第419話
お湯の準備が終わると、さっきナディアが促したことからも分かる通り、先に入るのは私。
普段だったらお風呂は私が最後なんだけど。こうしてナディアと二人で外泊する時は順番を逆にしている。何故ならナディアを先に入れると私が出るまでタオルドライを頑張らせてしまうし、乾かしてから入ろうとしたら「良いから入ってきて」と言われてしまうせい。
それにお酒を飲んだ直後のナディアを浴室に送るのは少し不安、というのもある。上手に飲む子だし、極端に弱くもない。ただリコットほどは強くないので、比較して少し心配に思うのだ。二十分程度でも少しは休む時間があった方が体調も落ち着くだろう。
私が上がったら次にナディアが入って、その間に私は寝支度を整える。それから櫛とタオルを持ってベッドの端の方に座り、ナディアを待つ。これがとても楽しい。何せ、この時だけは私がナディアの髪や尻尾に櫛を入れても許されるのだ。普段は女の子達がやっている。しかも順番的に私はお風呂中なのでその様子すらも見られないという仕打ちだ。いや、誰にも悪気はないと思うけど。
とにかくこの貴重な機会をニコニコしながら出迎える。いつものことながらナディアは呆れ顔だったけど、黙って傍に座ってくれた。
髪を乾かして櫛で整えたら、次は尻尾。此方も優しく優しく乾かして、櫛で梳く。ベッドに腰掛けて私の好きにさせてくれていたナディアは、髪を緩く編んでまとめ終えると、私を振り返った。
「何度も言うけれど、本当に変わっているわね。尻尾がそんなに好きな人って居ないわ」
「それは私の方が不思議だよ~こんなに可愛いのにね~」
入念に櫛を入れている私を、不思議そうに、ちょっと呆れた色も混ぜつつナディアが見ている。少しでも長く触りたいという理由で引き延ばすとバレて怒られそうなので、完了後、ちゃんと櫛を置いた。
「完璧、ふわふわ!」
「どうも」
仕上がりに満足して手を放したら、やっぱり呆れた声が返った。だけど私から尻尾を回収したナディアがひと撫でした後「本当にふわふわ……」と、ちょっとびっくりしていた。ふふん。私は自慢げに胸を張る。今回は仕上げに目の細かい櫛を使うことで、いつもよりふわふわにしました!
「毎日やろっか!?」
この仕上がりに満足してくれたら、今後は私に尻尾のブラシを任せてくれるかもしれない。そんな期待で目をきらきらさせていたんだけど。
「いえ、毎日は、いいわ」
普通に断られた。しょんぼり。肩を落として櫛などを片付ける。
すると私があんまりに落ち込んだせいか、ナディアが付け足すように「偶になら」と小さく言ってくれた。やったー!!
すぐに満面の笑みになる私を、ナディアはやや冷たい目で見つめてきた。しかし尻尾を触らせてもらえるなら何でもいいです。折を見てまたさせてもらおう。嬉しい。
鼻歌交じりにお片付けを終えた頃。徐にナディアが手を伸ばして私の頬を撫でたから、よく分からないけど別の喜びでニコニコした。彼女の手は私の頬を滑り、額を撫で、それから前髪を少し弄って――唐突に、ぎゅっとそれを握った。えぇ。急にじゃれてくるじゃん猫ちゃん……。しかも放してくれない。下手に動くと髪が抜けてしまうので、じっとした。
「あの、これは……?」
恐る恐る尋ねれば、掴んでいた手を緩めてくれたけど。次は前髪をさらさらと撫で始める。
「前から思っていたけれど」
「うん?」
「……乾燥魔法で髪を乾かすと、傷むのね」
「ふふ」
笑っただけで答えを言わなかったらまたぎゅっと握られた。ああ止めて抜けちゃう……。慌てて「はい」と言ったところで、また放してくれた。
そう。髪も身体も、乾燥魔法を使えば一瞬で乾かせるのだけど、本来あるべき水分量を保ったままで乾かすことはほぼ不可能だった。髪には一本一本、それぞれに水分量がある。だから全体に同じ威力で乾燥を掛けてしまうと一部は『乾かし過ぎ』の状態となってしまう。
以前、木材の加工する時にやらかした失敗と同じことだね。木材は髪ほどの繊細さが必要なかったから何とか均一に出来たが、髪は絶対に無理。平均の水分量より少し軽めに掛けてはいるものの、どうしても一部は傷んでしまう。だから私も日常的には使っていない。急いでいる時だけだ。
「私達には絶対に使わないから、何か理由があると思っていたの。掛けられる側に負担があるか、もしくはただ単に女の髪に長く触れていたいか」
「わ~、ありそうな理由~」
「……あなたの話よ」
分かっているんだけど、あまりにも後者の理由が私に似合い過ぎて感心してしまった。へへ。笑って返すと、ナディアはまたちょっと呆れた顔で項垂れている。
「あなたの髪も綺麗なのに……ちょっと此処に寝て。うつ伏せ」
「へ」
ナディアから『此処』と言って示されたのが彼女の膝の上だったので、普通に考えれば大喜びなんだけどびっくりして一瞬呆けた。でも「早く」と急かされた為、深く考えず素早くベッドにうつ伏せになり、彼女の太腿に頭を乗せる。
あ、でもこれ、気持ちいい。幸せかも。時々ルーイは膝枕してもらってるよね、ずっと羨ましかったんだよな。私も本日、体験できてしまった。日記に書こう。別に日記は付けてないけど。
「一度、解くわよ」
「はい」
ナディアのお風呂上がりを待っている間にまたポニーテールに戻していたが。ナディアの手で髪紐が解かれた。手櫛が優しくて気持ちいい。
「香油くらい、持っているんでしょう? ちゃんとケアすればいいのに」
「ん~毎日は面倒くさい」
「時々すごくズボラね」
「はい……」
勿論、最低限はしている。それなりに見た目を整えておかないと可愛い女の子に近付けないので。だから今の髪もめちゃくちゃ酷い状態って言うよりは、この国に来る前よりは少し傷んでしまったかなぁって感じ。いつの間にか、ナディアの手櫛から、普通の櫛に変わっている。梳かれている。それが終わったら、ふわりと甘い香りが漂った。
「今日は私のを使うわよ」
「ん。いい匂い」
バニラのような香り。時々ナディアから香るやつだ。髪に付けてくれているらしい。少しずつ全体に馴染ませて、傷んでいる箇所は重点的に。ありがたい。優しい。
「お城では、こういうことは?」
「いや、そこまでは」
というか、塗りますかって聞かれた時に私が断った。カンナのお茶とか諸々を優先してしまっている。それに香油を塗った後だとお茶の香りが邪魔されるかもしれない。勿論それを伝えればカンナなら色々と考慮して選んでくれそうだけどね。でもやっぱり、優先順位は低いから。
「侍女様が来てくれたら、こういうことも小まめにやってもらいなさいね」
「ふふ。は~い」
叱られているんだけど何だか嬉しくて、歌うように返したら。頭上からはまた小さな溜息が返って来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます