第392話

 今までに、色や意思を感じた大きな魔力は三つ。

 一つ目、ローランベルのおじいちゃんのところで解呪した杖の魔力。あいつは残滓に声まで残っていた。二つ目は、救世主様の魔道具。あれは憎しみじゃないけれど、やっぱり人間味があった。最後の一つは、ヘレナ達に掛けられていた呪い。代替わりしているせいか杖ほどの強力な恨みがあったわけじゃないものの、悪意や憎しみらしいものはずっと感じていた。

 だけどそれ以外のものは、感情らしいものが一切無い。この魔力はだ。

 その説明に、ベルクは一拍置いてからハッとした顔を見せる。

「魔法石……」

「だと思うんだよね。魔法陣を生成する魔力を、自然の魔法石でまかなってる」

 そうでもなけりゃあんな大きな魔法陣、数人程度を寄せ集めて作成するのは難しい。一つ目の魔法陣を潰した時の抵抗の大きさに、相手が高位魔族か魔王じゃないのかって私も不安視するくらいだったからね。

 勿論、私が最初に王宮で見た『救世主召喚の魔法陣』も大きかった。でも大きさだけで言えば、エーゼンの魔法陣の方がずっと大きかった。それに救世主召喚のやつは数年かけて宮廷魔術師がようやく作り上げたって言っていたし、そんな代物を数か月の間にあちらこちらで一夜のうちに敷かれるとか明らかにおかしい。エルフ一族で最も魔力が高かったあの男性を五人以上は集めなければならないだろう。だがエルフを上回るような特殊な一族でもなければ、そんなのがごろごろ居るとは思えない。万が一でもそんな魔術師が敵方に居るとすれば、被害はもっと直接的で甚大でなければむしろ不自然だ。

 そんな数々の疑問が、『魔法石を使っている』という仮定でほぼ全て解消される。

「敵方は、それなりに多くの魔法石を保持している。だけど、有限だから慎重に使用している、って感じかな」

 自然魔法石もかなり貴重な品と聞いていたから、これはこれで、難しい話ではある。しかしもう、この魔力が魔法石由来であるのは明らかだ。ヘレナの件で『意思のある魔力』の新しい例に触れたことで、ずっと感じていた違和感を確信できた。

「これも王様に報告しておいてね」

「は、はい、勿論でございます。ご確認ありがとうございました」

 まだ少しの戸惑いを残しながらも、ベルクは私に頭を下げた。さっきからちょっと私、せっかちかなぁ。でもこの案件、何から何まで急ぎだから、別に良いよね。じゃあ、急いで村に戻りましょう。コルラードにも声を掛けて、再び全員で飛行。

 私達が戻る頃にはもうほとんどの魔物が興奮状態から落ち着いてた。原因となる魔法陣の破壊が完了したことを、村の人や兵士らにベルクとコルラードが伝えてくれる。ただし効果が完全に抜けない魔物が偶に居る。あれは結界外であっても狩っておく必要があるので、私やコルラードも出て、少し討伐作業をした。

 結局、結界は一部破壊されたものの、魔物が村の中にまで侵入することは無かったらしい。兵士が頑張って守ったようだ。偉いね。

「さて。他人の結界を直すのは初めてだな。うーんと……」

 この村には結界術師の派遣が無いので、壊れてしまった結界の修復は私しか出来ない。

 ただ、経験が無いから勝手が分からない。結合部が脆くなりそうで不安だなーと思ったものの。元の結界に魔力を継ぎ足してあげたら、伸ばせるようだ。なるほどね。何でもやってみないと分からないね。伸びろ伸びろ。あ、ちょっと入れ過ぎたかも。まあ他より少し丈夫になっただけだから、良いか。

 修復が必要なのは二箇所だったが、どちらも本当に軽微なもので、楽に直せた。よし、オッケー。内側に突貫で入れた結界を消して、私達の仕事は終わりだ。

 ちなみに内部の結界は視認できてしまう分、元の結界と二重にすると周りがちょっと見えにくい。空も。色々と不便にもなるかもしれないので、一応、消しておきました。

「ベルク達の準備が整ったら、次に移動するよー」

「はい! 申し訳ございません、すぐに参りますので!」

 彼らはまだ兵士や村長と何かお話し合い中だ。政治的な話だと思うので、私はやることが無い。のんびり。

 しかしもうすっかり、日が暮れてしまったな。あれ。そういえば私、夕食まだなんだけど。これいつ終わるんだろう。もしかして食べ損ねるのでは?

『――王様』

 思ってすぐに、呼び掛けていた。

『はい。何かございましたか』

 すぐに応答してくれた。近くに待機してくれているのかしら。もう夜だし、他の職務も書類仕事なのかもしれない。

『今気付いたんだけど。私、晩ご飯を食べてない』

『は……』

 それだけ言われても困るよな。明らかに困惑の声が返った。

 とりあえず、一件目の仕事は終わったこと。現在ベルクとコルラードが現地の調整をしていること。これから二件目に向かう予定であることを伝えた。それから。

『二件目が終わったら一回そっち戻るから。簡単に取れそうな軽食を用意しておいてよ。サンドイッチとか』

『畏まりました』

 次の反応は早かった。助かるね。

 ああ、そうだ。ついでだから、今回は地中に埋まっていたことを伝えよう。もしかしたら残り二件も私が行くまで魔法陣が見付けられないかもしれないという懸念も含めて。

 私の説明を聞いた王様は色んな憂いを抱え込んだような声でありながらもそれを口に出すことはせず、私に連絡の礼を述べていた。

 いや~大変だよね。今後もこんなものが増えてきたら、本当に私なしじゃ回らないね。私も困ってしまう。どうしたもんかな。考え込んでいるとベルクが戻ったので、さっき王様に要求した内容と、報告した内容を掻い摘んで伝えておいた。

「お食事の件、申し訳ございません……配慮が欠けておりました」

 ベルクが本当に悔しそうに言うので何と返せばいいのやら。という気持ちで「いやぁ」と呟く。私は普通よりちょっと食いしん坊なので、すまんね。

「じゃあ二件目に行こう。どっち?」

「西端の方でお願いします。発生がそちらの方が先で、既にそれなりの期間を耐え忍んでいるはずなので」

「分かった、そうしよう」

 手順は今回と同じ。避難場所の設置をしてから、魔法陣の方角を絞って、魔力探知で探る。探知が届かないようならそちらに向かいながら探っていく。ベルクが了承したのを確認してから、転移した。勿論、直接は飛べないので、近くの森の中。そして飛行で接近する。

 そうして二つ目の村に私達が到着した時、既に多くの怪我人が兵士から出ているのが一目瞭然だった。何処からどう見ても、状況はかなり悪いようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る