第406話_急ぎの連絡

 翌朝、ギリギリの時間までカンナとイチャついていた私は、口元を緩めながらご機嫌に帰宅した。

「ただい~ま……どうしたの」

 全員がもう起きていて、すっかり身支度を整えていたのだけど。私を振り返ったみんなの表情は、帰りが遅かった私を呆れているようではなくて、何だろう、不安そうに眉を下げていた。

「……ギルド支部から、あなたに」

 そう言って難しい顔で、ナディアが封筒を差し出してくる。なるほど、それでこの顔か。

「全く、慌ただしいね。いつ届いたの?」

 みんなを不安にさせまいと笑顔を浮かべて明るい声で尋ねた。昨夜は女の子達の入浴時間を過ぎた二十時頃に此処を離れ、今は朝の八時。本来ならば手紙なんかが届く時間帯ではないんだけどなぁ。

「ついさっきよ。急ぎだと言われたらしくて、預かった宿のかたが直接この部屋に持ってきたわ」

「アキラちゃんはトイレに籠ってることにしといた」

「あー、うん、今度からもうちょっとマシな言い訳をお願いね」

 転移魔法で行き来する私を「不在」と言ってしまうと、タイミングによっては次に降りる時に混乱されるから、機転を利かせたリコットが言い訳を考えてくれたらしい。ありがたいね。でもお腹を壊している最中みたいなのはちょっとやめてほしかったかな……。

 項垂れると、少しだけみんなが笑った。空気が緩んだので、まあ、それで良しとするか。

 とりあえず封筒を確認。外側には宛名と差出人だけしか書かれていない。差出人は冒険者ギルド支部となっているが、ペーパーナイフで丁寧に封を開けると中には更に封筒が。マトリョシカだった。その封筒の差出人はガロ。ギルド経由で手紙を届けると、ゾラの時みたいに受け取り制限が無ければこういう受け渡しになるんだね。

 変なところに感心をしつつ、ガロが丁寧に封をしてくれただろう封筒も、ペーパーナイフで切り開ける。

 ふむ。またおかしな魔法陣を見付けたらしい。幸い、埋まっていないやつみたいだ。もしかしたら少し古いものかもな。曰く、妙に大きな魔物が多い地域があって調べていたら、以前ガロが見付けてきたものよりやや小さい魔法陣を見付けたとのこと。ガロはデカ狼も見ているし、『やけに大きい魔物』は警戒してくれたんだね。模様も書き写して同封してくれていた。

「ふふ」

 魔法陣を見た瞬間、私は思わず笑ってしまった。その反応にみんなはちょっと目を丸める。

「面白いこと?」

「いや、ううん、まあ後で話す」

 今ガロは大変だろうから笑っている場合ではない。でも魔法陣の効力が少し可笑しくて、我慢できなかった。対象に、「よく食べ、よく遊び、よく眠る」みたいな行動を促していたから。健康的に成長させようとしたら、そりゃそうなんだけどさ。子供の育て方かよ。

 それ以外には、前に軽く失敗していた『成長限界の排除』がまた付けられていた。しかし成長速度に制限が掛けられており、ベルクらと共に回収した魔法石に刻まれていたものより、遥かに緩やかな速度での成長を促したようだ。これなら、あの不出来なドラゴンよりもずっとバランスの取れた巨大な魔物が作れるのかも。例えば――デカ狼のような。

「見付けたのは、レッドオラムより少し北の地域、と……」

 敵さん達が逃げ去った方角とも言えるが、デカ狼が現れた方角でもある。

 これでデカ狼を作った――にしては魔法陣が小さく、効果が薄い。おそらくはデカ狼を作る為のテスト用として設置したものだろう。あくまでも予想であって、タグはそこまで教えてくれないけれど。

 写しだと、効力は見えても目的みたいな追加情報が出てこない。しばらく見つめていてもこれ以上の情報が無いのを確認し、一旦、この手紙を机に避けた。

 サイズは前より小さいから、前と同じ大きさの布製魔法陣で対応できるね。大銀貨一枚です。請求書を付けてあげよう。

 さて。言われている魔法陣についてはこれだけで大丈夫だが、『埋まっている魔法陣』の存在が少し心配だ。それもまだ周辺に隠されている可能性がある。

「……となると、うーん、急いで用意しなきゃいけないかぁ」

 私は軽く首を振るとそのまま椅子を引いて座り、机に向かおうとして――。ずっと心配そうに私を窺っている女の子達の存在を思い出し、一度そちらを振り返った。

「ごめん。みんな、朝ご飯、自分達で用意できる?」

「うん、買ってくる。アキラちゃんの分も」

「ありがとう、助かるよ」

 それだけ話すと私は改めて、机に向かった。まずはガロに手紙をしたためなきゃな。

 とにかく、報告してくれた魔法陣には魔物を巨大化させる効果があるから破壊必須ってことと、前と同じく布製魔法陣を利用すれば破壊できること。手順も同じ。請求書は同封したので、破壊が成功したら支払いしてね、と。それから。

『先日、地中に埋められている魔法陣を見付けた。目視で見付けられない魔法陣が、周囲にまだあるかもしれない。破壊から数日が経っても新しい巨大な魔物が出るとか、他の異変があればそれを疑ってほしい。地中の魔法陣を探し出す魔道具も用意できると思うから、必要ならすぐに知らせて』

 王様からチラッと聞いただけでまだ図面も無いけれど、実現方法はいくつか思い付く。多分、大丈夫だろう。そしてその新規開発の魔道具の値段は、どうしようかな。無料だとまた怒られそうだ。初めて作るもので幾らか試行錯誤はするにしても、原理は簡単な魔道具のはず。布製魔法陣と同じ値段ってことにしよう。

 異変の有無に関係なく先に持っておきたいって言ってきたら、さっさと渡してしまっても良いね。ということも記載しておこう。これでガロ宛ての手紙が完成。布製魔法陣と一緒に包む。包みの上に私の名前を書けばいいかな。

 じゃ、早速ギルドに届けに行きますか。

「……っと。ルーイ以外のみんな行ったのか」

 小包を手に振り返ると、部屋にはルーイだけが居て、他三人の姿が無かった。私の言葉に、ルーイが頷く。

「アキラちゃん、ギルド支部に行くの?」

「うん。これだけ届けてくる」

「私も行く」

 椅子からぴょんと下りて、私の傍に歩いてくる姿が妙に愛らしい。でも私は彼女の言葉に頷くことを躊躇った。

「すぐに戻るよ?」

「目を離したら、怒られそうだから」

「いや~ルーイを怒る人は居ないと思うけど……」

 逆にこの子を連れて行くことを、後で私が怒られないだろうか。これがさっき頷けなかった理由である。まあ、いいや、大丈夫だろ、きっと。念の為、『ルーイと二人でギルド支部に行ってくる、すぐに戻る』と書き置きをしてから部屋を出た。

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