第415話
夜になってみんなで夕食を済ませると、入浴時間。でも私とリコットはお出掛けなので、ルーイとラターシャの髪だけ乾かして、ナディアの髪はラターシャに任せることにする。
「行ってきまーす」
宿を出て歩き始めたらすぐ当たり前みたいにリコットが腕を絡めてきて、柔らかい~って嬉しくなったのだけど。それと同時に私はあることを思い出した。
「この間、リコとお散歩した時に言い掛けてたこと。忘れてたね」
「あー、ほんとだ」
柔らかさで連鎖的に思い出した。後で話すって言っていたのに宿に戻った直後は忘れていて、その間に城からの依頼が入ってしまって、以降はずっとドタバタだった。完全に忘却していた。
「帰ってからじゃないとダメなんだっけ?」
「いや、うーん。外泊先で話そうか」
「え~また忘れそう」
確かにね。二人で楽しく食べて飲んで、ご機嫌な状態で外泊先に行ったらもう私はリコットを抱くことしか考えていないかもしれない。うーん、どうしようかな。外泊先で絶対に取り出すものに、メモでも貼り付けておくとか? どれが良いかな。タオル、パンツ、歯ブラシ……。
「アキラちゃん」
「んー?」
忘れないようにする方法に思考を向けていたら、腕をきゅっとされた。柔らかさが増した。呼ばれるままにリコットを見下ろす。視線が絡むと、目尻が微かに垂れるのが可愛い。
「宿で飲もうよ」
店じゃなく、外泊先のってことか。そしてこの半端になっている話題を一刻も早く、明らかにしろと。
「大した話じゃないよ? そんなに気になる?」
「それもあるけど~、今日はゆっくり二人きりで話したいの」
えぇ。何とまあ。そんな可愛いことを言われちゃったらイエスと返す以外は無いね。私の表情はだらしなく緩んだと思う。
「じゃあ方向転換。テイクアウトなら、こっち方面のお店の方が良いかな」
「わーい」
市場の外れに、遅くまでやってくれている酒屋とテイクアウト専門の軽食屋がある。普通の酒場や食事処もテイクアウトの対応はあるものの、専門として出しているお店とは違って時間が掛かったり、包み方が雑で食べ物が混ざりあったりしてしまうことがあるのだ。だからテイクアウトと決めているのなら、専門の方がいい。
その後、私達は目当ての店でお酒とつまみをたっぷり買って、外泊用の宿に直行した。
「二人きりって、少し久しぶりかな」
普段と比べればずっと狭い部屋に入った時、ふとそう思った。先に入り込んでテーブル脇にあるランプに火を点けてくれていたリコットが、口元を緩める。
「お散歩くらいはしたけど、こうして二人は、そうかもね」
ちなみに小型の照明魔道具は持ち歩いているので、普通のランプを使う必要は特に無い。でもまあ、一切使った形跡が無いとそれはそれで宿の人に不思議に思われるから、そのままでいいか。
ささっとテーブルを拭いてから、買ってきたつまみと酒を並べた。
「――じゃ、とりあえず乾杯」
「うん。アキラちゃん、いっぱいお疲れ様」
「ありがとう」
既に夕飯を終えている為、大量に食べるほどお腹も減ってない。テーブルに並べたつまみを、ちょいと摘まむ。うまい。
「それで?」
私が咀嚼したものを飲み込むより早く、リコットは半端に止めている話題を促してきた。実はもう忘れそうになっていたなんてことはおくびにも出さず、私は笑顔で頷く。苦笑いが返ったので、バレている気がします。
「この世界での、『年末年始』の過ごし方について聞きたかったんだ」
もうそろそろなので。っていうか、何か大掛かりな準備が必要ならもうかなり慌てる必要があるくらい、年末は目の前です。
「あ~、そっか。それで」
私が道端で話題にするのを避けた理由を、すぐにリコットは察してくれた。
年末年始という時期がそもそもこの世界で特別なものかどうかすら知らない。国ごとに扱いや祝い方が違うのかも分からない。年末年始だけは世界共通とか言われたら、「知らない」はあまりにも目立つ。ちなみにエルフの年末年始は知っている。だが彼らは人の世と離れて千年以上。文化が根底から入れ替わることもありそうな年月だ。つまり私には何も分からん。
となると私が聞ける先はスラン村か女の子達になるってわけ。もっと早くに聞くべきだったと思う。リコットは軽くグラスを傾けた後で、こてん、と首を傾けた。可愛い。動きに応じてふわっと揺れる髪が綺麗だ。
「地域でも変わってくるとは思うけど、私の村では年末までに教会に何かお供え物をして、一年の最後の日は基本、家族みんなで過ごすかな」
リコットの言う『教会』は、当たり前のように救世主を祀る教会であって、神様のものではない。年末にもこの国は救世主に祈るんだなぁ。
「でも農家に休みは無いからねぇ、日中は普段通り」
「なるほど、そりゃそうだ」
そういう点は当然ながら私の元の世界と一緒だね。冬がシーズンではないものばかりを扱っていたらまた違うのかもしれないけど。何にせよリコットの実家はそうではないようだ。
「新しい年になるとね、年末に供えた物を村の真ん中に集めて、みんなで分け合いながら宴をするの」
「ほう、それは楽しそう」
私の世界でも確かお供え物って、供える相手と一緒に食べましょうって感覚だった。だから供えた後は食べて良かったはず。宗教にもよるのだろうが、どうやら救世主信仰もそれと同じであり、救世主と共に新年を迎え、今年の安全や平和を祈るという気持ちであるらしい。結果、お供え物は宴の食材になることを前提にされるようになったとのこと。
「新年の宴は一日だけ?」
「そう。正午から、日が暮れるまで。深夜まで飲んだくれるおっちゃんも居るけど、とりあえず日が暮れたらお開きになって、続けたいなら誰かの家に行く感じ」
そして翌日からは平常通りで新年らしい特別さは無いという。ふむ。
「アキラちゃんの世界は?」
「私の世界っていうか、私の国では――」
古くからの伝統を言えば、年末年始は色んなお店が閉まって、仕事もお休み。年越しそばや、お節料理というお決まりの食事がある。そして新年から三日間は多くの人がお休みだ。
まあ最近は色んなお店が開いてるので絶対ってことではないものの、今でもみんなが知っている風習はそんな感じだね。リコットは私の話を興味深そうに聞いていた。
「新年にしか食べないような特別なご飯は知らないなぁ。宴以外の行事も、私は分かんないや」
「そっかぁ」
「ちなみに娼館では特に、年末年始は無かったよー」
働いていたらしい。そっかぁ。今回は好きなだけゆっくりしようねぇ。
「街によって違いがあるかもしんないから、ナディ姉たちにも聞いてみよ」
「うん」
やっぱり全員に聞いた方が良さそうだね。彼女の言葉に頷きながらも、明確な『共通の年末年始の祝い方』が無いことには少し安堵していた。緩い気持ちで迎えられそう。
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