第421話
とにかく尻尾で推し量って謝っても溜息が返りそうなので飲み込んで、宿の受付さんに会釈をしつつ階段を上がる。すっかり顔馴染みなので鍵を見せる必要も無く顔パスです。
「急ぎじゃない、ということは、『届け物』の方は上手くいったのね」
「多分そうだね」
つまり相殺の布製魔法陣だけで、ガロの方の問題は解決したんだろう。ならば「急ぎじゃない」手紙はただの報告か、地中の魔法陣に関する質問か、提案した魔道具が欲しいって話か……まあその辺りかな。
「ただいま~。はい、朝ご飯だよ~」
元気よく部屋に入ると、お留守番の三人はもう起きてテーブルに着いていた。ちょっと遅かったかしら。お腹空いてるかな? 紙袋をテーブルに置く。美味しい匂いがするでしょ。焼きたてのパンだよ。
「アキラ、こっちで用意するから、手紙を優先して良いわよ」
「お、ありがと。じゃあお言葉に甘えて」
「手紙?」
私が輪を抜けて机の方に向かう中、ナディアはみんなにも私がさっき手紙を受け取ったことを共有してくれる。自分で説明しなくて良いって楽だよねぇ。
「ふーん、ふん……」
また無駄に鼻歌を歌いながら手紙を開く。うん。予想通りだ。問題の魔法陣は布製魔法陣で破壊済み。ガロ達が出来る範囲で、大きめの魔物は討伐完了。新たな問題は今のところ発生していない。
だけど隠されている魔法陣を探す為の魔道具は今後のことも考えて持っておきたい為、購入したいという内容だった。ガロは真面目で慎重だから、そうなるだろうなとも思っていた。もう金融ギルドを利用して、今回の布製魔法陣の分と合わせて既に支払いは済ませたらしい。素早いね。ならば早速あの魔道具を送ってあげなければ。
ちなみに今しれっと出てきたが、ウェンカイン王国内には『金融ギルド』と言って、お金を貸し借りしたり、遠くの街にお金を支払ったりする仕組みを担うギルドが存在している。冒険者ギルドとは協力関係にあるので個人口座を持つより手続きが簡易で、「冒険者ギルド関係者です」とギルドで渡されている冒険者カードないし協力者カードを出せば、支払いされている分が受け取れる。手数料は冒険者ギルド持ちだそうなので、ガロも私も懐は痛まない。まあ、銀行みたいなもんだね。
通貨制度が整ったのは最近のことだとローランベルのおじいちゃんが言ってたから、おそらく金融ギルドは比較的新しいギルドなんだろう。しかし良いところに目を付けたやり手のギルドだと思う。大きくなるまで一瞬だっただろうな。便利だねぇ。
さて。とにかく私はまた魔道具をガロに届けてもらえるように、冒険者ギルドに持っていかないとね。使用説明のお手紙も添えてね。
とは言え、午前中の内であれば充分じゃないかな。急ぎじゃないって言ってたし。だから私も一先ずは朝ご飯にします。
「大丈夫そう?」
「うん、問題は解決してるみたい」
手紙を机に置き去りにしてテーブルに着くと、少し心配そうな顔でみんなが尋ねてくる。私は丁寧にガロの手紙の内容と、本日の私の予定を説明した。
「金融ギルドかー、行ったことないなぁ」
まず魔道具を届ける為に冒険者ギルドに行くが、そのついでに金融ギルドにも寄ってお金を受け取ろうと思っている――と話したところで、リコットがそう言った。そっか、生活に必要の無い人も居るか。
「私も無い。ナディアお姉ちゃんは?」
「……私は、何度かあるけれど。受け取りに行ったことは、無いわね」
ふむ。一瞬ナディアが少し嫌な顔をしたように見えた。あんまり触れない方が良いかな。口いっぱいに頬張ったサンドイッチを素早く咀嚼して飲み込んだ。
「行ったことが無いってのが珍しいことじゃないなら、そんなに気合を入れなくて良さそうだね。分からないことはギルドで聞けばいいし」
「そっか、そうだね」
私が新しい場所に行く時、最も気になるのはそこだ。立ち居振る舞いが『この世界』の人間として不自然とならないようにしたい。でも金融ギルドに訪れたことが無い平民が当たり前に居るのなら、私がギルド内で首を傾げていても不審者には見えないはず。
「じゃ~見張りはリコが来てくれる?」
「わはは、指名された~。いいよー」
普段は付き添い係を決めるのは女の子達なんだけど、今回ばかりは指名させてもらった。
「お金が絡むところだからね、もしかしたら揉めてる人も居るかもしれないし」
「そうだねー」
ナディアは嫌な顔をしたから外したんだけど、元々、日中の見張りはリコットかラターシャだ。外したことは不自然じゃない。そしてラターシャを指名しなかった理由が今の言葉。あんまり子供を連れて行きたくなかった。みんな納得して頷いてくれた中で、不意にナディアが小さく溜息を零す。気付いてみんなが視線を送ると、本人も少しバツが悪そうな顔を見せた。
「ごめんなさい、できれば、あそこは行きたくなくて。嫌な思い出があって……個人的には怖いところだから」
何も言わなくても、私もみんなも察していたから流したのに。ナディアはその気遣いを知っているからこそ、自分の口できちんとお願いしようと思ったのか。誠実だなぁ。
「うん、それなら行かなくていいよ、話してくれてありがと」
隣に座っていたので、手を伸ばしてよしよしと撫でる。いつも通り頭を振って嫌がられました。はい。勝手に触ってすみません。でも猫耳がぷるっと震えてめちゃくちゃ可愛いです。
「ナディアお姉ちゃんが我慢しないで教えてくれたの、私も嬉しい」
逆隣りに座っていたルーイは、ナディアを見つめてニコニコしながらそう言った。リコットも、ルーイと同じ顔をしている。でも私もその気持ちはすごくよく分かると思った。
「ナディ姉なら嫌でも我慢して、むしろ自分が嫌なところだから私らを行かせたくないって言いそうだしね」
「それー」
二人の会話を聞くナディアの耳が、どんどんぺったんこになっていく。平たい。猫耳が頭と一体化した。恥ずかしいのかバツが悪いのか。何にせよ愛らしい。
「ま、何があっても私が守るから大丈夫。リコが望むなら無関係な男共の怒号も一瞬で黙らせるからね!」
「そこまでしなくていいです」
苦笑された。だけど男性の怒鳴り声が怖い子は居るからさ。私の可愛い女の子達の心を乱すなら多少の暴力も厭わないよ!
やる気に満ち溢れた私の顔を見てリコットだけじゃなくてみんなが苦笑して、「問題を起こさないでね」と笑っていた。はーい。
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