第411話

 手伝います~と大急ぎで手を洗ってダッシュで戻る。そして、献立を知らなかった私はテーブルに置かれたお皿に目を輝かせた。

「オムライスだ!」

 今日のメインはオムライスみたいです。キレイな形をしたオムライスが人数分、並んでいる。

 ウェンカイン王国で見てきたオムライスは、中身の味にかなりの幅がある。ケチャップライスに近いものもあるけど、ピラフっぽいものとか、全然違うものもあって本当に様々だ。これはどんな味かなぁ。楽しみだなぁ。

「ルーイの得意料理なんだよ、オムライス」

「えっ、すごいね、これルーイが作ったの? 卵がすごく綺麗だ」

 私の言葉に、ルーイは嬉しそうに頬を緩めながら頷く。これをルーイが全部焼いたなんて本当にすごい。つやつやで綺麗な黄色で破れも見当たらない。職人技じゃないですか。料理人と言うべきか。

 と、喜んではしゃいでいる隙に配膳が終わりそうだ。待って、私もやるから。急いで手伝って、綺麗に並んだお皿を囲み、みんなで着席した。

「中のライスに結構しっかり味を付けてあるから、ソースはお好みで掛けてね」

「はーい」

 ルーイがテーブルに置いたソースは白くてクリームっぽい。なら中身はピラフやバターライス寄りかな?

 他には野菜スープ、ポテトサラダ、チキンソテー。

 多分チキンソテーまであるのはよく食べる私の為だろうな。女の子達は昼間からそこまで食べないよな。

 どれから食べようかな~やっぱりオムライスかなぁ。迷っている間にふと見れば、ナディアはもうルーイの特製オムライスの味を知っているのか、一口も食べないで早速ソースを掛けていた。うん、気になるから私も最初にオムライスを食べよう!

「ん、美味しい!」

「ふふ。良かった。アキラちゃんが作るオムライスとは感じが違うけど」

 私はいつもケチャップ風ライスでオムライスを作るので、もうそれを知っているルーイはやや不安だったらしい。でも私の世界でも中身が違うオムライスは存在していた。馴染みが無いからって否定的な思いは無い。何よりも美味しいんだから大正義である。

 ルーイのオムライスの中身はピラフに近くって、バジルのような香草が刻んで混ぜてある。口に入れた瞬間にふわっと食欲のそそる香りが鼻に抜け、その後にじんわりバターと卵の味わい。うーん、上手な味付けです。最高。

「なるほど、ソースはチーズたっぷりのクリームソースか。確かに、合うね、これも美味しい」

 そしてナディアが問答無用で掛けた理由もよく分かるよ。ナディア、チーズが好きだもんね。このソースがそもそも好きなんだろうね。

「この野菜スープ、何だろう、すごく美味しい……何の味付け?」

「それはナディ姉の必殺『余りものスープ』」

「必殺……?」

 作った本人もリコットの説明を受けて一緒に首を傾けているんだけど、どういう意味?

「余り物の野菜を使っているから。味付けは適当よ」

「てきとう」

 詳細が大いに不明である。はてなマークを周りに浮かべて戸惑う私に、ナディアじゃなくてリコットが笑いながら補足してくれた。

「野菜の皮とか芯とかね、捨てちゃう部分で出汁を取るらしいよ。前、よく作ってくれてた」

 娼館で三姉妹はあまり接点が無かったそうだから、組織に居た時ってことかな。ふむふむ。これは野菜の甘みか。しかし美味しいね。使った野菜の内、不要として除いた皮や芯をベースに出汁を取りつつ、バランスを見て他の調味料や追加の野菜を入れたスープなんだって。作る度に具材が変わるから味付けもその時々で変わってしまうし、レシピは無いらしい。秘伝だ。格好いい。

「チキンソテーはラターシャが作ったんだよ~。私はサラダの盛り付けとみんなの手伝いだけ。アハハ」

 張り切って説明した後、リコットはそう言って楽しそうに笑う。

「でもリコットって野菜切るのすごく早いよね」

 それはそう。包丁の扱い自体は女の子達みんな手慣れていて野菜やお肉の下処理を任せてもサクサク済ませてくれるけど、中でもリコットは特に早くて綺麗だ。

「まあ確かにそれは得意だね~。うち実家が農家だし、大家族だからもう台所なんて毎日が戦場だったからさー」

 そういえば大家族の出身だったね。考えてみれば、確かに大変そうだな。しかも女の子が年頃になると娼館に出されてしまうってことは、残っている大人の女性がほぼ居ないんだよね。それで男が畑の働き手ってなると、食事の用意はその少ない女性陣――しかも大半が子供――がやるのか。幼い内からかなりの速さが求められたことだろう。

 リコットが言うには更に男共が口うるさくって、食卓に並ぶ野菜の切り方が歪だったら怒られてしまうなど、正確さも求められてしまったらしい。私なら「じゃあお前らが作れ!」って殴りたくなるだろうが、田舎はまだまだ男性社会のようだ。何処の世界もそういうところは似てしまうんだね。

「だから娼館を出た後、リコットは食堂で働くことが多かったわよね。調理場の手伝いもあるような」

「あー、なるほどねー」

 初めて三姉妹と出会った街ローランベルでは、リコットは市場にある大衆食堂で働いていた。見目が良くて人当たりも良いからメインはホールスタッフだったようだけど、厨房がパンクしている時にヘルプに入ればかなりの戦力として使えるなんて、雇う側としたら嬉しいよね。この世界はミキサーとかがあっても手回しで、あまり便利な調理器具が無い。野菜の処理も手作業が多いから、リコットほど処理が早い人は何処でも重宝されるはずだ。

「性分としても酒場か食堂の方が合ってるよ私は。お洒落なカフェとか、ちょっとね~」

 誰と比べて言っているのかは明らかだった。みんなの視線がナディアに集まると、急に水を向けられた本人は居心地が悪そうに眉を寄せる。

「……私も合ってはいなかったわよ」

「いやぁ似合ってたよ、可愛かった」

「アキラちゃん一目見た瞬間にナンパしたもんね」

「その節はすみませんでした」

 この話、事あるごとに戻ってきてしまうな。小さくなった私をみんなが笑う。持ちネタと思えばオイシイとも言えるが、ほとんどの場合で私の立場が悪くなるので、もう少し頻度を落としてもらえませんかね……。でもみんなが笑ってくれるなら、まあ、いいかぁ。

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