第416話

「ところでエルフの場合って、私達とは違うの?」

 リコットの問いに、私は口に放り込んだばかりのナッツを咀嚼しながら頷く。

「さっきリコが言ってた風習とはまるで違うね。特別な清めの酒をみんな一口ずつ飲んで、けがれの無い状態で新しい年を迎えるんだって」

「へ~」

 エルフの里では神様の存在も信じられている為、お供え物もそれぞれ、救世主の祭壇と神様の祭壇に捧げる必要がある。清めの酒は神様寄りの儀式だ。救世主寄りの儀式は、年が明けてから。

「新年は『魔除け』の為に、男達の腕試し大会があるよ」

「暑苦しいねぇ」

「やめたげてねぇ」

 即座にばっさり切らないであげて。エルフの歴史ある伝統行事だからね。

 あれはエルフの里では本当に重要な儀式で、その儀式の為に男達は一年掛けてトレーニングを積むそうだ。いや、暑苦しいことには変わりないな。同意。

「私らが腕試ししても何も得るものが無いね」

「そうだね」

 真似しようとしても、ということだね。そもそも男限定の儀式だから、真似が必要かはさておきね。

 大体、あれは優勝者に救世主の加護があるって言い伝えだけど、前代までならともかく私の加護はエルフの男になんかやらないよ。女の子達にはいつも愛と言う名の加護を平等に注いでいるので大会も争いも不要です。

 でもちょっとだけ、みんなのファイトも気にならないではない。

「みんなが喧嘩したら、誰が一番強いんだろ?」

「ルーイ」

「ふふ」

 私が思わず口にした疑問には瞬時に回答が返る。そりゃそうだ。勝てるわけがない。全員が不戦敗だね。

「三姉妹で今までに喧嘩したことある?」

「その話はやめよう」

「あ。ハイ」

 これはあるね。あるらしい。でも怖いので触れません。違う話をしましょう。

「そういえばエルフは新年の伝統食があるみたいだ。けど、何日間をお祝いするのかとかは、分からないなぁ」

 緑の秘宝から与えられた知恵って所詮は知恵でしかなくて、誰かの記憶というわけじゃないから少し偏りがある。どれくらいの期間を祝うかについては意味のある決まりではないのかもしれない。何にせよ、年末年始の過ごし方は全員との情報共有と、相談が必要だね。

「あのね、アキラちゃん」

「うん?」

 年末年始の話が途切れたところで、リコットが不意に声を真面目な色に変えた。もしかしてリコットは今日、元より私に何か話したいことがあったのかな。それで「二人きりで話したい」って言い出したのかも。

「最初にさ、この外泊する決まりを約束した時は、ちょっと怒ってたから」

 唐突な話だなと思いながら、その時のことを思い出す。

 大きな魔法を使うと私の身体に反動があるって、みんなに知られてしまった時のことだ。復調した後も『ちょっと怒ってた』リコットが、仲直り代わりにこのみそぎ期間を提案してくれた。未だにナディアを誘う二日目については謎なんだけど、聞いたらナディアもそれで良いって言ってるし。謎だけど。

 ええと、何の話だっけ。そう、リコットがこの提案をした時、彼女は怒っていた。いや、怒っていた、この提案をした?

「慰めてほしかったの。アキラちゃんが倒れたらどうしたって怖いし、悲しいし。それは私だけじゃなくてみんなきっと同じで、だから、それぞれアキラちゃんに甘やかしてもらう時間があったらいいと思って」

 リコットがこれを求めた明確な理由は、初めて聞いた。今までは尋ねてもはぐらかされたり、無視されたりしていた。だから今こうして教えてくれるのも、彼女の中で何か心境に変化があってのことなのだろう。

「だけど、そもそもアキラちゃんは」

 そこで一度リコットは言葉を止め、ぎゅっと眉を寄せる。視線がグラスに注がれていて、私を見つめようとしない。

「私達にそういう負担を掛けたくなくて、隠そうとしてたんだよね」

 それは、何ていうか、『聞こえの良い理由』だと思った。そういう言い方も出来るけど、丸々その通りかと言われると、どうなんだろう。確かに悲しい顔をされるのは嫌だったし、反動が出るせいで自由に魔法が使えないってことを、守られる側が不安に思ったら嫌だなとは、思っていたが。返答を迷っている内に、リコットが言葉を続けてしまう。

「好んで無茶した時はともかくさ、やむを得ない場面ばっかりじゃん」

 モニカの時は私が勝手に無茶をしたものの。最近のケースは、確かに渋々で、やりたくて無茶したものは無い。立て続けにそういうのが続いている。……だから今この子は、それを気に病んでしまうのか。

「知りたいって気持ちだって私達の我儘なのに、知ると辛いから償えって、言うのは……」

 リコットが苦しそうな表情で唇を噛み締める。彼女の言葉を飲み込むより先に、その表情がただ悲しくって、私はテーブルの上に置かれているリコットの手を握った。

 だけど私の手をぎゅっと握り返したリコットはもっと、表情を歪めてしまう。こういう時、私は余計なことをしない方が良いのかもしれない。そう思ったくせにコンマ一秒後には何か言うべきことを探して口を開こうとして、だけどリコットが俯いてしまったから、咄嗟に口を噤んだ。おろおろしている自分が、ひどく滑稽だった。

「……ごめん」

「うん?」

 表情の見えないリコットから、弱い謝罪が漏れる。よく分からなくて、おろおろしたままで首を傾けた。

「こんな風に言ったら余計、アキラちゃんに負担だよね。『大丈夫』って言ってほしいわけじゃない。負担にならないように相談したかったって言うか、……それこそ負担なのかな」

 彼女から零れる溜息がランプに掛かって微かに火が揺れる。光の動きで曖昧になるリコットの影が彼女の今の不安定さを表すようで、より強く彼女の手を握った。

「これ以上アキラちゃんにしんどい思いしてほしくないよ。この約束も負担になるなら、もう」

「負担になんて思ってないよ」

 心からの思いで告げたはずなんだけど、リコットは微かに顔を上げて、私と目が合うとまた俯いてしまった。その表情は、私の言葉から安堵を得たようには全く見えない。

 うーん、なるほど。

 今のリコットには私のこの言葉が、みんなへの『気遣い』で『偽り』に聞こえてしまうんだなぁ。

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