第403話_雑談
「王女様ってのは、普段、何してるの」
主題は終わった気がするので、勝手に雑談を始めてみる。カンナの準備、まだかなぁ。私がちらりと扉の方に視線を向けたこともクラウディアは気付いているのだろうに、微笑みを歪めることはなかった。
「本来の王女としての役割であるかはさておき、王族の社交界に関連することは、私が管理しております」
王家主催の場ならばそれをクラウディアが取り仕切り、王家宛てに来る招待があれば内容とスケジュールと重要性を精査して返事を出す。何か事前に準備すべきことがあればそれらも担うなど。ほー。大変そうだね。
「元々は私の役目でも、母の役目でもございませんが。あまりにも我が王族の情けない男達が社交を不得手としている為、仕方なく請け負っている次第です。お恥ずかしいことです」
急に溜息交じりにお父さん達をこき下ろすから思わず笑ってしまった。しかも『嘘』が出ていないから一層面白い。
「本来はあるべきではないのです。彼らに来る招待状は彼ら自身、または側近が捌くべきもの。しかし招待などはほとんど確認もせず、多忙を理由に一切を断ってしまうので」
「はは、極端だねぇ」
だけどあの王様とベルクならやりそうだなとも思った。真面目すぎるんだよね、どっちも。社交の方に時間を掛けそうな性格をしていない。
「社交の場は、ただ遊んでいる場ではありません。様々な目的がございますが……畏まった報告書では上がらない声を吸い上げるのにも必要です。そもそも、社交界に王族が一切顔を出さない状態が当たり前になれば、良からぬ企みを行う者もおりますから」
「だろうねぇ」
監視されないのを良いことに伸び伸びと自分の派閥を広げてみたり、王族の根も葉もない悪い噂を流してみたり。社交界から遠い王族なんて、どんな噂が流れても耳に入るまで時間が掛かる。気付いた頃には火消しも一苦労ってね。そして、そんな風に後手後手に回って振り回されている様子だって、貴族からの信頼を失くすには充分だ。
つまりそんな事態を引き起こさぬよう、まずクラウディアが積極的に各地に顔を出し、そして王様やベルクにも最低限は出席させることで、ある程度の抑止をしているのだと。
それでもやはり一番社交の場に顔を出すのはクラウディアとなるようだが、彼女をまだ若い女だからと侮って取り込もうとすれば、素早く王様やベルクに報告が上がって御用となる。むしろクラウディアの方で私兵や密偵を動かして証拠を揃えてから上げることもあるらしい。
情報戦では彼女が余程、強そうだ。私もそっちに首を突っ込む場合、この子には簡単に罠に嵌められそうだな。今回も結局この子が望んだ形に流れたと言って過言ではない。全く。扱いやすいと思っていた王族に、とんだ伏兵が居たものだね。
「アキラ様は――」
言葉半ばで、一人の侍女が入室してきた。クラウディアは続きを飲み込み、そちらを振り返る。
「お部屋の準備が終わったのかしら」
「はい。いつでもご案内が可能です」
その返答にクラウディアは軽く首を傾けて、ティーカップを置いた。
「残念ながら、時間切れのようです。かなり用意を妨害させたつもりでしたが……侍女達は優秀ですね」
妨害って言ったよこの子。やめてあげて。今回の件、侍女さん達は何も悪くないのがよく分かるよ。
「宜しければ次の機会には、アキラ様の目で見たウェンカイン王国についてお聞かせ下さい」
「……気が向いたらね」
断る理由は別に無いけれど、この子の願いを安易に受けたら後で痛い目を見そうなので保留にします。私もティーカップを置いて、のんびりと立ち上がった。
「君みたいに賢い女性は嫌いじゃないよ、クラウディア。少し怖いくらいが魅力的だ」
去り際にそう告げれば、クラウディアは笑みを浮かべたまま微かに首を傾けただけで、すぐには何も言わなかった。けれど私が案内の侍女に連れられて応接間から立ち去ろうとした時。
「光栄な御言葉ですが。……聡明さが恐ろしくもあるのは、アキラ様でしょう」
届かなくてもいいと言わんばかりの静かな声だった。応じて私が振り返っても、クラウディアは先程までと何も変わらぬ形で、美しく微笑んでいた。
ちなみに王女様の企みを何も聞かされていなかったらしいカンナは、私が到着するとやや慌てた様子で頭を下げる。
「申し訳ございません、お待たせしてしまいました」
此処まで案内してくれた侍女さんも何も知らなかったみたいで、「予定が早まったことの連絡が何処かで漏れていたようで、カンナに全く不手際はありません」と、彼女を庇うように告げ、代わりに何度も謝っていた。しかし予定はまるで早まっていないし、訪問時間を決めた場にはカンナも居た。
おそらくクラウディアの指示で一旦「予定が遅くなった」と伝えた後、「元の時間に戻った」と直前になって連絡したんだろう。その後も『妨害』していたみたいだし。振り回した侍女さん達に、クラウディア、後でちゃんと謝りなさいね。
「気にしなくて良いよ。クラウディアに嵌められただけだ。どうしても私とお話がしたかったらしいね」
「王女殿下が、……そうでしたか」
おや。カンナは驚くよりも何処か、納得したみたいな様子。表情を曇らせ、一度、視線を落とした。
「アキラ様」
「うん?」
次に顔を上げたカンナは、何だか不安そうな目をしていた。
「前回お会いしました後に、王女殿下からアキラ様について少し質問をされました。お聞きになっておりますか?」
「へえ。いや、聞いてないな。何て?」
曰く、王女様は私の今の暮らし、そして保護をした女の子達との関係を尋ねてきたという。カンナはそれに何も知らないと答え、貴族の内情とかこの国の文化について説明したことがあるとだけ、伝えたらしい。
「偽りをお答えしておりますので、行き違いがありましたら申し訳ございません」
「いや、幸いそれは無かったけど」
最後もしかしたらクラウディアは私の今の暮らしを聞き出そうとしていたのかな。連れている女の子達にも興味があるみたいだ。どういう意図かは分からないけれど、やはり王様やベルクよりちょっと警戒しておいた方が良さそうな子だな。
「それより、カンナは王女に嘘を吐いて良かったの?」
「良い事とは、流石に申し上げられませんが。アキラ様が国王陛下に内密にと仰いましたので、王女殿下も同様と判断いたしました。……問題でしたでしょうか」
「ううん。正解だよ、ありがとう」
賢い人で助かった。本当にありがたい。撫でよう。うりうりと頭を撫でてみると、カンナは大人しく受け止めながらきゅっと目を閉じていた。はあ。かわいい。癒される。
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