第407話_届け物
そういえば、ルーイと二人で出掛けることって無いんだよね。隣を歩くルーイを見下ろし、少し新鮮な気持ちになった。
「ルーイ、手、繋いでて」
「うん?」
脈絡のない私の求めにルーイは不思議そうにしながらも、手は躊躇いなく繋いでくれる。可愛い。手が小さい。
さておき、珍しく二人きりだからと姉達の目を盗んでこんなことを求めたわけではない。少しだけ私の気が焦ってしまっているので、その抑止用だ。
今もし私の歩調が早まっても、きっとルーイは何も言わずに一生懸命に後ろをついて来るだろう。緊急事態だから急ぐのは仕方ないと、我慢してしまうに違いない。だから私はこの小さい手を握ることで、今はルーイと歩いていて、無理な早さで歩かせたらダメだって忘れないようにしたかった。
正直、今回は一分一秒を争ってこの布製魔法陣を届けても、あまり意味が無い。
ガロが見付けてきたのは凶暴化ではなく、巨大化だ。急いで消しても、既に大きくなってしまった魔物は縮まらない。それに効果はちょっと弱めで、「妙にデカいな」と思う程度のものができるだけ。勿論それも放置してしまうのは危ないんだけど、デカ狼ほど異常な大きさを作るわけじゃない。何より今は問題の地域にガロとそのお仲間さんが居る。きっと腕の立つ冒険者達だ。戦えない
だから、私が焦る必要は何処にも無い。
先日の惨状を見たせいでいつになく嫌な気持ちになるし、どうしても気は急くけど。必要の無いことだと何度も自分に言い聞かせながら、努めてのんびりと歩いた。
「――承知いたしました。元よりガロ様から、急ぎであることは窺っております。こちらは早馬で届けさせます」
「ありがとう、助かるよ」
ギルド支部では、またヘレナが受付台を抜けて対応してくれた。急ぎ案件であることを理由にしているが、多分、私だから優先してくれたようにも思う。何にせよ早くに処理してくれるなら助かる。
『ところで君は一か月ほど休暇だったのでは?』
気になったのでまたメモで会話してみる。まだ解呪から一か月なんて全く経っていませんが?
ヘレナはメモを見た瞬間、少しだけ口元を緩めて笑っていた。油断していたらしい。前にメモでやり取りした時は自分からの行動だった為、表情筋もぴしっと固められていたんだね。彼女の表情が変わったせいかルーイも気付き、私に甘える振りで凭れかかりながらメモを覗いていた。女の子達の対応修正が適切で怖いです。
曰く、急な休みをもらってしまったからと気になって、先日、様子を見に来てしまったらしい。すると業務があまりにもひっ迫していて、申し訳なさに勝てず、少しずつ復帰しているとのこと。真面目だな。そんな人は休暇中に覗きに来たら負けだよ。
そんなメモを交わしつつも簡単な書類手続きを終えて、またのんびり歩いて宿に戻った。
「ただいま~」
「おかえり。二人が居ないから一瞬びっくりした」
「ふふ、ごめんね」
もう三人共、帰って来ていた。食事はまだ手を付けられずにテーブルに並べてあるだけ。すぐ戻るって書き置きをしていたから、待っていてくれたらしい。
「ルーイ、ありがと」
「うん」
繋いでいた手を放した後、軽くルーイを抱き締める。小さな手が私の肩を撫でてくれた。多分、私の不安とか焦りとか、穏やかじゃない気持ちを分かってくれてたんだと思う。優しくて本当にいい子だね。
「さてと、まだ私はやらなきゃいけないことがあるので。みんなは食べててー」
ルーイと二人で手を洗ってまた部屋に戻るものの。私は朝食の並ぶテーブルを横目に、そのように断りを入れて机の方に向かう。
「……此処に置いたら邪魔? ちょっとでも摂った方が良いよ」
「ああ、ありがとう。うん、置いておいて」
リコットが心配そうな顔で、私の分の朝食を持ってきてくれた。気遣いに感謝しつつ、新鮮な果物のジュースをとりあえず頂きましょう。栄養を摂取しないと、頭が働かなくなるかもしれないからね。
コップを傾け、魔法陣探索用の魔道具について考える。
魔法陣や魔道具が発する魔力にだけ反応する仕組みは、既に相殺の布製魔法陣で利用している。あれは私を含め生命体が帯びるような『生きている』魔力には反応しない。反応しちゃったら持ってるだけで暴発しちゃうからね。
何にせよ、『生きている』魔力と、魔法陣・魔道具のように『固定化されている』魔力は差別化できる。後者に限定して反応し、鉱石が輝くようにするだけ。それは難しくない。
問題は『見つけ出す』為の工夫だ。魔力が強いほど光を強くするか? いや、それだと環境で感じ方が変わって、判断しづらくなるかな。それに大きな魔力に対しては、小さな魔力と比べて広範囲で反応してしまいそうだ。半径一キロで「目的地付近です」なんて冗談じゃないよね。
対象との『距離』が分かる仕組みが必要だな。
考えている間に、サンドイッチをひと齧り。ふむ。咀嚼しながら、座っていた椅子を静かに動かし、みんなの方に身体を向けた。その動きが視界に入ったらしくて、四人が私を見つめる。そんなに全員から一斉に見つめられても。嬉しいけど。
「ナディ、食べてる時に悪いんだけど」
「……なに」
「えーと、此処まで魔力を伸ばせる?」
用事はナディアにだけでした。魔力操作に関することはリコットにお願いする方が確実だろうが、彼女はまだ隠しているので、ナディアにします。
右手を顔の横に上げて、手の平をナディアの方に向ける。その手の場所まで、今の場所から伸ばしてほしい。じっと私の手を見つめたナディアは難しい顔で「多分」と言った。
「とにかく伸ばせば良いのね」
「うん、お願い」
ナディアは手に持っていたサンドイッチを下ろして、魔力を伸ばし始めた。難しそうな顔を見せた割にはあっさりと、彼女の魔力は私の手に到達した。
「そのまま維持してね」
そうお願いしてから立ち上がり、ゆっくりとナディアに向かって歩く。手に当たっている魔力を解析したかったので、何度か立ち止まりながら。
「ふーむ。なるほど。ありがと、参考になった」
「そう」
何にも分からなかっただろうが、ナディアはそう言って魔力を霧散させた。いつも説明不足で悪いね、でも今回は後でちゃんと説明するからね。
とりあえず今確認した感じだと、距離の把握は出来そうだ。生きている魔力で確認したからちょっと違うかもしれないが、流石に基本の仕組みは一緒だろう。まずは試してみよう。
魔道具まで作らなくても、魔法陣でテストしてみたら良いかな。魔道具から三十センチの距離で焼き切れる魔法陣を考えて、適当な紙に書く。
この部屋にあって既に起動済みの魔道具が、えーと、守護石だ。四つもあるから流石に分かりにくいな。別のやつがいいな。みんなが居るテーブルとは逆方向、窓際の方へと歩いて、そこに虫除けの魔道具を置いた。対象となる虫は特に見当たらないが、とりあえず起動。虫、居たらごめんね。
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