第393話

 聞けば、やはり魔法陣が見付かっていないらしい。昨日からはもう探しに出る手も足りず、村の守りに徹している状況であるとのこと。しかしこの防衛も長くは保たないだろうと考え、村から領主、領主から城に支援を要請しているそうだが、此処は国の西端で、城まで遠い。おそらくまだ伝書の鳥すらも届いていないのだろう。三文字しか送れない通信の魔道具でなら伝わっているかもしれないが、あれじゃ詳細を伝えるのは無理だよな。

 とにかくベルクらには早速、村の人達に今回の避難場所作戦を説明してもらい、その設置場所の調整に入ってもらう。

「私はその間にまた一周してくる。コルラードはベルクに付いていてね」

「承知いたしました」

 この村は既に幾つか結界も破壊されているようだ。村の中も安全じゃない。王子様の護衛はコルラードにしっかり任せておこう。私はそこまで面倒を見たくないので。

 一周しながら、大きな群れや、苦戦しているところは援護して。大き過ぎる結界の穴は突貫だがとりあえず簡単に塞いでおく。まだまだ襲撃されているからまた開けられてしまうだろうけど、何もしないよりはましだ。

 元の場所に戻ったら、ベルクが避難場所を確定させてくれていて、既に一部の怪我人などの移動が始まっていた。元々、安全を考慮して中心部に人は集めていたみたい。賢いね。

「お願いです、どうか――!」

「今そんな余裕は――!」

 私が避難場所の結界を張り終える頃。何か言い争う声が聞こえてくる。振り返ったら、同じくそちらを気にした様子で視線を向けようとしていたベルクと目が合った。

「何あれ」

「聞いて参ります」

「うん」

 疑問を呈せばすぐにベルクが走ってくれるけど。うーん、私はコルラードに目配せする。すぐに気付いたコルラードは頷き、足早にベルクの傍へと走って行った。此処は私が追加で張った結界内で魔物の心配は無いが、『争っている』様子なのだから、対人の護衛が必要だ。私は自衛できるので、特に指示がある時を除いてコルラードには常にベルクの方を優先して守っていてほしい。

 数分後。向かったのと同じくらい素早く駆け足でベルクが戻ってきた。元気だなぁ。

「一部の村民が、家畜と牧羊犬も避難場所に入れさせてほしいと訴えていたようです」

「……別に、普通に入るんじゃない?」

 ぐるりと辺りを見回す。かなり広く、余裕があり過ぎるくらいの範囲で覆ったと思うんだけど。そんなに異常な数を入れたいのだろうかと首を傾ける。

「ええ、空き場所が無いという話ではないんです。全てを移動させるのは大掛かりですし、逃げぬように繋ぐ、または囲うなどの作業も必要で」

「あー」

 つまり手間が掛かることが問題なんだね。村民ら自身にその作業をさせようにも、運ぶ間の彼らを護衛する手はどうしても必要になるからな。確かにその余裕は無い。

「家畜が既にまとまった場所に居るなら、追加の結界を張っても良いよ」

 少しの間を置いて私がそう言うと、ベルクは私がこんな優しい提案をすることを予想だにしていなかったらしく、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で一瞬静止した。お前。失礼だろ。でも私が眉を寄せる前に、ベルクが口を開く。

「き、聞いて参ります。しかし、クヌギ様にご負担は」

 以前、依頼時はファーストネームで呼ぶなって言ったのを律儀に守ってくれるベルクに、問題ないと伝えるつもりで首を振る。

「それくらいなら平気。三か所までね」

「承知いたしました。そのように伝えます」

 再びダッシュで離れたベルクは、戻る時はダッシュじゃなくて、二名の村民を連れていた。

「案内させます。一か所にまとめているようです。避難場所の四分の一ほどの範囲とのことで」

「オッケー、それなら余裕。行こう」

 私の快諾を聞いた案内役の村民が何度も頭を下げてくるが、いいから早く案内しなさい。ほらほら。ちなみに目的の場所に着くまでの間は、コルラードが先頭を歩き、周囲の警戒をしてくれた。私は別にこの村民を守らなくて良いらしい。

 そして向かった先。家畜小屋が四つほど立ち並んでいた。確かにそんなに大きくないな。まとめてドンと結界で覆う。小さな歓声を上げた村民がまた何度も頭を下げてくるけれど、分かった分かったと雑に対応して、再び避難場所へと送り届けた。任務完了。

「お心遣いありがとうございます、クヌギ様」

 ベルクからの礼も、簡単に頷いておいた。家畜って一朝一夕で元に戻らないからね。畑もそうだろうけど、土が汚染されるわけじゃないし、季節が巡ればまた育てられる。でも家畜や牧羊犬は、一から同じだけ揃えるには何年も掛かるはず。それでは命が助かっても、生きて行くのが大変だ。国が支援もするだろうとは言え、被害が少ないに越したことは無い。

 あと私は動物が好きなので、無為に犠牲になるのはちょっと嫌。普通に私情だった。私達が離れる時にワンって一回鳴いた犬、可愛かったな。

 さて改めて、魔法陣を探さなければ。今回は村を離れる前に方角を絞った。此処の魔法陣は、北北東らしい。

「どの程度の距離にあるかな……」

 あんまり遠いと、しんどいんだよなぁ。溜息を一つ吐き出してから少し村の端へと移動する。既に結界が破壊されている状態だから村の中と言っても安全ではないが、平原のど真ん中よりはマシだろう。一応、ベルクとコルラードに周囲を警戒してもらうが。

「遠い……」

 しばらくして、私は力無く呟いて項垂れた。しょんぼりしている私を、ベルクが心配そうに振り返る。

「クヌギ様?」

「見付からない」

「……かなり距離があると?」

「多分」

 五キロくらいは探知が伸ばせるんだけど、それよりも向こう。そんなことあるかなぁ。

 あるかぁ……。リガール草の時は、あの広大な森全体まで魔物が影響を残して動いていたからなぁ。あれには凡そ二十キロくらいは影響があったんだよな。今回のもそんな大きさだったら、五キロより遥かに先から来てもおかしくない。さっきの魔法陣はあの時と比べて四分の一くらいだったから最大で五キロ程度だろうが、今回のはもう少し大きいのかも。

「仕方ない、移動しよう」

「はい。周囲の警戒は我々が行いますので」

「頼りにしてるよ」

 既に確認が済んだ範囲を飛び越えて着地し、再び、平原のど真ん中で探知を開始する。――でもその前に。念の為、自分達が立っている位置から見てどの方向にあるかを再確認した。念の為にね、実は全く違う方向を探したせいで見付けられなかっただけかもしれないでしょ。

 と、慎重に確認したんだけど。結局、ほんの少しズレるものの、やはり想定の方角にあった。

 それならやっぱり遠いだけなのか。はあ、仕方ない。もう一度、魔力探知を伸ばしましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る