第396話

 コルラードが傍に居るなら、辺りを警戒することも無いだろう。私は目を閉じて、そのままぼんやりと俯いて休憩していた。三十分ほどでベルクが戻ってきたんだけど。彼は私とコルラードを見比べた後、何故か慌てた様子でマントを外そうとしていた。

「私の物もお使いになりますか!?」

「何でだよ。二つも要らないよ」

 彼らの忠誠心はよく分からない。何でそんなにマントを私の下に敷きたかったんだよ。いや、寒くならないよう肩に掛けるとか考えたのかもしれないが、とにかく要らないから。ベルクはしゅんとしていた。本当に分からない。

 さておき。この村での調整はもう終わったそうだから、此処に向かう為に調整を中断してしまった二件目に戻ることにした。ベルクは少し申し訳なさそうにしていたけれど、別に、ベルク達を村に送迎するだけで私がすべきことは何も無い。短い時間で済ませると言うから、サービスしてやろうと思う。

 三件目の対応で随分と時間が経っていたこともあるだろうが、二件目の方は私達が戻る頃にはもうすっかり落ち着いていた。それもあって、ベルクらが村長らと話すのも十五分程度で終わった。まあ、深夜だから村長らも、早く休みたいだろう。

 そうして全ての対応が完了し、私達はようやく、城へと帰還した。

「ご無理を願ってしまい、申し訳ございませんでした」

 帰って早々、王様はそう言って私に頭を下げた。食事を抜いた件だろうな。特に三件目は最も時間が掛かったから、腹を空かせた状態で四時間ほど働いたことになる。二件目に戻るとか、色々を含めてね。

 だけど、私は軽く首を傾けるだけにしておいた。「本当にね」と嫌味を言うことも、「いいよ」と受け入れてやることも。今は気分じゃなかった。

「軽食とのことでしたが。もう急ぎの案件はございませんので、夕食としてご用意いたします。どうぞ召し上がって行って下さい」

 そう言って示された方に、ソファの方とは別に普通のテーブル席が用意されていた。ソファとローテーブルでは軽食以外の食事は取りにくいもんね。

 既に食器も幾つか並べられている。少し迷ったが、私はそれに呼ばれることにした。限界までお腹が空いていたのも理由だけど、今がしっかりと深夜で、ジオレンでいつも行く食事処はそろそろラストオーダーの時間だからだ。酒場まで行かないともう夕食にありつけない。自分で作る元気も全く無かった。

「先に少し、手洗い場を貸して」

「はい、ご案内いたします」

 カンナがサッと傍に来て、案内してくれた。上等そうな石鹸で手や顔を洗い、髪も結い直す。傍に控えているカンナがふわふわのタオルを手渡してくれる。そんな些細なやり取りに少し心が緩んだ。我儘を言えるなら抱き締めたかった。でも、侍女の仕事を邪魔する気は無い。

 部屋に戻るともう食事のいい匂いがしている。既に準備は進んでいたようだ。何故か部屋から王様とベルクの姿が消えていたけれど、今回の件の報告でもしているんだろう。用事も無いし、どうでも良いや。

 執事さんに促されるままテーブルに着けば、一瞬前まで私の後ろに控えていたはずのカンナが横に回り、給仕をしてくれる。忙しいね、カンナ。でもこれ幸せだな。いつか毎日こうしてカンナが傍で給仕とかしてくれるかもしれないと思うと、ちょっと楽しい。正直、今は食べても何も味が分からなくなるかもと思っていたが。カンナのお陰でちゃんと美味しかったです。

 食後は、これもまたカンナが淹れてくれる紅茶でひと息。癒されるなぁ。ありがたい。

「……カンナも遅くまで疲れたでしょ。ずっと待機してたの?」

 不意に話し掛けると、二度、目を瞬いてから、カンナは緩く首を振った。

「お戻りまで、勿論、控えておりましたが。問題ございません。アキラ様のお役目に比べれば、些末なことでございます」

 みんな私に甘いんだよなぁ。何だかくすぐったく感じながら笑う。

「そんなことないよ。私が帰った後は、ゆっくり休んでね」

 気持ちは勿論、嬉しいけど。無理をしないでほしいのも本音だから、そう付け足しておいた。私の言葉にカンナが丁寧に礼を述べてくれる。その時、王様達が戻って来た。

 やはり今回の件の報告を受けていたらしく、諸々に礼を述べられた上で、報酬も上乗せすることを伝えられる。

 避難用の結界を張るのは報酬外だったことや、魔法陣も今までに無い探索難易度だったことを加味したとのこと。抵抗するのも面倒だった為、簡単に頷いて了承しておいた。ただ、元気が無くとも全てを受け入れるのは、今回ばかりは無理だった。

「地中の魔法陣を探す方法とかも、検討しておいてね。それと、いい加減に犯人を捕らえないとウェンカイン王国が滅びるよ」

 流石に何度もこんなことが続くのはごめんだ。私に言われなくても分かっているだろうけどさ。今夜だって本当にこれで全てが収束したのか、正直まだ疑っている。

「……もう少しで、答えを出せると考えております」

「ふうん」

 そういえば前にも、手掛かりは掴んでいるようなことを話していたかな。少しずつ進展はしているってことか。君らがそう言うなら、まあいい。

「なお、地中の魔法陣について。魔力に反応して鉱石が光る魔道具がございます。元々は魔道具の持ち込み検査で使用するものでしたが、魔法陣でも同じく反応することを宮廷魔術師に確認させました。量産を急ぎ、各部隊に持たせるように対応する予定です」

「いいね。そんなのあるんだ」

 理論を詳しくは尋ねなかったものの、言われてみれば出来そうだ。私も作ろうかな。それがあったら地中のものも、何かでカムフラージュされていて探しにくいものも見落とさずに見付けられる。ガロにも渡してあげれば良いかもしれない。とにかく城の方もまだ手の打ちようがあるみたいで、少し安心した。

「我々が後手に回ったことで、ご負担とご心配をお掛けして申し訳ございません。此度も、ありがとうございました」

「どういたしまして。……じゃあ、そろそろ帰ろうかな」

 カンナの淹れてくれた美味しいお茶を飲み終えたのでね。カップをソーサーへと静かに置き、丁寧にカンナへ礼を言いながら立ち上がる。ちょっと怠いのは、反動ではなくてただの疲れだと思う。

「また明後日ね、カンナ」

「はい。お待ちしております。お休みなさいませ」

 再訪の日時をきちんと約束して、頭を下げてくれる面々を眺めながら転移した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る