第422話

 そうして朝食後にガロ宛ての手紙および魔道具説明書を用意した私は、二つのギルドを梯子はしごする為にリコットを連れて宿を出る。

「あ~……」

「なに?」

「リコと歩くと思い出すんだけどね、年末年始の話」

「あはは! 私も忘れてた」

 腕にリコットが寄り添ってくれる時に必ず思い出す身体になってしまった。パブロフの犬のよう。

「戻ったら話そう、今度こそ」

「今度こそねー」

 宿に戻った時にもまた腕を絡めてくれたら思い出しそうなのですが? と思いつつ、そんなことを覚えていたら年末年始のことだって覚えているんだよな。まあきっと暦を見たら思い出すよ。本当にもうすぐだからね。

 一件目。冒険者ギルドではまたヘレナが対応を優先してくれた。

 流石にちょっと目に付くようになってきたので、『私を優先するのは、ギルド内では職権乱用にならない範囲で良いよ』と、書類を交わす時にメモを付けて伝えてみる。今回ガロに送る荷物は急ぎじゃないのだ。言い訳も難しいだろう。ヘレナはちょっとバツの悪そうな顔で、小さく頷いていた。

「普通に考えれば、お金を受け取ってから送るよね」

「ははは」

 冒険者ギルドを出てすぐに零したリコットの鋭い指摘に、私は笑い声だけを返した。そうだね。本来の取引を思えば、お金が支払われていることを確認の上で商品は送るべきだ。相手があの誠実なガロで、且つ彼からの手紙には『本当』のタグしか出ていなかったからつい信用してしまった。しかし書類を交わすことはきっちりやってるのに、行動がこれだと良くないね。次からは気を付けよう。

「ナディ姉、珍しかったね。あんなに怖がるなんて、どんなとこなんだろ?」

「うーん、多分、金融ギルドに問題があるわけじゃないと思うよ」

「あー。思い出、って言ってたか」

 もし本当に金融ギルド自体に問題があって怖い場所だとしたら、リコットやルーイが指摘したようにナディアは我慢してでも自分が行こうとしただろう。妹達には絶対に行かせたくないと言い張ったはずだ。でも彼女はそうしなかった。つまり金融ギルドという場所そのものに対する恐怖ではないのだと思う。

「……父親の借金の返済の為に娼館に売られたって言ってたからね。まあ、父親絡みじゃないかな」

 一瞬だけ消音で私達を囲んで、そう囁く。

 借金返済の為に行ったか、返済できなくて揉める経緯で行くことになったか。娼館に売られる際にも金融ギルドが間に入った可能性もある。確実に返済金を得ようとしていたら金融ギルドが仲介し、現場に居たかもしれない。この国では娼館に子供を売ることが違法ではないようだ。心無いことだとは思うが。心で金は稼げないってやつなんだろう。

 ふと見れば、リコットが無言で眉を寄せていた。この子も借金が理由じゃなかっただけであって、お金の為に親に売られているんだよね。私は軽くリコットの肩を抱き寄せ、頭を撫でた。

「ずっと近付かせなきゃいいよ。必要ないし」

「うん、そうだね」

 事実は消えないし、辛かった思い出も無くなってはくれない。だけど私の傍ではもう二度と、そんな辛い思いはさせないよ。

 嫌な空気を振り払う為にちょっと強引に呑気な雑談へと話を切り替えたら、リコットは軽く目を丸めた後、可笑しそうに眉を下げていた。

「――はい、お預かりしております。此方が金額になります、ご確認ください」

 本当に銀行みたいだな。ぴしっとした制服に身を包んだ男性職員が対応してくれた。私が問題なしと頷くと、小さい紙の上に大銀貨が六枚並べられた。布製魔法陣が一枚で大銀貨三枚、今回の魔道具が同値だから合計六枚である。

 並べた後はそのまま目の前でその紙の中に包んでくれる。手で持って帰れとは言わないんだね。親切。そして受け取りのサインを書いて、控えと共にお金を受け取れば手続きは完了だ。長居する理由もないので、さっさとギルドから立ち去った。

「確かに気分が良くなる場所ではなかったかも」

「はは、本当にね」

 金融ギルドから出ていくつかの角を曲がり、しっかりと距離が離れたところでぽそりとリコットが言う。私も呑気に相槌をした。

 直接は何の問題も無かったし、嫌なことも無かった。

 一階正面は広いロビーになっていて、冒険者ギルドみたいに受付の台が並んでいる。すぐに受け付けられないほど混んでいればこのロビーで待機するようだ。受付で用件を言うと、その場で対応するのではなくて『行くべき場所』を教えてもらう。

 私達は三階にある四番の部屋だった。対応は全て個室になるらしい。受け取りとか支払いとか、並ぶ台で用件が一目瞭然だと不都合なのだろう。日本みたいに治安が良いわけじゃないから、賢いやり方だ。ちなみに受付してくれる個室も二人以上が待機していて、客側だけじゃなく職員らの安全も考えられている。お金が絡むと人は怖いからねぇ。

 だから別に、他の人の対応現場に出くわすわけじゃない。けど、流石に個室に分けてあっても大声で喚き散らすのが聞こえないほどの設備ではなかった。「払えねえもんは仕方ねえだろう! 俺に死ねって言うのか!」と駄々を捏ねている男の声とか。一番気分が悪かったのは「娘が二人おりますので、奉公か娼館へ行かせれば工面できます、もう少し待ってください」と懇願をしている男女の声。両親かな。えげつないよな。

 この国は貧富の差が大きく、貧しい人達は生きていくことに必死で、他人はおろか自分の子供の幸せすらも考える余力が無い。自らもおそらくはそうして親に育てられ、だから子を奉公に出すことに疑問を抱かないのだ。むしろ飢えて死なせるより、奉公に出すか娼館で働かせることで命を守る選択こそが子への愛情と言う親もあるのだろう。

 恵まれて生まれ育っただけの私に、それを否と断じられるだけのものは無い。ただどうしても、悲しいとは、思う。

「今後もナディとラタとルーイは近寄らせないようにしよっと。リコも辛かったら、次は近くで待ってて良いよ」

「んー、まあ。気分は良くないけど。大丈夫、慣れてるよ。……新しい子も、いつも『可哀相』だったからさ」

 新しい子というのは、娼館での新入りのことらしい。

 彼女らが居たような低層の娼館はそのように売られてくる子ばかりが居たと聞く。何の覚悟も無く、誰かの手で放り出されてしまったような子。自分も同じ立場だったのにそれを『当たり前』ではなく『可哀相』と思えるのは、生来リコットが優しいからなのだろう。

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