に漏らさない』って意図なら、頑丈な建物内でやるか、それこそ結界内に入ればいいんだけど。
「あ、いえ、そういえば」
モニカはふと何かを思い出した様子で目を瞬くと、そこで言葉を止め、従者さんの方に顔を向けた。
「魔法防御力の高い装備を身に着けて行うことはありますね?」
「あ……確かに、ええ、旦那様はご利用でしたね」
従者さんが二人共、大きく頷いている。確認を終えたモニカが、すぐに私に向き直る。
「失礼しました。私の父――当時、侯爵家当主であった父は、魔法を利用する際には必ずローブと手袋を付けておりました。魔法が多少外れ、跳ね返っても怪我をしないようなものです」
「ああ、なるほど! 私が城から貰ったようなやつか~」
防御力のめちゃくちゃ高いローブなんだよね、あれ。ドラゴンの破壊光線が掠っても燃えなかったし。確かにああいった防具を身に着けていれば、ほとんどの場合で術者を守ってくれるだろう。ちょっと光明が見えたね。
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