第399話

 ぐっすりと眠った私は結局お昼ご飯の時間になっても起きることは無く、次に意識が浮上したのは十五時くらいだった。随分とよく寝てしまったらしい。

「あ、……起きたかも」

 まだ目は開けていないし、身体も動かした覚えは無いんだけど。ベッド脇で、こしょっとリコットが小さく呟いた。ちゃんと聞き取れたという安堵を感じつつ、ゆっくりと目蓋を持ち上げる。まだ視界は少しぼやけているが、これはただの寝起きのやつかな……いや、うーん、少しだけ影響が残っているかな。でもほとんど普段と変わらないだけ見えている。二度目の安堵。

「起きました……おなかへった」

「お昼ごはん残してあるよ。聞こえる?」

「うん、聞こえてる。目も見えるよ」

 頷きながらそう返したら、リコットがホッとした顔で微笑む。可愛い。そしてそれをちゃんと自分の目で見られることが嬉しい。一旦、顔を洗いに洗面所へ入ってから、用意してもらった遅めのお昼を食べた。

 やっぱり視界がハッキリしてる状態だと安心感があるね。さっきは「意外と大丈夫だわ~」って思いながら魔力感知で動いていたけれど、私も少なからず緊張していたらしい。

「今回はまたちょっと怖い反動だったね」

「そうだねー。流石に焦ったなぁ」

「あなたは最初から楽しそうに笑っていた気がするけれど……」

 眉を顰めて唸るように呟くナディア、これは、ドン引きしてますね。そんな異常な生物を見つめる顔をしなくてもいいじゃないか。

「なんか、一周回るというか。なるほどなーって思っちゃってさ」

「魔力探知で無理したんだっけ?」

「そう、今回は……」

 リコットの質問に答える為に今回の仕事内容を思い出そうとしたら、気分の悪いことを色々と一緒に思い出して、言葉が止まってしまった。妙な間に二人が気付き、視線を向けてきたところでハッとして、ニコッと笑う。

「今までで一番、気分の悪い仕事だったな~」

 正直にそれだけ告げて、引き続きご飯を食べることにした。お腹いっぱいになってからでいいや。二人が特に何も追及しようとしなかったのは、私が口いっぱいにごはんを詰め込んでいるせいか、それとも、何となく察したからか。もしくは、言葉を選んでいるだけか。

 うーん、準備の整わない内に質問されると困ってしまうので、違う話に持って行こうかな。

「それにしても二人はぐっすりだね」

 テーブルから視線を外して、部屋の奥、まだ膨らんでいる二つのベッドを見る。私達が同じ部屋の中でガサゴソしていても起きる気配は全く無い。私達が沈黙すると、すうすうと可愛い寝息が二つ聞こえた。

 愛らしさに私が目尻を下げている横で、ナディアとリコットが明らかに複雑な表情で沈黙している。気付いてすぐに私は「あー」と間抜けな声を漏らした。なるほど、二人のこの熟睡は、私のせいなんだね。ナディアは、私が気付いたことにも気付いてしまい、少し躊躇いながら、口を開いた。

「不安だったんでしょうね。交替しても、しばらく眠らなくて」

「そっか」

 目が見えないとか耳が聞こえないって私が言うのを、最初、ルーイとラターシャだけで聞いたんだもんね。あの時はナディアとリコットは交替で休んでいたから。その二人もすぐに起きたから少しの時間だったとは言え、受け止めた瞬間の恐怖や不安が無くなるわけじゃない。ジュースを持ってきてくれた時は落ち着いてるように思ったけど、顔が見えなかったから、本当のところは分からなかった。

「起きたらハグでもしよーっと」

「うーん……ルーイは喜ぶだろうけど、ラターシャはどうだろ」

 リコットが悲しいことを言う。ひどい。ラターシャだって喜んでくれるもん。いや、普段は手も繋いでくれないから無理かも。まあ何でも物は試しだ!

 そんな気持ちで、二時間後。起きた二人に私はハグを求めてみた。ルーイは予想通りすんなりハグしてくれたんだけど、ラターシャは耳を真っ赤にしつつ「元気ならもういいから」と拒否。恥ずかしがるラターシャが可愛くて、両手を広げながらじりじり追い詰めたらめちゃくちゃ怒られました。満足した。

「さて。のんびりしながらちょっと製図しようかな~」

「アキラちゃん」

「んー?」

 目や耳が戻ってからもしばらくテーブルかベッドでだらだらごろごろしていたけど、流石にそろそろ動くか~と思って立ち上がる。すると即座にリコットから呼び止められた。

「今回の依頼は、……なんか嫌だったの?」

 そういえば、さっき誤魔化したきり、今回の話をまだしてなかったな。

 気分の悪い仕事だったと言ってしまった為、聞く側も慎重になっているらしい。みんなは何処か不安そうな顔をしていた。うーん。事実だけを並べるなら、みんなが嫌な気持ちにならない言い方も出来るかもしれない。言葉を選ぶ時間を稼ぐ為にも、少しのんびりした動作で、再び椅子に腰掛ける。

 助けられなかった人が沢山、いや、これじゃダメか。間に合わなくて? これもちょっとな。もっと、この優しい子達が悲しまない、マシな言い方が無いだろうか。

「あー、行く時に少し話したけど、被害を受けた村が三つあったでしょ。結局、私が全部対処しなきゃいけなくてさ」

 とりあえず順を追って話すことにして、まだ時間を稼ぐ。

「今回は魔法陣が地面に埋まってたんだ」

 しかも方角を定めることで遠くに置いたり、上にも伸ばすことで飛ぶ魔物に影響させたりと、厄介なアレンジ付き。それで私が広範囲の魔力探知で探さなきゃいけなくて、そこまでするなら高位の魔術師じゃないといけないし、そもそも何キロも伸ばせるのは私だけだしってことで。致し方ない状況だったと話す。

 これで、魔力探知で無茶をして新しい反動を受けることになった経緯は伝わったかな。稼げる時間も、この辺りで限界か。

「三つ目の村は被害が大きかったんだけど。最終的にはちゃんと原因を取り除いて、結界も直したよ」

 私の考え得る一番マシな言い方。具体的なことを何も言わず、短くサラッと流し、良かった点を結論として最後に持ってくる。どうだ。

 直後のみんなの反応が薄く、衝撃を受けたような様子も無い。よし、成功だろう。このまま今後の城側の対応方針でも伝えてしまって、更に彼女達の気を逸らそうとしたところで――。

「被害って、その、村の人とか……」

 ラターシャに掘り下げられちゃった。うん、まあ、はい。回避失敗。

「そうだね、村の中まで魔物が入り込んじゃったから」

 一瞬で部屋の空気が重くなった。みんなが沈黙する。やっぱり私、こういうの向いてないみたいです。

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