第400話

 みんなを慰めるとか、気を遣った言い方をするなんてことは、私には出来ないようだ。じゃあもうそれは一旦諦めて。ついでにもう一つ伝えておこうかなと、言葉を続けた。

「最初は私が回復魔法を使って、怪我人を処置する話もあったんだけど。それをやると今後が大変だからさ、それもしなかった」

 この国で唯一、回復魔法が使える魔術師の存在。噂はきっとすぐに広がって、魔法に関する学者が研究したがるのは勿論、各地から回復魔法の依頼が殺到し、一つでも断ればおそらく「王族や有力貴族が不当に独占している」ような不信感が広がるだろう。

 事実がどうあれ「助かる手段があるのに助けてもらえなかった」というのは、感情的に、どんな理由を述べられても飲み込めるものではない。

 丁寧に説明したら、みんなもそれは納得して、少し悲しそうに頷いていた。

「だけど何もしないってのも気分が悪いし、『浄化の結界』って誤魔化して、ほんの少し回復機能を持たせた結界を張ってきたよ。それだけで助かるとは言えないけど、普通よりは回復が早いから。気休めだけどね」

 そこまで告げると、優しい女の子達は僅かにホッとした顔を見せた。だからって助かるわけじゃないんだけど。流石にそんな残酷なことは、付け足さなくてもいいだろう。希望があることだけ知って、結果は知らなくていい。私も別に知りたくはない。

「アキラちゃんが、気分が悪いって言ったのは何で? 何か言われた?」

「ああ、いや。何も」

 まあそれも忘れてくれないよね。あれは、口を滑らせた私が悪かったな。

 嘘は吐きたくないと思うが、私が感じた嫌な気持ちをみんながそのまま感じてしまうくらい正直には言いたくない。とりあえずリコットが懸念したことをまず否定しよう。また時間稼ぎをし始める。

 実際、あんな凄惨な結果を前にしても私は誰にも責められなかった。勿論、私は全く悪くないのでそれが当然なんだけど。それでも心情的には犠牲者の家族らが、私や兵士らを責めるのは起こり得ることだと思う。だけどあの時、折り重なるような遺族の慟哭から、そんな声は聞こえなかった。まだそこまでの余裕も無かっただけかもしれないが、私の心を思えば幸いなことだった。

「むしろ、普段ほとんど喋らないコルラードが一生懸命に慰めるから、おかしかったよ」

 今更だが、彼にしては不自然なほどの気遣いと優しさだった。あの時は少し疲れていたせいか、あんまりその可笑しさには気付かなかった。いや流石にマント座布団は笑ったけどね。でも改めて思うほど、彼なりに頑張って慰めてくれたんだと分かって、面白い。

「だから別に、何も無いんだけどね」

 みんなを納得させつつ、嫌な思いにさせない言葉って、どうすればいいんだ。どれだけ時間稼ぎをしてもやっぱり良い言葉が見付からない。

「……『無辜むこの民』だったからね」

 リコットは何か言いたそうに口を開いて、でもそのまま何も言わずに閉じた。部屋にまた沈黙が落ちて、女の子達は視線を落としていた。もう流石に、伝わったかな。ではこの話、終わりで宜しいだろうか。

「城の方では、今後――」

 王様が私に告げた今後の対応について、そのまま端的に伝える。あんまり沈黙が続くとみんなが苦しくなるだろうし、この国の今後について変に不安に思ってもいけない。

 説明を止める声は何も無く、一分少々で全てを話し終えた。

「って感じかな。終わりです」

 最後そうして締め括っても、誰も追加の質問を投げてこない。じゃあこれで本当にもうおしまいかな。私はコーヒーの入ったマグカップを持ってテーブルから離れ、机の方に移動する。

「アキラが」

 私が椅子を引いた音に重なるように、ナディアが呟いた。私の名前だったから流石に聞き流すことも出来ずに振り返る。彼女は此方を見てはいなかったけど、だからこそ、私に言ってるんだと確信した。

「余所で嫌な思いをしているなら、それを聞こうというつもりだったのだけど」

 小さい子がいじめに遭っていないかを確認しているような言い方だが。リコットやラターシャが今回、わざわざ私の話を掘り下げようとした理由がそうであるらしい。

「……その為にあなたの口で説明させるのは、酷なことね」

 優しい声だった。そしてその言葉の中に謝罪を含めなかったのは、私と、他の子達への気遣いだと分かる。ナディアが謝ればきっとみんなも謝るだろう。特に、掘り下げて質問してしまったリコットやラターシャは悲しく思うかもしれない。

 何よりみんなが謝るなら私が必ず「いいよ」と言うだろうって分かっているから、言わせないでくれたんだよね。

「心配してくれてるのは、分かってるよ」

 だから私も、ありがとうは言わなかった。ナディアはそれも分かっているみたいに、緩く頷いた。

「これからは言える範囲だけでいいわ、ただ」

 話す間、ナディアは一度も私の方を見ていない。淡々とした声は何気ない風を装って、過度に優しい色を含まない。それでも次の言葉だけは、隠し切れない思い遣りで覆われていた。

「あまり我慢はしないで」

 何があったかを聞くのは、私を支えようと思ってくれるからだ。嫌なことがあったら「一人で抱え込むな」ってことかな。言いたくないなら黙っても良いけど、言いたいけど黙るのは望んでいないと。

「うん、分かっ――」

「でも悪いことをした時は言い難くても報告しなさいね」

「う、はい」

 快く頷こうとしたところで突然、親みたいな言い方をされてしまった。私達のやり取りにリコットが堪らない様子で肩を震わせて笑えば、ルーイとラターシャも笑みを見せる。此処まで含めて気遣いなら、君は本当に思慮深くて優しい長女だよ。

 やや緩んだ空気の中、ようやく私は机に座り直す。

 しかし、いざ図面に向かってみるとまだ少し目がぼやけている。この状態であまり根を詰めると、反動が後を引いてしまいそうだ。今日はやっぱり程々にしました。

 その甲斐あってか、翌朝にはもうすっかり視界も全て元通りだった。これでひと安心だね。

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