第425話_幕間(ルーイとラターシャ)1

 時間を少し遡り。

 ガロ用の魔道具製作の為にアキラと姉組二人が宿に籠って、ラターシャとルーイが二人だけで出掛けていた時のこと。

「はー、何だかなー」

「うん?」

 唐突に溜息交じりの声を漏らすルーイに、ラターシャはちょっと笑いながら相槌を打った。二人きりになると、ルーイの雰囲気や口調が普段と比べて少しだけ変化する。その些細な違いがラターシャは妙に好きだった。

「例の『侍女さん』と会ってきたアキラちゃんって、何だか機嫌が良くて、ちょっと嫌、うーん、しゃく?」

「ふふ」

 きっとこんな言葉も、他三人の前だったなら告げることは無いだろう。

「笑い事じゃないよ~、ラターシャは何とも思わないの?」

「えぇ……」

 呑気に笑っていれば、不満の矛先がラターシャへと向いてしまった。眉を下げ、少し慌てて彼女の言葉を反芻はんすうする。

「まあ、普段と違う気持ちにはなるかなぁ。知らない人だからかも」

「違う気持ちって?」

 簡単には許してくれないらしい。不満の色を残しながら掘り下げるルーイにまたラターシャは困った顔をしつつ、首を傾ける。ラターシャはその気持ちに特別向き合っていなかった為、言語化する為にちょっと間を置いた。

「アキラちゃんがあんなに夢中になるって、どんな人なんだろう、とか。ナディアやリコットと何が違うんだろう、とか? あとは、知らないアキラちゃんが居るみたいで、少し寂しいような」

 言葉にすると急に恥ずかしくなり、「うーん」と小さく唸りながらラターシャは頬を染めた。褐色の肌が色を誤魔化しているので傍からはあまり分からないが、火照った頬を冷まそうとラターシャが手で顔を扇いだ為、恥ずかしかったのだろうということはルーイにも分かった。しかしそれを愛らしいと思うよりも呆れる気持ちが先に立ち、ルーイはじとりと目を細める。

「それが、七割くらいの私の『癪』なんだけど」

「え、そう?」

 指摘を受けたラターシャは何度も目を瞬いて驚きを露わにする。全くそんな自覚は無いらしい。反応を見たルーイは改めて呆れた溜息を零している。それでも、ラターシャには自らのこの気持ちが『癪』と呼ぶものとはやはり思えなかった。ただ分かることは、ルーイには今のラターシャが告げたものと同じ気持ちがあるらしい。それだけを飲み込んで、ラターシャは変に食い下がることを止めた。

「じゃあ、あと三割は?」

 代わりに残りの気持ちを聞いてみる。ルーイは口を尖らせてから、不満の色を残したままで説明した。

「アキラちゃんの機嫌の良さって、お姉ちゃん達がアキラちゃんに甘やかしてもらった後と似てるから。お城で侍女さんに甘やかしてもらってるのかなって。それって、私達じゃどうしてダメなんだろうって」

 ルーイが言うには、ナディアもリコットも、アキラと夜を過ごした翌日は機嫌が良いらしい。ラターシャも最近は「言われてみれば」と思いつつ、きっとまだルーイが感じている全ては分かっていない。けれど今のルーイの言葉だけを、考えるなら。

「……確かにその気持ちも、分からなくはないかな」

「でしょー」

 少し満足そうに胸を張ったルーイに気付かれないよう、ラターシャは再びこっそりと笑う。大人びていても時々見せるこんな顔はまだまだ十二歳らしくて愛らしい。

 話している内に二人は展望台に到着する。今日は風が強い。そんな日はあまり人がおらず、二人でのんびりと話すには丁度良い。そしてジオレンの街並みも遠くまで見渡せて、大聖堂も見える。今の季節は少し肌寒くもあるが、近くで温かいコーヒーでも買って飲みながら過ごせば凍えるほどではないとあって、二人はこの場所が好きだった。

 過ごし方を心得ている二人は特に相談し合うことなく手前のコーヒーショップに立ち寄ると、好きな飲み物をテイクアウトして展望台の端のベンチに腰掛けた。

「まだ、ルーイ達と会ったばかりの頃ね」

 徐にラターシャが数か月前を振り返るように話し始める。ルーイは軽く首を傾け、続きを待った。

「アキラちゃんって可愛い女性はみんな大好きで、特に、不遇な人だとすぐに手を伸ばしちゃうんだと思ってたの」

 以前、本人も言っていた。愛されていない・大切にされていないような女性を見ると、自分が愛したくなるのだと。事実、アキラは行き場を失ったラターシャを救い、組織に囚われていた三姉妹を救い、今も四人を大切に守っている。

 スラン村もそうだ。彼女らは国を追われ、怯えながら隠れて暮らしていた。アキラはそんな彼女らを「自分の領地だから」という理由で守り、あらゆる支援をしている。しかしあの場所を領地にしたのはそもそも守る意図であり、前後が逆である。

 その為ラターシャはアキラを『博愛の人』のように感じていた。多くの場合は対象が女性に限定されるものの、ナディアが時折アキラを「お人好し」と揶揄することも頷けるほど、彼女は優しい。

「だけど、エ、あー、『あの里』じゃ、性別や年齢も見境なく大暴れだし」

「あれはでも、向こうが先に……」

 ルーイはちらりと周囲を窺う。『エルフの里』という言葉を飲み込んだラターシャに気付いたからだ。周囲に人は居ないし、風も強いので二人の会話が誰かに聞かれることはまずあり得ない。ただ、獣人族が近くに居れば図らずも届いてしまうことがあるだろう。念の為、伏せておくに越したことはない。

「そうなんだけど、ヘレナさんの時に改めて、なんか、違うのかなって」

「あー……確かに。私もあの人ってアキラちゃんのタイプかと思ってた」

「私も」

 ところが二人のそんな印象とは裏腹に、アキラは終始ヘレナに対して興味を示さなかった。

 誘われた時点から「何か裏があるのだろう」と疑念を抱いていたせいもあるだろうが、それならばナディアとの出会いの方が遥かに条件は悪い。彼女は実際に麻薬組織の屋敷へアキラを引き入れ、麻薬に漬けようとしていたのだ。しかしナディアに対してはずっとあの溺愛ぶりである。

「二人共、悪いことだって自覚しながらもアキラちゃんに接触して。だけど本当は二人も被害者で。……なのにアキラちゃんが好きになったのは、ナディアだけだった」

 ナディアの場合はアキラの求めに応じた形での『接触』にはなるものの、アキラはまだ強引な手段には出ていなかったし、彼女は人族だ。最初にナンパされた時と同じく、客として対象外のまま放置しても良かった。けれどナディアは求められたことを組織に報告し、営業の為に手紙を送っている。へレナが余命二年を切ったという状況で藁にもすがる思いでアキラに接触したことを罪と呼ぶのなら、ナディアのそれも充分に罪だろう。

「ほんとだ。そう考えると何か、難しいね、アキラちゃん」

「ね」

 子供二人にこんな話をされているなどと、宿で魔道具製作に集中しているアキラは露ほども予想していないに違いない。びゅうと強く吹き付けた風に身を縮めた二人は、少し慌てて温かなコーヒーを傾けた。

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