第426話_幕間(ルーイとラターシャ)2
「ねー、ラターシャ、さっきの話なんだけど」
「どれ?」
「ナディアお姉ちゃんとヘレナさんの違い」
しばらく街並みを見下ろしながら全く別の雑談をしていた二人だったが、徐にルーイが元に戻した。しかしルーイは改めて首を捻る。
「色々考えたんだけど、尻尾と猫耳くらいしか思い付かなかった」
「ふふっ、でもそれは、ふ、あるかも」
ラターシャが珍しいくらい酷く笑うから、ルーイも釣られて笑う。ナディアの猫耳と尻尾に対するアキラの愛情は傍から見ればもう異常だ。ほんのちょっと触らせてもらえるだけでも目をきらきらさせて子供のように喜んでいる。ヘレナにもあれらが付いていればまた違ったのだろうか? その想像は二人にとってあまりに可笑しくて、しばらく肩を震わせ、二人はなかなか収まらない笑いに苦労した。
「ますます、アキラちゃんが夢中になる『侍女さん』がどんな人か気になってきたなぁ」
「人族だよね?」
「うん、伯爵様の家ならそうだと思う。人族以外の貴族は、何かで活躍した平民が、男爵とか子爵になる場合だけだから」
「あ、そうなんだ……」
貴族についての部分だけ、ルーイはこそっとラターシャに耳打ちした。この辺りも、ウェンカイン王国では一般常識だ。
元よりウェンカイン王国は人族が興した国であることが、その理由になる。他種族を偏見なく受け入れている文化であるとは言え、血を重んじる貴族らの伝統はずっと続いている。そんな状況でも他種族が功績次第で貴族になれる制度があることは、他国と比べれば遥かに寛容と言えた。
よって他種族が上位の貴族であるケースは、竜人族の国であるセーロア王国、または少数民族の集まった国であるダラン・ソマル共和国のどちらかだけ。
「じゃあやっぱり、侍女さんには猫耳も尻尾も無いんだね」
「無いよねぇ……」
真剣な顔で言い合ってから、また二人はふふっと声を漏らして笑う。当分二人はこのネタで笑えそうだ。大人組に不審に思われないよう、宿に戻るまでに笑い尽くせればいいけれど。
「お屋敷ってどれくらいで完成するのかな?」
「うーん、そもそもお屋敷の図面、まだ全部は渡してないよね」
「確かに。まだまだ先かぁ」
既に渡している図面はアキラ本人の屋敷だけ。四人の屋敷と侍女の屋敷の分は今もアキラの手元で止まっているはずだ。始まってもいないのだから、完成など語れる状況ではない。
「でも、便利な道具が沢山あるから、意外と早く進むかもね」
「あー」
照明魔道具を全て届けて以来の製作ペースはのんびりではあるものの、ちゃんと進んでいる。今後スラン村に渡される予定の魔道具は農作業用だけではなく、建設作業にも役立ちそうなものが多くあった。スラン村もアキラの為に建設作業を優先したいと思っているのだろう。建設に関わる道具は特に優先度が高く設定されている。それらが順に納品されていくにつれ、屋敷建設がスピードアップすることは想像に難くない。
「ルーイは、いいの?」
「うん?」
「あの村に移住すること。結構、閉じちゃった村だと思うから」
アキラは彼女らへ「帰れる場所の一つ」「実家と思えばいい」と言っていたが、何にせよ、彼女らは近い将来あの村に住むことになる。決して便利な場所ではない。アキラに頼めば欲しいものを手に入れることは難しくないだろうけれど、今のように気儘に街中に出て、露店を冷やかすことも出来なくなる。
「分かんない。自分が何処に行って、何処に住むとか。選べたことは無かったから」
それはラターシャにも言えることだ。里を出たのは、追い出された日が初めてで。以来、ずっとアキラに付いて来ているだけ。
「でもそれって普通の子供でもおんなじだと思う」
「あはは、確かに」
二人は今、十二歳と、十六歳。自分の住みたい町を、その歳で自ら選択できる者がどれだけ居るのだろう。きっと多くの子らが、保護者となる大人の選択にただ寄り添って生きている。だからルーイは自分が何処で暮らすことになろうと、それに大きな不満を感じることは無いと言う。
「それに、まだ大きい男の人を怖いって思う気持ちはあるの。だからあの村、静かで好きだよ。安心するって言うかさ。住むの楽しみ」
「うん、それは、私もそうかな」
ラターシャもずっと里で暮らしていて、当然あまり人慣れはしていない。山奥にあるスラン村の方が、慣れ親しんだ故郷とずっと環境が近い。
「でもラターシャって思った以上に普通に街を歩くよね。もう慣れたの?」
「あはは、ううん、慣れないよ」
アキラと共に入ったローランベルが、彼女にとって生まれて初めて見た人里だ。ローランベルはこの国の中でも比較的大きな街であり、エルフの里の直後に行くにしてはギャップが大きかったことだろう。勿論、入った直後は物珍しそうに周りを見ていたし、今もその様子が完全に無くなったわけではない。
しかし大通りに突然大きな馬車が入り込んできても、何かの折にワッと湧き立つ人々の声があっても、軽い驚きを見せる程度でラターシャが怯えることは少なく、こうしてルーイと共に街に出る間も恐怖や躊躇いを見せていない。
それを、ルーイはとても不思議なことに思うのだけど。ラターシャはそんな彼女を見て可笑しそうに目尻を下げると、内緒話をするみたいに少しだけルーイへと身体を傾けた。
「ルーイが必ず一緒に居てくれるから、安心してるの。いつもありがとう」
その言葉にルーイは目を瞬いた。子供ながらにルーイはとても街に慣れている。本当に小さな頃から下働きとして買い出しに出ることがあったし、組織でも日常的に買い出しはしていた。だからこそ、エルフの里しか知らないラターシャのことを気に掛けていた。一人きりにしないように、困った時はすぐにフォローができるように。しかしそんな風に気遣っている自分のことを気付かれているとは、全く思っていなかったのだ。頬がカッと熱くなって、だけどそれを悟られたくなくてそっぽを向き、口を尖らせた。
「ラターシャのそういうとこ、ちょっとアキラちゃんに似てる。教育だなぁ~」
「え、なに、どういうところ?」
「天然タラシなとこー」
「えぇ?」
全然分からないと言った様子で目を瞬いている彼女の反応に満足したのか、ルーイは息をふっと漏らして笑う。
「まあいいや。今日はきっと誰も行かないだろうから、サラとロゼに顔見せに行こ!」
「え、ああ、確かに。そうだね」
まだ首を傾けていたラターシャだったが、ルーイはさっさと立ち上がって歩き出してしまう。結局ラターシャは問い質すことを諦めて立ち上がり、急いでその背を追った。
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