第401話_ウェンカイン王城再訪
無事に全快した私は、何事も無かったかのような顔をして城を訪問した。
場所はいつものように美しい応接間。王様達が並び立って出迎えてくれる。しかし今日はその中に、明らかに雰囲気の違う華やかな女性が一人、混ざっていた。
私と目が合うとその人――クラウディアは、初めて会った時よりもやや緊張を取り払った様子で微笑みを浮かべる。
「……久しぶりだね?」
「はい、ご無沙汰しております」
「今日は、どうしたの?」
この疑問を口にする時はクラウディアから視線を外して、王様の方を窺ったんだけど。答えたのは結局クラウディアだった。
「私だけお会いできる機会がございませんので、父に我儘を申しました。口を挟みませんので、どうかお傍で控えさせて下さい」
彼女の表情をじっと見つめてから、「私は構わないよ」と返す。
その後の手続きなどはいつも通り。今回の報酬については立ち去る前にお互いの間で既に合意を取っていたし、決まった内容を淡々と取り交わすだけだ。
大量の金貨が入った袋を受け取って、収納空間に放り込む。普段ならこれが終わるとすぐにカンナの待つ部屋へ案内してもらえるんだけど――。
「申し訳ございません、お部屋の御準備に、もう少しお時間を頂きたく」
入室してきた侍女がやや動揺した様子でそう告げた。怯えているかな。別にそれくらいで激昂しないんだが。「平気」と答えると同時に、クラウディアがぱっと笑みを浮かべて私を見つめる。
「ではそれまで、私とお茶は如何ですか?」
私は少し返答に迷って王様の方を見つめた。彼は何処か緊張した顔でクラウディアと私を見比べる。
「申し訳ございません、構いませんか」
「まあ、いいよ」
了承してやれば、王様らは短い挨拶だけを告げて足早に退室していった。部屋に残ったのはお茶係の侍女とクラウディアと、数名の従者だけだ。私はお茶の用意をする侍女さんを横目に、小さく息を吐く。
「そんなに私とお茶がしたかった? わざとでしょ」
私の言葉を受けてもクラウディアは笑みを深め、「はい」と物怖じせずに肯定した。こんな指摘も彼女の想定の内だったらしい。
「カンナを含め、準備に携わった全ての者に何ら不手際はございません。部屋の準備は私の指示で遅らせました。申し訳ありません」
謝罪の形を取っているが、全く悪びれていない。ベルクに似た容姿のせいで印象を引っ張られてしまうけれど、彼のように搦め手の無いタイプではなさそうだ。
「それで王女様、私に何の用だろう」
「どうぞ『クラウディア』とお呼びください」
この子、食えないな。ますます面白い。私は素直に従い、「クラウディア」と訂正した。嬉しそうににっこりと笑う様子が、嘘か本当かが分からない。私のタグは『言葉』にしか反応しないのだ。彼女はそれもよく分かっているのだろう。
「一通りお話は伺っております。アキラ様のお力をお借りしなければならない事案が度々発生しており、申し訳なく思っています。勿論この思いは父や兄も同じです」
突然、まるで作りものみたいに綺麗な声で、感情薄くクラウディアが語り始める。以前、この世界の国について説明してくれた時にも思ったが、クラウディアは聞き取りやすい声をしている。口調もハキハキと丁寧で、台本を読んでいるように言葉選びの迷いが無い。
「ですが……今すぐに兵力を増強することも、優れた魔術師を生み出すことも難しく。やはり今後もアキラ様のお力が必要となってしまうでしょう」
まあ、そりゃそうだね。早く自分達で何とかしろ、と思いつつも。一朝一夕じゃ無理だなんてことは私も分かっていた。
「その上で一点、私からご相談がございます」
さて。鬼が出るか蛇が出るか。王様やベルクが喋る時は、こんな緊張感は無かったな。先を促すように頷けば、クラウディアは真っ直ぐに私を見つめたままで続けた。
「アキラ様がお求めになった『報酬』の内の一つ、今カンナが務めている『女性』の件です」
城の人間からカンナの名が出ると反射的に威嚇したくなるが、今回、私はそうしなかった。理由はクラウディアも『女性』だったからだ。同じく『報酬』の条件内に入ってしまう彼女はこの件について、男性以上に発言の権利があると感じ、躊躇した。
「依頼の報酬から、あれを外して頂くことは出来ませんでしょうか?」
だから、彼女の言葉に不快感は湧かなかった。もしもこれを告げてくるのが王様や他の男だったなら、即座に「じゃあ交渉決裂、今後の依頼は受けなくて良いよね~」って席を立っただろうと思う。
とは言え勿論、飲み込むわけでもないんだけど。
「嫌だよ。そんな要求が通ると思ったの?」
「いいえ」
またクラウディアは私の返答を知っていたかのように淀みなく、言葉を返した。
「アキラ様のお望みを根底からお断りしようなどと、思うはずがございません。その為『ご相談』と申しました。別の形にする方法が無いものか、ご検討をお願いしたいのです」
これは城としての意志なのか、クラウディアの一存なのかも分からない。ただ、さっき彼女は「私から」の相談だと言った。ややクラウディア寄りの意見という印象を受ける。
「まず、『何故』そうしたいのかが分からなければ折衷案が出せない。女性から見て、同じ『女性』が報酬として扱われるのが気に入らない?」
この要求を知った者の中には、私に対して悪感情を抱く者もあったことだろう。私の女の子達ですら意図を知るまでは少し嫌な顔をしたのだ。私を、「女を軽んじる人間だ」と思ってもおかしくはない。だけどクラウディアは再び、「いいえ」とそれを否定した。
「アキラ様が
……どういう意味だ?
お茶の入ったカップを手にしながら、クラウディアに視線を向けて軽く首を傾ける。
「カンナただ一人にその負担を掛けることは、私達は全く想定しておりませんでした」
私の手がぴくりと震え、お茶の表面が揺れた。クラウディアはその様子をしっかりと見守ってから、言葉を続けてくる。
「アキラ様も、そうではありませんか?」
おそらくクラウディアは王様達から、カンナ以外も『選ばなければならない』と思い込んでいた私のことを聞いている。そして今、私の反応から私の心情も確信している。
「勿論、彼女はこれを負担であるなどと一切申しておりません。拒む意志も全く無く、アキラ様から選ばれることをとても光栄に思っているようです。……彼女を案じているのは、あくまでも私の勝手な考えです」
とりあえず口を挟まずに、お茶を傾けるけれど。味も香りも、よく分からない。
「しかしアキラ様にとって、もうカンナの代わりは居ないのではないでしょうか」
ああ、居ない。居るわけがない。あの子が愛しい。
認めるよ、私も、こんなはずじゃなかった。城から用意される『報酬』の女性は、毎回一度きりで構わないと思っていたんだ。
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