第418話

 そうして翌日の夜には、いつも通りナディアと外泊する運びとなるわけですが。

「――私なら契約したわね」

「えぇ……」

 昨夜のリコットとの話を聞いたナディアに、無情にもこんなお言葉を頂きました。

 ちなみにこれは私が自ら進んでリコットとの会話を報告したわけではない。飲み終えてから二人で宿に入るとすぐ「リコットに昨日、何か言った?」とナディアに聞かれたのだ。流石の長女様は少し前からリコットの様子がおかしいと思っていたんだそう。だけど帰ってきたら雰囲気が変わっていたので、私との間に何かあったのでは、と気になっていたんだと。

 年末年始やその他の雑談でないことは明らかなので、みそぎ期間についてとか、嘘を吐けない血の契約を持ち出した話を伝えたら、さっきの御言葉である。そういえば年末年始の話、まだみんなにしてないや。明日しよう。

「じゃあナディ、契約する?」

「いいえ。リコットが守ろうとしたものを壊してまで、欲しいものではないもの」

 えー。なにその返答、格好いい。覚えておいて私もいつかどっかで使っ……、いや、付け焼き刃じゃ意味が無いかな。ナディアはいつもそう思っているからスルッと口に出せて、格好良いんだよね。うーん、うちの長女様は本当に素敵ですね。

「ところでアキラ」

「はい」

 ピッと背筋を伸ばして返事をしたら、ナディアは言おうとしていたことを飲み込むように口を閉ざして、溜息を一つ。

「……どうして時々そうやって畏まって返事をするのよ」

「なんか怒られる気がしたら咄嗟に」

「怒るような話じゃないわ」

「うぁい」

 次の返事は逆に緩み過ぎだったのだろうか、脱力するみたいにナディアが一度、項垂れた。

「攻撃魔法の話」

「あー、レベル3ね」

 私の相槌に、彼女も軽く頷く。まだ教える準備は出来ていないが。お急ぎですか。そう考えたのもバレバレみたいで、私が何を言うより早く「急かす意味じゃなくて」と言われた。思考が読まれている。彼女にもタグが見えているんじゃないだろうか。

「迷っている、と言っていたのは、安全な練習方法とか、そういうことよね?」

「うん。とにかく安全性を考えた練習の『場所』と『方法』だね」

 練習にはまず攻撃する『的』が必要になる。勿論、狙った場所へ正確に当てる練習も重要なのだけど。そもそも手元で作った魔法を眺めるだけじゃ、ただの生成と区別が出来ない。だからきちんと『攻撃性』があるのかを確認しなきゃいけないのだ。

 攻撃魔法として作られた魔力以外はほとんどの場合、何かを傷付けたりはしない。流石に火は火である以上、火傷をするけど。土や水や風がそこにあるだけで対象物を傷付けることは無い。

「火でも、生成とは明らかに違うものなの?」

「うん、全然違う。攻撃用の火は、対象にぶつかったら更に大きく燃え上がって、対象を明確に『燃やそう』とするよ」

 普通に生成した火は、生成する時に決めた強さで一定に燃える。火がただ『そこにあるだけ』が生成だ。

 しかし攻撃魔法の火は対象を『燃やす』ことを目的とする為、ぶつかったものに沿って燃え広がり、対象を炎で包もうとする。繊細な火加減など出来ないので、お料理には向きません。なお、同じ大きさの火なら、『生成』の方が攻撃魔法より魔力が多く必要となる為、生成で攻撃しようとするのは魔力の無駄遣いだ。

 私の説明にナディアは納得した様子で頷いた後、テーブルの一点を見つめながら微かに眉を寄せた。

「見たことはある?」

「……ええ、何度か」

 組織の男達が使っていたのを、だろうな。今思い出していたんだろう。嫌な記憶を振り払おうとするみたいに軽く頭を振っていた。

 ナディア達の身体には焼印以外に火傷の痕は無かったし、彼女らが被害に遭ったわけではないはずだ。だけど誰かが燃やされる場面は、見たことがあるのかもしれない。

 つい私まで眉を寄せてしまったら、ナディアは私を呼ぶように指先でトントンとテーブルを叩いた。音に応じて視線を上げ、目が合うと。少しだけナディアの目尻が緩む。私も苦笑で返した。彼女達を傷付けていた組織の人間はもう私が殺した。繰り返し怒りを抱いても仕方がない。軽く頭を振って、私も思考を振り払う。

「それから……攻撃魔法とは別に、私はあの『鎖鞭』も扱いを覚えたいのだけど?」

「あー、そりゃそうだ」

 ナディアに贈った魔法の杖は、『熱の鎖鞭』を作り出す機能がある。その鎖鞭を勘だけで自在に扱えるような戦闘力がナディアに生まれ付き備わっていたらそれはそれで面白いけど、流石にそんなわけがない。狙った場所に当てられるよう、鎖鞭って武器そのものに対する訓練が必要だね。ふふ。真面目に鎖鞭の練習をするナディアを想像したら既に可愛くて堪らないな。

「了解。そっちも別途また考えます」

「ありがとう」

 さておき。貴族様が魔法を練習する場合、どういう安全対策をして練習しているんだろうな。王族共に聞けば教えてくれるだろうが、私が女の子達に魔法を教えようとしていることが即予想されてしまうし、それはちょっと嫌だなぁ。

「――あ」

 そこで唐突に、ある有力な『情報源』の存在に気付く。ナディアは私の様子に軽く首を傾けた。

「モニカに聞いてみようかな!」

「あぁ。そういえば、貴族様なのよね」

「元だけどね」

 だが数年前までは正しく貴族として生きていたはずだ。しかも、彼女は氷属性を持っている。あれはすごく珍しい特別な属性だ。それなりに手厚い教育環境が整えられたのではないだろうか。

「手土産でも持っていって、今度教えてもらおう。お酒を飲む人は居るのかな~」

「ふ。どうかしら。確かに今はジオレンに居るのだから、手土産としてワインを持ちたくはなるわね」

 そう言ってナディアが微かに笑みを見せてくれた。なんだろ、今夜のナディアは少し機嫌が良い印象を受ける。表情が柔らかいような、声が優しいような。ちょっと酔っているせいかな。

「ナディも此処のワインが好き?」

「ええ。特に甘い白ワインが豊富なのが好きよ。それに赤ワインも、飲みやすいし」

 さっき一緒に行った店でも、最後は甘い白ワインを二人で飲んだ。デザートワインだね。ナディアはああいうのが特に好きであるらしい。

「……話し込んでしまったわね。ごめんなさい、先にお風呂どうぞ」

「うん。そうする」

 昨日と違って今日はちゃんとお店で飲んでから私達は宿へ移動してきた。飲み直すつもりも無かったので、話す流れになった時に座ったものの、互いの間にあるのは水だけ。まあ、酔いを覚ます為の小休止には丁度良かったかもしれない。

 でも夜が更けてしまう前に、そろそろ寝支度をしましょう。

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