第391話

 避難場所について、村民への周知と誘導、避難補助は村の男性達が担ってくれるらしい。援軍として来た兵士らへの周知は、現在休憩中の兵士にお願いしておく。どんな屈強な兵士も戦いっ放しは無理だからね、交替制にしているようだ。だから今からは彼らも避難場所の中で休憩するようにとお願いした。

 勿論これらの調整と連絡は私じゃなくてベルクとコルラードがやったんだけど。私はぼーっと付近を見ていた。仮面で顔は隠しているが、フードも目深に被っておく。『悪い人達』が何処から見ているか分からない。髪型や輪郭も隠しておくに越したことはないだろう。

「じゃあ、探しに行こうか。今回は方角も分からないのがネックだね」

「話を聞いたところ、東南東が最も魔物が多いそうです」

「ふむ、じゃあそっちに向かってみるか。森林はある?」

 避難場所とした中央部のはずれで、こそこそと作戦会議。ベルクが地図を広げた。

「はい、すぐ近くに小さなものが三つほど。更に進むと、川沿いに広範囲の林があります」

「うーん、厄介だなー。了解」

 簡単に見付けられない見通しの悪い場所に張られているはずだから、此処が平原のど真ん中なのを考えると森か林なんだよな。

 もうすぐ日も落ちてしまう。空は真っ赤だった。こんな状態で探すの、本当に嫌だなぁ。タグもすぐには出てこないし。

 とりあえずベルクらを連れて低空飛行しながら、東南東にある森に向かう。道中で出会う魔物らは確かに興奮気味のものばかりで、こっちであってるかもなーと思った。最初の方は。

「ん? 魔物、落ち着いてきた?」

「……確かに、興奮状態でないものが見られますね」

 どういうことだろう。こっちじゃないのかな。魔法陣、何処だよ。タグ~、頼むから頑張ってくれよ~。

 この周辺の細かい地図が無いみたいだから、以前リガール草の時にやったように区切って真偽のタグで、ということが出来なかったんだよね。

「せめて方角を絞るかー」

 空中に浮いたままで紙とバインダーを出して、円を時計のように十二分割した。私達から見て、凶暴化の原因がどの方角にあるか。ベルクに「はい」と答えさせて絞る。

 答えは――村の方だ。つまり、来た方角を戻ることになる。

「……逆方向だった、ということでしょうか」

「いや、……もう一回、やろう」

 真偽のタグの問答。今度は私達ではなく、『村を起点にして、どの方角に原因があるか』を確認した。答えは、私の懸念が的中した。村から見て、私達が居る方向に原因がある。

「見落とし? そんなまさか」

 思わずと言った様子で声を漏らしたのはコルラードだった。しかしその戸惑いも尤もだ。私達が飛んできた場所は平原だった。多少は植物が茂っていたけれど、此処までの被害を出せるような規模の魔法陣が隠せる場所なんか全く無かった。私は一度、唇を噛み締める。

「最悪だ。多分、埋められてる。これじゃ私のタグか、かなり魔力探知に長けた術師がいなけりゃ見付けられない」

 既に対応に入っているという二つの被害場所も同じ状態なら、私が行くまでに解決してくれる可能性が低くなってきた。しかも今回はタグも仕事をしないと来た。

「本気で魔力探知を伸ばすしかないな」

 この場所から、村までの距離を全て魔力探知で探って見つけ出す。どの程度の深さに埋めてあるのかは知らないが、こんな見通しのきく平原で埋めているなら、夜の内に訪れて作業しただけのはず。あまり深くは埋められないだろう。一メートル程度の深さで探索しよう。

 ただこの作戦には一つ、課題がある。

「ベルク、コルラード」

 二人を振り返る。私が緊張感を帯びるから、彼らも普段以上に真剣な表情で私を見つめ返した。

「一度、下りるよ。結界は張るけど、周囲の警戒は二人に任せる。出来る?」

 此処は平原のど真ん中で、且つ、結界をも恐れない魔物らが闊歩している。だけど私は魔力探知に集中したいし、地中まで探知するなら低い位置でやらないと負担が大きい。凶暴化の魔物でも私の結界は破れないと思うが、万が一の場合に咄嗟に対応できない可能性が高くなる。彼らは、宙に浮いたままでぐっと背筋を伸ばした。

「はい。お任せ下さい」

「クヌギ様の集中を決して妨げさせません」

 二人が快諾してくれたので、結界で三人を覆ってから、地面へと下りた。

 着地と同時に二人は剣を抜き、私に背を向ける形で、右にベルク、左にコルラードが立って全方向を警戒してくれる。

 これで、何かあっても先に二人が死んでくれるだろう。私はその隙に逃げればいい。

 そんな薄情なことを考えてから、私は正面――村に向かって、全力で魔力探知を伸ばした。既に四キロほど離れている為、流石にマジの全力です。

「っ、あった!」

 幸い少し私達の方に近い位置だった。一キロと少しだね。深さは、一メートルも無いな。五十センチから六十センチか。

 見付けると――タグが今更、此処だよって伸びてきて、ちょっとイラっとした。

「二人、ありがとう。飛ぶよ」

 役立たずのタグにやや脱力しながらも、警戒してくれていた二人を連れて再び飛行。目的の場所まで移動した。

「確かに、少し土の色が違いますね……はっきりとは分かりませんが」

 ベルクの言う通り、その場所の土はほんの少しだけ他の場所よりも色が濃かった。掘り返して埋め直したせいだろう。しかし既に数日経っているせいか、風などで周囲の砂が掛かって曖昧だ。これは上空からじゃ分からなくて当然だな。

 さておき。掘り返すか。

 魔法陣を潰すだけならそんなことしなくても直接魔力を送り込んでしまえば良いんだけど、情報収集の為、図柄を確認して転写しなきゃいけないのでね。

 土操作でぽこぽこと掘り返して、土を避ける。魔法陣に少しくらい影響を出してしまっても、模様維持が付いていれば元に戻るだろうから遠慮なく掘った。なお、ベルクとコルラードは周囲を警戒しながらも私が放り出す土に右往左往していた。ごめん。悪気は無い。

 さて、ちょっと崩してしまった魔法陣の形が落ち着いたところで、ベルクから紙を貰って転写。その後はいつも通りの手順で魔法陣を潰したんだけど。その時の魔力の感触に、私は「あー」と声を漏らした。だけどその違和感を一旦、脇に避けて。ベルクを振り返る。

「他にはもう、凶暴化させてる魔法陣は周辺に無いね?」

「はい、ありません」

 彼の返答に『本当』と出たことを共有して、一息。

 状況を考えればすぐに飛行して村に戻り、後処理に取り掛かるべきなんだけど。先の違和感も、忘れない内に共有したい。

「実は前からちょっと思ってたんだけど」

 この言葉でコルラードは私が何か話そうとしていることを察し、周囲の警戒は一人で引き受けてくれた。ベルクは剣を納め、私の傍に立つ。

「城の依頼で潰してる魔法陣に、いずれも色や意思が無い。これね、『人格のあるもの』の魔力じゃないよ」

 一瞬、コルラードも驚いた様子で此方を窺ったのが見えた。こら、あなたは周囲を警戒しなさい。

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