第412話
さて、話が大いに逸れてしまったが。
とにかく今日のお昼はルーイとナディアとラターシャの三人が、リコットの後方支援を受けつつそれぞれ一皿ずつを担当して作り上げてくれたってことだね。ありがたいね。
「偶にはこうやって私達の当番があるのもいいよねー」
「そうね」
「アキラちゃんのごはんが美味しすぎて、言いにくいんだけどね」
「それもそう」
四人が息を合わせるように会話しているのも可愛いし、私のごはんを美味しいって言ってくれるのも嬉しい。そしてみんなが『言い難い』のは、私が明らかに料理好きで楽しそうに作るせいもあると思う。
「うーん。十日に一回とか決めて交替する?」
みんなも作りたいと言うなら、そういうことも出来るだろうかと提案してみた。すると一瞬きょとんとした女の子達が、何だか複雑な表情をした。何だよう。
「もしかして、それアキラちゃんが譲歩できる最少日数?」
「……交渉次第」
「限界って顔してる」
平静を装って表情を変えなかったはずなのに、ラターシャが苦笑いで言い当ててきた。だって。そもそも街に滞在中だと作る機会が減るし、ジオレンでは朝しか作ってないのにそれすらも機会を失ってしまうなんて一体どうすれば。いや別にどうもしなくていいんだけど、私はみんなのご飯を作りたい。
それにさっきみたいに不意に一人ぼっちになると寂しい。「私も行ったらダメかな~?」って毎回やると思う。十日に一回ならぎりぎり我慢できる。多分。後ろでうろうろすることはあるかもしれないが。
口をへの字にしてそんなことを考えていれば、みんなが耐え切れない様子で笑い始めた。
「そんな顔しなくってもいいでしょ。アキラちゃん、何がそんなに嫌なの?」
「嫌っていうか……勿論みんなが作ってくれるのは嬉しいよ、今日のご飯もすごく美味しい。でも」
作ってもらうのが嫌なわけではない。今すごく嬉しいのも本音だ。しかし。だがしかし。
これを伝えてしまって良いものかとても悩んだけれど、結局は、ありのまま伝えることにした。
「みんなのご飯を作りたいし、あと、一人ぼっちは寂しいです」
瞬間、リコットが大きな声で笑って、その横ではナディアが軽く咳き込んだ。大丈夫?
「な、ナディア、大丈夫?」
「……大丈夫」
水を飲んでいる最中に咳き込んでいたのでラターシャが心配して、ハンカチを渡した。でもナディアも気管に入れるほどの失敗はしなかったらしい。受け取ったハンカチで口元を押さえつつも、咳はその一度きりだった。
「私が戻った時にちょっと心細い顔してたの、もしかして、そのせい?」
「はい」
素直に頷いたらまたリコットが笑う。そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。
「戻った時?」
「そう~、何か仔犬みたいな顔しててさー、珍しく甘えてきたから」
リコットの説明にナディアが微かに眉を寄せた為、私はあらぬ疑惑を察知して慌てて口を挟んだ。
「教育に悪いことはしてない。ちょっとハグを求めただけ!」
すると次はルーイがふふっと声を漏らして笑う。私の言い方が面白かったのか、それとも一人残された私が、リコットにハグを求めるほど寂しがったことが面白かったのか。
「じゃあ街では今回みたいな不測の事態に替わるだけにして、馬車旅中は五日に一回交替しよっか」
「えっ!? 短くなった!」
あまりの衝撃にやや大きな声を出してしまったら、女の子達が一斉に笑う。ナディアまで口を押さえて俯いてしまった。笑ってる。笑ってるでしょ。でも今それどころじゃない。ねえ何でそんなにも短くなったの? 十日って提案したじゃん! 半分にすること無いじゃん! 反論しようと大きく口を開いたら、リコットがその気配を察知したみたいにひらひらと手を振って、制止してきた。
「馬車旅中なら一人になることは無いでしょ? みんな一緒に居るじゃん」
「む。うーん、確かに」
言われてみればそうだ。さっき味わったような部屋に独りきりの孤独は感じないかも。例えテントに居たって、階下に居るほど離れるわけじゃなく、声は聞こえてくる。寂しいならテントの外でテーブルを出して作業なり何なりしていればいい。
「お話ししても良いし、いつも私達がするみたいに、その日はアキラちゃんがお手伝いに入るでも良いし」
「ふむ……」
リコットの言葉を聞いて真剣な顔になる私を見ながら、残り三人が肩を震わせて笑っている。こら。何が可笑しい。今とても重要な案件を話し合っているところですよ。
しかしその提案は、うん、案じたほど寂しくないかも。そして馬車旅中なら残りの四日間は朝昼晩をみんなの為に作れているわけだから、うーん。
「分かりました。そうしよう」
「交渉成立~」
「流石、リコお姉ちゃん」
「あれ? これ私が負けた判定?」
リコットにはいつも敗北する! まあ、いいか。可愛い私の女の子達に勝つ必要は全く無いな。何にせよ寂しくない交替制のシステムになったし、街に居る間はずっと私のターンだし。私は大丈夫です。
「――あれ、みんな、もう良いの?」
その後、うまいうまいとご機嫌に食べ続けて、ふと見ると、女の子達はもうすっかり食べる手を止めていた。大皿から取り分ける形のサラダとチキンソテーがまだ半分くらい残っているのに。
「私達はもうごちそうさま。アキラちゃんはこれで足りる?」
首を傾ける私に答えてくれたのは、ラターシャだった。
「うん、多分、全部食べたら満足くらい」
「良かった。じゃあ食べちゃって。もし足りなかったら言ってね」
うんうんと頷きながら美味しいご飯をもりもり食べる。もし足りないって言ったら、ちょっと何か作ってくれるか、もしくは追加ごはんを買ってきてくれるのかもしれない。優しいなぁ。至れり尽くせりってやつ。
最終、私が綺麗に全てのお皿を空にしたところで、みんながお皿を片付け始める。手伝おうとしたら「要らない」って言われました。要らないという言葉はちょっと悲しいな。しょぼんとしていると、リコットが笑いながら私に食後のコーヒーを淹れてくれた。そしてみんなの分もまとめて用意した彼女はそのまま、片付けには加わらずに私の隣へと座る。
「リコはいいの?」
「うん、私はアキラちゃんの話し相手っていう役目をしてる」
「あー」
同じ部屋に居るので筒抜けの会話。流し台の傍に居る三人も笑っていた。
ご飯の用意と片付けをしてやった上にコーヒーの用意や話し相手も必要だなんて、世話の掛かる人ですね。どんな顔してるか見てみたいわ。とか、バカなこと考えてたら傾けたコーヒーに映り込んでいた。だらしない顔で、にやにやしていた。
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