第402話

 クラウディアは一度そこで言葉を止め、私の反応を待ったようだった。しかし私はまたお茶を傾けて発言を避けた。何も言わない意思表示を受け止めたクラウディアは、そのまま話を続けていく。

「何かを切っ掛けにカンナが拒むことがあれば、またはお相手が出来ない状態が発生すれば、私共はどうすることも出来ません。無理強いもお望みでないと伺っております。結果、ウェンカイン王国の命運を彼女の心と体調が握っているのです。それがいつかになることを、私は案じております」

 カンナは既に自分が私の『お気に入り』だと知っている。この先もし私との時間を嫌だと思うことがあっても、『自分が応じなければ国の危機となる』と、きっと考えるだろう。その時、カンナの感じる重責はどれだけのものなのか。私のタグは万能ではない。「無理してない?」と尋ねでもしなければ、無理をしていても分からない。

 全く考え至らなかったわけじゃない。私が彼女を、手放したくなかっただけだ。

「カンナの為に、彼女の負担を軽減する案を、共に検討しては頂けないでしょうか」

 全く、これは降参だ。私はカップをソーサーに戻して軽く項垂れた。

「……上手に話すね、クラウディア」

「恐縮です」

 結局、案じているのはカンナの心身よりも私に依頼を出来なくなる事態だろうけれど、カンナの為に考えてほしいと言われたら私も頭ごなしに突き返すのは難しい。私だって、自分の欲をカンナより大切と思っているわけじゃない。このまま何も無く、彼女との縁が続いてくれたら良いと願っていたかっただけ。

「だけど、単純に代替案ってのは、難しいね。カンナとの時間が減るのは困る」

「ではそれは継続しましょう。今後も、報酬としてカンナとの時間をお約束します」

 本当にこの子は間髪入れずに返してくる。私の反応が全て彼女の予定調和のように思えてならない。いやまあ今の言葉は分かり易かったとは、自分でも思うけどさ。

「その上で、カンナがお応えするのを難しいとした場合の『代わり』の報酬を先んじて立てておいて頂ければ、彼女に精神的な負担を掛けずに済むかもしれません」

「なるほど」

 一理ある。カンナが断りやすい環境を用意しておくってことね。有給制度があっても休みにくい環境だと意味が無いから、休みやすい雰囲気を作るのと一緒だ。一緒か? まあいいや。

「代わりの女性でも構わないのであれば、改めてご用意いたしますが」

「うーん」

 カンナが駄目ってなった時、別の女性を抱く気になるかと言われたら否だな。それが分かっているからクラウディアも今回の『相談』を持ち掛けてきたんだろうし。だってそれなら『当初の話通り』だもんね。

 しかしクラウディアの口から「代わりの女性を用意する」って言われるのはそわそわするわ。王女様に酷いこと言わせているよね。まあ、これも考えても仕方がないが。

「あー、それなら」

 ふと頭を過ぎったのは、以前に一度、ナディアが私を揶揄う為に零した言葉だった。

「城の書庫を私に開放してくれないかな?」

「書庫、ですか」

 きょとんとクラウディアが目を丸めた。流石にこの提案は、全く予想していなかったのだと思う。

「色んな町の本屋を見たけど、情報が少ないんだよね、魔法に関することとか特にさ。城の書庫ならもうちょっとマシかなと思って」

 ただ開放を『無制限』にすると『都度』の報酬にならないから、時間を区切って、持ち出しはしない。いつもカンナに相手をしてもらうのは夜から朝までだから、それに倣って開放も一晩。私の訪問と退去の時間はいつも通りにする。

 そのように提案すると、今まで淀みなく答えていたクラウディアが少し考える様子で視線を落とす。だけどそれもほんの数秒間だけ。すぐに彼女は顔を上げ、私を見つめ返した。

「承知いたしました。ではカンナがお応えできない場合は、代わりに書庫を一晩開放することを代替報酬として頂ける、と言うことで、宜しいでしょうか」

「うん」

 私が頷いたら、クラウディアも一つ頷き、そのまま首だけで従者を振り返る。

「城内図はありますか?」

 声を掛けられた従者さんは持っていなかったようで、一言二言を交わすと急ぎ退室していく。取りに行くようだ。戻ってきたのが二分後でびっくりしたんだけど。誰か近くの人が持っていたのかもな。

「我が城には書庫が六つあります」

 テーブルに城内図を広げながら、そう説明してくれる。城って広いねぇ。何が何やら。

「思ったよりあるね。っていうかクラウディア詳しいね」

「おそらく今の王族で最も本を読むのが私ですから」

 その言葉にタグが『本当』と出すのを見て、感心した。それならこの件をお願いする相手としても、彼女は最適だったかもしれないね。

 城内図に書庫と示されている六つの地点を教えてくれる。他には各人の執務室に必要な資料もあるとのことだが、固有の書籍は無いはずだとクラウディアが説明した。それも『本当』と出た。貴重な資料は個人が所有するのではなくて、書庫で管理するシステムなんだろう。正しい保管方法だね。

「最も貴重な本を集めているのが、此方の書庫です。機密情報もございますが、私は読むことを許可されておりましたので、アキラ様ならば問題ないでしょう。念の為、確認はしておきます」

 そうだね。今回は私とクラウディアの間だけで交渉してしまった。王様が頭ごなしに否と言うことは無いだろうと予想は出来るが、最終の決定権は彼にあるはず。ただ、そもそも今回の席に王様も一枚噛んでいるのだろうし、決定権の一部をクラウディアに渡していると思う。クラウディアがかなり堂々と了承したのも、そのせいだろうな。

「次回いらっしゃる時までに、この城内図もお渡しして良いか、父に確認しておきます。……アキラ様の記憶力では、もうどちらでも同じことでしょうけれど」

「あはは、そうだね」

 確かにほとんど覚えてしまったよ。でも関係の無いところまでは完璧じゃないから、貰えるなら貰いたいね。

「今回の件、後日カンナにも伝えます。勿論、カンナがアキラ様にお応えできる限りはこの件は発生しないものとして」

「うん、それでいいよ。この件は保険ってことで。ただ」

 含みを持たせて言葉を区切る。クラウディアが顔を上げるのを待った。視線が絡んでから、続きを述べた。

「敢えて保険を使うことになるような動きがあれば、縁が途切れるだけで済まないだろうってことは、分かってるよね?」

 平たく言えば、保険があるからってカンナを軽んじて何かしたら潰すぞってこと。クラウディアにはきちんと意味が伝わったようだ。私を刺激しないような動作で彼女が慎重に頷く。

「……勿論でございます。今後もカンナとの時間がご用意できるよう、誠心誠意、努めさせて頂きます」

 その言葉に『本当』が出るのを確認し、威圧することはやめた。

 それに、いずれカンナは侍女として私側に引っ張るわけだから、そうしたらもう『女性』を報酬には貰えない。その時には、書庫に切り替えてもらったらいい。

 今からその件も擦り合わせることが出来て良かったと思うべきかもしれないね。

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