第429話_願い
これと言って無いとも言えるが、溢れるほどあるとも言える。
すぐに口をついて出てくるほど願うことは何も無い。それはつまり彼女らに心行くまま、楽しく気儘に自由に毎日を送ってほしいと願っているからだ。存在しているだけで彼女らは可愛い。
ただ、小さなことを言うなら、手を繋ぎたいとか頭を撫でたいとかお膝で抱っこしたいとか、可愛い服で着飾りたいとかは思う。あと、いや、そういうことではない気がする。私は混乱中である。
「ええと。ごめん、まず、何故そんな話になったのか聞いても?」
「あはは」
うう。笑われてしまった。何か見当違いな質問をしたのかな。口をへの字にしている私にまた二人が笑って、でも少しだけルーイが、補足をしてくれた。
「アキラちゃんはいつも私達を守ってくれて、こうやって甘やかしてくれる。だけどそのアキラちゃんが大変な時とか疲れた時、何もしてあげられないから。……もっと出来ることが無いかなって思ったの」
リコットも似たこと言ってたなぁ。彼女と同じように、二人も私を心配して、支えようとしてくれているらしい。その上で、この質問か。みんながこんなにも私に優しくて、それだけで充分、癒されているし満たされているのにね。
「無理に『お願い』を捻出してほしいわけじゃないんだけどね」
「あぁ~そっか~、私達がこんなこと言うのも、アキラちゃんを悩ませちゃうよね~」
苦笑しながらラターシャが更に付け足すと、ルーイは彼女の言わんとすることに気付いて脱力していた。今度は私が笑う番だった。
「いや、困るってことは無いよ。だけど、ちょっと、何だろうなぁ。不思議に思うよ」
「ふしぎ?」
まだ思考がまとまっていなくて上手く言葉に出来なかったので、少し言葉を選んでから、続きを言った。
「私は好き勝手にみんなを囲って連れ回しているし、しょっちゅう振り回してる。なのに、私の為に何か出来ないかってみんなが考えることが、不思議なんだよね」
迷惑ばかり掛けていて、私がしてあげられていることと言えば……養ってることくらいかな。あとは、何があってもみんなを守れる用心棒。それ以外は叱られることばかりだ。説明不足で、報告が遅くて、しょっちゅう心配させて、すぐに暴れる。うーん、思い返すほど申し訳ないことしかない!
「そんな状況でもみんなが愛想を尽かさず傍に居てくれることを、むしろ感謝してるくらいだよ?」
私の言葉に、二人は軽く視線を交わすも言葉は無く、揃って難しい顔をした。何て返すか考えているのかな。そんな顔も可愛いよ。
「まあ、振り回されては、いるよね、確かに」
「ラターシャ、アキラちゃんに言い包められないで」
「う」
「なんと人聞きの悪い」
私の反応に二人が堪らない様子で声を上げて笑った。こらこら、笑い事じゃないよ。言い包めようとはしていませんよ。この間から本当に、全く信頼の得られない私である。だけど本当の本当に、みんなには感謝しているし、傍に居てくれることを奇跡のように思う。
「私のことが嫌になっちゃう日まで、寂しくならないように、傍に居てね」
少し静かな声で告げたら、二人は目を丸めてたっぷりと呆けた後、次第に何とも言えない複雑な表情へと変わった。それは一体どういう感情なのでしょう。
「……それが『してほしいこと』なの?」
「うん。だめ?」
そう返せば、ルーイとラターシャが揃って溜息を吐いた。そんな反応は悲しいのですが。
「駄目じゃないけどー、欲が無いよね~」
「えぇ? 私が?」
欲まみれの人生しか歩んできていない。意外な言葉すぎて目を丸める。きっとこんな言葉を告げられること、後にも先にも無いだろうという、確信にも近い気持ちすらあった。ナディアが聞いていたら鼻で笑いそう。
「他にも何か思い付いたら教えてね、アキラちゃん」
なのに、ルーイはそう言って話を締めた。どうやらあまりご満足いただけない『お願い』だったらしい。軽く肩を竦めてとりあえず頷く。全く思い付かないけど。二人を満足させられる言葉を、今すぐには言えそうにないので。
「二人がそんな風に想ってくれてることも、すごく幸せに思うよ」
しかし、この気持ちくらいは伝えておきたかった。二人はまた一瞬だけ呆けて、それから何処かくすぐったそうに笑っていた。
* * *
その頃、買い物に出ていたナディアとリコットは、一通り買い出しを終えた後、二人で近くのカフェに立ち寄って休憩をしていた。ただ、アキラと子供達からは何か甘いお土産があるだろうと予想していた為、二人の間にあるのはコーヒーだけだ。
「あなたは本当にアキラが好きよね」
「ぶ」
唐突に前触れなく告げられた言葉に、リコットは傾けていたコーヒーを噴き出しそうになる。しかも質問の形ではなく、事実を確認するかのような口振りだ。
「急にどうしたの。そりゃ、好きだけど」
リコットは軽く咳払いをして、ハンカチで口元を押さえる。彼女の動揺を自分の言葉が生み出していると知っているのだろうに、ナディアは涼しい顔で首を傾けた。
「一昨日、負担になってるかどうかって話したんでしょう」
「き、聞いたの」
「正確には『聞き出した』わ」
アキラに吐かせた――と言ってもそこまで強引な手段ではなかったが――その内容を、ナディアが簡単に告げる。その間、リコットは湧き上がる羞恥で額を押さえて俯いていた。
「誰だって、あんなアキラちゃん見たら申し訳なくなるでしょ」
「私は別にならないわ」
「嘘だ」
「本当よ」
信じられないと言わんばかりに不満な顔をするリコットを見て、ナディアは目尻を下げ、口元に淡い笑みを浮かべる。
「だってアキラは、私達と過ごす時間を本当に幸せそうにしているもの。あなたは特にアキラに甘いから、慰めとしては最適でしょう?」
リコットは何かを言おうと唇を震わせた。しかし結局それは言葉にならず、やや頬を染めて黙り込む。実際アキラにも似たような返しをされているせいだ。
「私も偶には甘やかそうとするのだけど、普段がああだから。アキラ、一瞬何を言われているのか分からない顔をするのよね」
「ふふ」
ナディアが思い返していたのは、香油を髪に塗ってやった昨夜のこと。きょとんとしていたアキラに説明するのも面倒になって、結局強めの言い方で膝に頭を乗せさせた。おそらくはそのような対応も良くないのだと、ナディアも分かってはいる。
「ナディ姉も、アキラちゃん大好きだよね」
「……嫌いではないわ」
意趣返しのつもりも、このような素直じゃない回答が返るだけで困らせることも出来ない。嘘ではない為、アキラに聞かせても『本当』が出るのだろう。
「今頃、あの子達を前にデレデレしているのでしょうし。負担だなんて欠片も思わないわよ。……あなたも、思わなくて良いわ」
ナディアは結局、それをリコットに言ってやりたかっただけのようだ。ようやくそのことに気付いて、リコットは目を瞬く。
彼女が素直じゃないのは、アキラに対してだけではないらしい。「ありがとう」と小さく返したリコットの声には知らない顔をしても。猫耳が声に応じて確かに震えた。
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