第405話_屋敷の要望
「こんな風にしちゃっても大丈夫? 繋ぐ扉は、やめとく?」
正直のところ一番不安に思っていた為、無言のカンナにそっと問い掛ける。カンナはやや慌てた様子で顔を上げた。
「いいえ。これならすぐにアキラ様のお傍に行けます、……あ、ですが」
一瞬、嬉しそうに目を輝かせた直後、カンナは何かを思い付いた様子で視線を彷徨わせる。躊躇していたので、「いいよ、教えて」と促した。
「私が自分の屋敷に下がっても、お呼びの合図が分かるような仕組みは、……難しいでしょうか?」
おお。屋敷に下がったらもう完全自由時間と思って好きに過ごしてくれてもいいのに。働き者の発想だった。
「王宮では何か、そういう仕組みはある?」
やり方は色々あると思うけど、もしカンナに慣れた仕組みがあるならそれを採用した方が良いかもしれないと思った為、尋ねてみた。するとカンナは小さく頷いた。
「各階の侍女部屋には、『伝声管』が通っておりまして、ええと……」
「金属製の筒を使って、声を通すやつ?」
「はい、その仕組みです」
なるほどね。あれがこの世界でも利用されているのか。私の世界じゃ確か、船とかに付いてたやつだね。
呼び出しにすぐさま対応するた為に、侍女部屋や執事部屋には必ず通されているそうだ。それ以外の場所に居れば個別に声を掛けることになるので完璧な通信手段ではないものの、城中を駆け回らなくて済むだけ充分に便利なのだろう。
なお、この世界の伝声管は魔法も付与されているらしい。普段は無用に音が入らないよう蓋が閉じてあって、呼び掛けがあると振動を感知して鉱石が光る。ここが魔法。応答する際は普通に蓋を開けて声を返すんだと。
ふむ。それくらいならすぐに作れそうだな。おそらく魔力充填式だね。
「じゃあ会話用に私の寝室とカンナの屋敷の何処かに一本、伝声管を通そう。あとは簡易の呼び出し用にベルがあればいいかな」
あんまりカンナの生活を圧迫したくはないけど、カンナの要望を聞くと言ってしまったので此処は聞き入れようと思います。
私の屋敷のダイニング・寝室・浴室の三か所、カンナの屋敷も同じく三か所にベルを設置して、何処か一つを鳴らしたら、他の全部が鳴る仕組み――いや、人が居る場所に絞れるかな? 魔法で少し制御を掛けたら、風とか他の揺れでは鳴らないようにも出来そうだ。鳴らしている場所が分かる仕組みもあればいいなぁ。うん、もうちょっと考えてみよう。
「玄関前も設置できますか? お洗濯で外に出ているかもしれません」
「ふふ、カンナは徹底してるね」
思わず笑ってしまった。熱心なところ、本当に可愛いな。
「だけど私の侍女さん、お洗濯までしなくていいんだよ?」
本来それはメイドの仕事ではないのかな。私の雑な貴族知識ではそうだけど、こっちの世界じゃまた違うのかも。そういえばお茶淹れや給仕も、私の知識ではメイド側の仕事だった気がするし。でもウェンカイン王城内では執事や侍女さんしか、私を含め身分の高い人の傍には来ていないように思えた。
改めて聞けば、要人の近くで対応するのが侍女や執事であって、メイドやボーイは主に要人から見えない場所で雑務をしているとのこと。つまり掃除や洗濯、部屋の片付けやベッドメイクはメイドやボーイの役割なんだね。それがウェンカイン王城の文化らしい。
「一部の貴族邸では兼任させることは珍しくないようですし、私は可能な限りアキラ様の身の回りのお世話をさせて頂きたいと思っています」
やる気に満ち溢れた目がきらきらしてて堪らないな。この子って本当に、仕事するのが好きなんだなぁ。
「最近は、手の空いた時間にメイドの仕事を見学し、時には手伝いなどもしまして、勉強しているところです」
「勤勉だねぇ」
上位の侍女で、伯爵令嬢って人がメイドの仕事を見に来たら監視や指導にしか見えなくて怖いだろうが、本人は全く悪気が無くてめちゃくちゃ面白い。指摘しないでおこう。可愛いから。
「侍女長だっけ、上司にはそういうことして、変に思われない?」
「元より私は少し変わり者として扱われておりますので、『またおかしなことをしている』とは、おそらく思われているでしょうが」
「ふふ」
タグが『本当』って出ちゃったので笑うのを我慢できなかった。カンナってそんな感じなんだね。でも一生懸命に話してくれている彼女は、私の小さな笑いを見付けることも無い。
「しかし私が行くとメイドらの良い刺激になるとのことで、構わないようです」
「なるほどね」
カンナの行動は理解できないものの、悪いことにはなっていないから見過ごされていると。
そもそも今のカンナは城内の要人の多くが知る『救世主のお気に入り』だ。滅多なことで、悪く扱われはしないだろう。
「頑張ってくれてありがとう。君が私の侍女になってくれるのを、私も楽しみにしてるよ。だから、身体は大事にして、無理はダメだよ?」
「はい、気を付けます」
今回クラウディアと話したことで、カンナが私のお気に入りである事実は改めて確認された形となる。保険としての代替案が用意されるとは言っても、私が一番求めている『報酬』はカンナだ。今まで以上にカンナは健康と安全を城から求められ、こっそり配慮もされるはず。気を付けるって言葉も『本当』のようだし、この辺りは本人と城の人達に任せよう。
その後も間取り図について色々と話したが、一番大きな変更は伝声管と呼び出しベルの設置だけだった。
「カンナとは自由に会えないから、ごめんね、この場で聞くだけになってしまって」
本当ならナディア達みたいに、ゆっくり考える時間をあげたい。だけどカンナと二人で話せるのは報酬の日だけだし、この形にしか出来なかった。
「とんでもありません。充分、聞いて頂きました。お気遣いありがとうございます」
良い子だから、そう言ってはくれるけど。
何にせよ、住むようになったら都度、相談し合おう。勿論、他の子らもそのつもりだ。そう伝えるとカンナはやや頬を上気させながら「はい」と頷いてくれた。その様子がやっぱり愛らしくて、色を帯びた頬に唇で触れる。唐突なスキンシップにカンナが目を瞬く反応も、可愛くて仕方がない。
「ごめん、可愛くてちょっとフライングしちゃった。じゃあまた、お風呂のお手伝いしてくれる?」
顔を寄せてそう言えば、カンナは微かに瞳を揺らしてから、丁寧に「はい」と答える。いつもの彼女の言葉なのに、何だかすごく、甘く聞こえた。
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