第430話_スラン村年末訪問

「準備はいいですかー?」

「はーい」

 年末を迎える前に。私達は一度スラン村を訪問することにした。今日もみんな一緒です。転移でドーン。そろそろみんなも転移に慣れてきて、転移前の緊張もあまり無く、転移先でふら付くことも少なくなった。

 そんなみんなの様子ばかり見ていてスラン村の門を見ていなかった私は、そちらに顔を向けて目を瞬く。今日は夕方の少し前に向かった為、門番はケイトラント――のはずだったんだけど。あれ? 居ないぞ。

「守りが手薄だ!!」

「襲撃してきた賊みたいなことを言わないで」

「イテ」

 すぐさまナディアに背中を叩かれました。結構いい音した。現れると同時にコントを始めた私達に、門番をしていた別の女性は堪らずくすくすと笑っている。

「お待ちしておりました領主様。どうぞ此方へ」

 今回も事前に連絡はしていたので、門の傍でモニカの従者さんも待っていてくれたらしい。早速案内してくれる。大人しく後ろを付いて歩きながらも、私はきょろきょろと辺りを見回していた。

「ケイトラントが居なーい」

「もう良いでしょ守りのことは」

「守りじゃなくて~」

 ただ気になるだけだよ~。ぶいぶいと愚図っていたら案内中の従者さんが少し口元を緩めて振り返る。最近は少しずつ、私達への表情が柔らかくなってきたかな。

「ケイトさんは今、木材調達の為に森に入られているはずです」

「あー」

 そっか、この村の力仕事はほとんどケイトラントが担っているんだね。

 一応、警鐘が鳴れば聞こえる範囲には居るらしい。ただ、竜人族は五感も優れているので人の感覚で言うほど近くないかもしれないって。ふーん。ってことは私がさっき騒いでたことも知ってて、今頃、何言ってんだアイツって笑ってるのかも? まあケイトラントが元気ならいいや。

 そうしてモニカの屋敷の大部屋に到着すると、ルフィナとヘイディも待機してくれていた。みんなが礼儀正しく挨拶をしてくれる。

「わざわざ待っててもらってごめんね、これ。残りの図面」

「はい、お預かりします」

 今日の用事の一つ目。未提出だった分の図面も確定したので提出します。

「それと、私の屋敷もちょっと変更があってさ。未来の侍女さんが伝声管を通したいと言うのでね」

 説明する時、私の顔はちょっとデレっとした。私の侍女さん真面目で可愛いでしょ。という気持ちだ。ちなみにルフィナ達は図面を見ているので全く気付いていない。私が変更部分を指で示しながら説明するのを、真剣に聞いてくれていた。

「分かりました。これは……はい、建設後の作業で大丈夫です」

 良かった。一応そうなるように私も設計したんだけど、ルフィナ達と認識違いがあったら怖いので早めにご連絡しました。ちなみに呼び出しベルは無線の魔道具になる予定で、屋敷の建設には関係無い。

 その他、図面に問題が無いかをルフィナ達が細かく確認してくれる。それを待っている間にと、私はモニカの方に向き直った。

「あとねー、村に差し入れを持ってきた。年末年始くらい、良いもの食べてね」

「お心遣いありがとうございます、大切に頂きま……」

 収納空間からもさもさと差し入れの食材を出していれば、いつも淀みないモニカの言葉が半端に途切れる。私は違和感に顔を上げた。彼女は大きく目を見開いて硬直していて、そんな顔は初めて見たなぁと呑気に思っていたら。

「それはジオレンのワインでございますか!?」

 突然の大きな声に気圧され、私は思わず一歩下がった。

「え、うん。飲む人いるかなって」

 彼女の目は今、私が手にしている一本のボトルに釘付けだ。なんかモニカの目がギラギラしてる。怖い。

「モニカ様。お気持ちは分かりますが落ち着いて下さい。領主様に失礼です」

 従者さんが冷静に声を掛けると、ハッとした様子でモニカが居住まいを正す。

「……申し訳ございません、お恥ずかしいところを」

「ふふ」

 これはもしかして、モニカが飲むね。驚いた気持ちが落ち着くと、可笑しくなってきた。

「ワインが好きなの?」

「あの、ええ、その……はい」

 肯定するか少し迷った様子だったが、今の反応じゃ誤魔化しようも無い。恥ずかしそうにモニカは頷く。

「我々が以前住んでおりました地域も北部になりますので、ジオレン含め、アルマ領産のワインは酷く手に入りにくく……当時を思い出して、取り乱してしまいました」

 なるほどねぇ。この世界の輸送能力では多くの場合で味が落ちてしまう。味を落とさないようにきちんと温度などを管理して運ぼうとしたらおそらくかなりの高額になる。侯爵といえども、アルマ領産のワインを上質なまま手に入るのは至難の業だったらしい。

「なら温度管理とかはモニカに任せて大丈夫かな?」

「はい、問題ありません」

 ワインの質を保つには温度や湿度を気にする必要がある。この村には冷蔵庫代わりの地下空洞があるし、工夫すれば良い保存環境が作れるはず。もしみんなに知識が無いようなら私が直接地下に入ってワイン用の場所を整えようと思っていたけど、モニカの目が活き活きとしているから大丈夫そう。むしろ私が下手に手を出したら怒られそう。

 ちなみにワインはボトル十本を持ってきた。あんまり飲まないなら減らすことも考えていたが、一本でも減らしたらモニカが泣くと思う。全部あげるね。

 他の差し入れは、肉、果物、ジュース、干物、お菓子など。出す度に従者さんも目を輝かせている。けれどきっちりと目録を作っていた。偉いねぇ。

 ちなみにワイン管理は他にも出来る人が居るらしく。従者さんの一人がすぐに呼びに行って、その人と、他にも運び出し要員達を連れて戻って来た。今から例の地下空洞に運び入れ、それぞれ適切な保存を行うようだ。運ぼうか? そわそわしてたら、「問題ありません」と苦笑いされた。そしてリコットにまで座ってろって言わんばかりに服の裾を引かれた。はーい。

 さて、私の差し入れの大移動が落ち着いたところで。改めて。

「差し入れで機嫌を取るつもりではないんだけど、モニカにちょっと教えてほしいことがあってさ」

「何なりとお聞きください」

 モニカなら何もあげなくてもこうして快諾してくれただろうけれど、さっきの喜びようを見た後だとちょっと面白いな。

「良ければワインでも飲みながらお話しない? あ、これはさっきの差し入れとは別。今からみんなで飲もうよ」

 私のお気に入りから一本、いや人数的には二本かな。開けましょう。ボトル二本と、ワイングラスを人数分テーブルへ出した。従者さんも含む。

「ご相伴にあずかります」

 グラスを受け取ってくれたモニカの傍で、従者さんはちょっと戸惑っていた。でも「領主様のご厚意ですから」とモニカが促してくれたら、座ってくれる。ケイトラントとも飲んでみたかったんだけど、今日は来ないかなぁ。ちなみにルフィナとヘイディは、図面の確認後に参加しますと言った。そうだね、今、見てくれてるもんね。

 じゃあ、乾杯しましょう。

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