第423話
ちょっと悲しいことを思い出させてしまったかな。引き寄せてこめかみに唇で触れると、リコットは「ふふ」と、くすぐったそうに笑う。
「アキラちゃんって私へのスキンシップ、ちょっと甘いよね~」
「いやそのまま返すよ」
「えー?」
びっくりし過ぎてちょっと真顔でツッコんでしまった。いつも甘いのはリコットさんです。普段から甘いスキンシップをしてくれるリコットだからこそ、私もこうして気兼ねなく触れられるのだから。
「ナディ姉にはしないの?」
「……回数は圧倒的に少ないね。そもそも嫌な顔または呆れた顔をされるし、あと、みんなの前でしたら二度と口を利いてもらえなさそう」
「あー」
二人きりの時ならまだ、撫でても触れても大人しい。だけどみんなが居るとその気配を見せるだけで刺すような目で睨まれます。
「許してくれるリコだから、つい触れちゃうんだよね」
「アキラちゃんが触ってくれるの、優しいから好きだよ」
「それは嬉しい」
調子に乗って今度は頬に口付けたら、ハハッと明るい声で笑われた。でもリコットみたいな可愛い子にそんなことを言われたら、例え罠でも絶対に飛び込んでしまうね。仕方ない。
しかしこれもナディアさんの前でやるとまた殴られますので、宿に到着してしまった今、もうイチャイチャできないのである。また今度。
「――アキラちゃん、さっきの話しようよ」
「おお、そうだ。ありがと」
宿に戻ってすぐ、リコットに脇を突かれた。私は結局「今度こそ」と言いながらすっかり忘れていた。助かりました。
幸い今は全員部屋に居て、出掛けようという様子も無い。聞くのにも丁度いいだろう。
「みんなに聞きたかったんだ。この世界での、年末年始の過ごし方!」
私の言葉に一瞬きょとんと目を丸めた三人は、すぐに肩の力を抜いて「あぁ」と声を漏らした。
「娼館や組織じゃ特に何も無くて、普通に働いてたじゃん? 私も、自分の村の過ごし方しか知らないからさー」
リコットはそう言った後、故郷の村での年末年始について説明してくれた。私に聞かせてくれた内容そのままだ。最初に応じてくれたのはルーイだった。
「うーん……最初の町では救世主様にお供え物をしてたとは思うけど、お祝いは特に無かったかなぁ」
曰く、リコットの村みたいにみんなで集まって飲み食いなどはせず、教会へのお供えを用意した記憶くらいしか無いとのこと。何か特別なご馳走が出ることも無く、普段通りだった気がすると言った。ただ、それぞれ他の人達が家の中でどのように過ごしていたかまでは何も知らない為、よく分からないらしい。
「ルーイの最初の町は地下暮らしって言ってたもんね、あんまり目立つ形でお祝いは、難しかったのかも」
「確かに」
そして、二つ目の街、高齢女性の屋敷の下働きだった頃は本当に全く何も無く、普段通りに下働きをしていたと言う。
「でも、新年の市場はちょっと違うって聞いたような……ごめんなさい、よく覚えてなくて」
「いいよ、ルーイは働いてたんだもんね」
実際に自分もその『新年』の祝いか催しに混ざっていたならともかく、噂で聞いた程度では記憶に残らなくても仕方ない。それよりも翌月、
「町によって結構違うのかな? ナディアのところは?」
ラターシャが促すと、ナディアはやや難しい表情で首を捻る。
「私もあまり記憶に無いわね。決まり事は、特に無かったと思うけれど」
彼女の町では、新年の一日目と二日目くらいは市場などで特別なセールをしていて、ちょっとお祭りのような雰囲気にはなる。しかしどれも『勝利の日』ほどではなかったらしい。やっぱりそっちに重きを置いているから、新年はそうでもないみたいだ。ナディアの町は特に信心深いから、逆に他よりもその差が激しいのかもしれない。
かと言って過度に何か質素にしなければならないというわけでもなく。新年というものにほんの少し特別な思いはあるが、基本は各々が自由にって感じかな。
「ラタ、エルフの里では、どうだった?」
「え? アキラちゃんは知恵で知ってるんでしょ?」
全く発言する素振りが無かったので促すと、そう言ってラターシャが目を瞬く。なるほど、どうせ私が知っていると思って傍観していたのか。
「私が知ってるのは『伝統』の知識だけだからさ。実際がどうだったかなって」
改めて問うと、ラターシャはちょっと困った様子で眉を下げた。
「確か……年末に清めのお酒を飲んで、あとは年が明けると午後から、魔除けの腕自慢大会があったのと……少し、特別な食事がある、かな。でもごめん、私もよく分からないの」
ラターシャはそもそもハーフエルフの為、清めのお酒を飲む必要は無いと教えられたと言う。
しかし知恵にそんな情報は無かった。伝統ではなくラターシャの里が勝手に決めたことだろう。清める必要が無いという意味か、清めても意味が無いという意味か。何にせよちょっとイラッとした。
そのせいもあって彼女が新年の集まりへ呼ばれることは無く、そもそも男共の腕自慢大会は家族が参加しない限り混ざっても仕方がない。新年の催しは彼女にとって本当に縁が無かったようだ。
「伝統料理も、お母さんが病気になってからは一度も食べてないし、私は作り方も知らなくて。『良くなったら一緒に作ろう』って言ってくれてたけど、……そのまま、だったし」
最後、言葉を選んだ様子だった。そして幾つかの瞬きの後で、ラターシャの目が、涙で濡れた。慌てて俯いて涙を拭うラターシャが、「ごめん」と震えた声で言う。彼女が謝ることなんか何も無いのに。
「ううん、寂しいこと思い出させちゃったね、私の方がごめん」
一生懸命に袖で涙を拭っている彼女へ、隣のルーイがハンカチを手渡す。ラターシャはちょっと照れ臭そうに笑って、受け取っていた。リコットは心配そうに彼女へと視線を向けた後、私の方に向き直る。
「アキラちゃんなら、その伝統料理のレシピ、知ってるんじゃないの?」
ふむ。なるほど。リコットの問いに頷きながら、その知識を頭の中でなぞる。
「そうだね、ラタさえ良ければ、今年はみんなで作ってみる? お母さんの味そのものは分からないし、全く同じじゃないかもしれないけど」
私の提案に、ラターシャが赤いままの目を何度も瞬いた。
「え、でも……」
「だって私らの方は何にも無いからさ~」
戸惑う彼女へ、リコットは何でもないような口調で明るく返した。事実、今共有した感じではウェンカイン王国に新年の特別料理や共通の祝い方は何も無い。
「勿論、ラタが余計に辛くなるなら、無理にとは言わないよ」
普段は気丈でいるラターシャがこうして泣いてしまうほど、繊細な思い出だったようだから。下手に突く必要は無い。だけどもしも彼女自身が、望んでくれるなら。
「ううん。私も、エルフの伝統料理、作ってみたい」
はっきりと告げられた彼女の願いに、私達は何処か嬉しい気持ちで頷いた。
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