第424話
そうと決まれば早速、私の持ってる知恵からレシピを書き出そう。みんなの前で書きたかったので机の方じゃなくってテーブルに幾つか紙を取り出した。
「清めのお酒は製造に時間が掛かりそうだから、みんなで甘いワインでも飲む?」
全員が美味しく飲めそうなお酒となるとそれかなと思って提案すれば、ラターシャとルーイが目を瞬いて、二人で軽く視線を交わしていた。可愛い。
「えっと、私達も飲んでいいの?」
「一杯くらいなら食前酒みたいなものでしょ。いいんじゃない?」
まるで他に判断する人が居るかのような返事をしてしまったが。一番こういうことに反対しがちなのは私で、次点がナディア。でも大体、可愛い子供達におねだりされたら全員すぐに負けて「一口だけね」ってやってるから、厳しい人間なんか皆無である。
「勿論みんながどうしても『清めのお酒』が良いって言うなら、エルフの里から強奪して来るけど!」
「その時点でお酒が
リコットの正確無比なツッコミにみんなが声を上げて笑った。そうだね、神事の為に時間を掛けて清めたお酒を『強奪』したら一瞬で濁りそうだね。
「私はアキラちゃんの世界の伝統料理も食べてみたいけど……難しいかな」
やや慎重に、ラターシャが問い掛けてくる。今回は自分の希望が通る形でもある為、気を遣ったのかなと一瞬思ったものの、視線を向けたら『本当』と出ていた。そしてみんなも私を見ていた。私の国の伝統料理にも彼女達は興味があるらしい。好奇心旺盛だねぇ。
「うーん、そうだねー、食材がなぁ」
蕎麦。蕎麦かぁ……。手打ちの経験はあるものの、ソバの実を製粉するところからは流石にやってないぞ。そもそもソバの実に代わるものを探す必要があるし、製粉も、ただ粉にすればいいだけなのかとか、まるで知識に無い。
おせち料理だって代わりになる食材を見付けられていないものもある。エビは多分あるだろうけど、海鮮だよな。この世界じゃ海の傍に行かないと手に入らない。いや、転移したら何とかなるかなぁ。
何にせよ、年末まであと五日。食材探しから試作も重ねようとすると、あまりに時間が足りないね。
「来年までに、考えておくよ」
一年あれば、もうちょっとこの世界の食材の情報が集まっているだろうから。
ということで今年はエルフの伝統を真似て年末年始を過ごすことにして、来年は可能なら私の故郷の伝統料理を作ってみる。相談の末、そういう結論に至りました。
話している間に書き出し終えたエルフ伝統料理のレシピを、テーブルに広げた。
「へえ~、どれも手に入る食材だね」
「エルフも私達とあまり変わらない食材を使うのね」
作り方しか書いていないけれど、内容を見ながらリコットとナディアが材料の確認をしてくれた。
「里で育てている動植物も、元々はこの国のものを持ち込んだものらしいからね」
「あー、なるほど」
この世界から身を隠すべく亜空間を作ったのであって、エルフの故郷が亜空間であるわけじゃない。引き籠ってから品種改良とか独自の進化を遂げる可能性はあるとしても、この伝統料理はそれよりも歴史が古い。だから食材に乖離があるとすれば、ウェンカイン王国で既に滅びてしまったものがエルフの里の中でのみ生き延びているケースかな。でも今回は幸いそういったものは無さそうだ。
「この調味料が分からないわ」
「あ、そうなんだ。製法があったってことは、エルフ独自のものかな。そのレシピも出すよ」
この世界にある調味料、まだ私も全ては把握していない。でも言われてみれば、その名前の調味料は市場で見掛けていないな。
「もしかしたらただ名前が違うだけかもしれないけどね」
レシピを書き出しながらそう思い至って、手渡す時に言ってみる。同じものでもエルフ達とは呼び方が違うことが時折ある。『勝利の日』だって、エルフにとっては『平和の祈り』を行う日で、勝利の日という言葉は無かった。
さておき。レシピを確認してくれた三姉妹曰く、この調味料はおそらく知らないとのこと。でも材料等はよく見るものだから、問題なく作れると言った。三人がチェックしてくれて助かるねぇ。私とラターシャだけだったら分からないことが多いからね。
「この部分は、漬ける時間が必要だから前日からだね~」
「調味料も一晩おくんでしょ? それなら、もう一日前からかなぁ」
「あ、そっか」
ルーイさんしっかりしてる。指摘が的確だ。組織では料理担当をしていただけはあるよね。偉いね。撫でよう。ぐりぐり撫でていたら、その横でナディアが手早く買い出しリストをまとめていた。
「日持ちしない食材は前日から当日、それ以外は早めに用意してしまいましょう。年末に向けて、品薄になる店もあるでしょうから」
「あー、新年セールの為の入れ替えかぁ。じゃあこの辺は午後、私らで買いに行こうか」
私がルーイを愛でている間にナディアとリコットで話が進んでいく。午後、おやつの時間には私とラターシャとルーイはお出掛けなので、その間に姉組二人が少し買い出しをしてくれるらしい。
「なんかごめん……」
ラターシャが申し訳なさそうにすると、ナディアがくすりと笑った。
「いつもあなた達は、家事を頑張ってくれているでしょう」
魔道具製作を進めている間、私は常にナディアとリコットをお手伝い要員にしている。そういう時はラターシャやルーイがこまごまとした家事を率先してやってくれていた。買い出しもそうだ。だから今回はそのお返しだと、ナディアは言うのだろう。
「でも作るのはみんなでやろうね!」
「ええ、勿論」
ルーイの可愛い言葉に、またナディアとリコットが頬を緩めていた。勿論、私もね。そうしてレシピを囲んだ四人があれこれと話を進めてくれる様子を、私はただ静かに見守る。
「……餅も無いや」
「ん? なに?」
「ううん、何にも」
結局、これから年末年始を迎えるのだという実感を私はまだ抱けないでいた。きっと迎えても、抱けはしないのだろう。
静かに湧き上がってきた苦い気持ちを外に出さないように、音も無く奥歯を噛みしめた。
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