第389話_ウェンカイン王城

 おそらくはドラゴンやデカ狼みたいな、大きな魔物の相手は無い。凶暴な魔物達を凌いで、結界を張り直して、原因になる魔法陣を探して破壊する。多分それだけ。ただ、問題は。

「一箇所だけ?」

「そこだね。私もそれで済まない気がしてるよ」

 余裕があれば、既に問題になっているという二箇所も対応するかもしれない。全部が終わった頃にはもう一箇所くらい出ても不思議ではない。エンドレスにならないことを祈りたいね。溜息交じりにいつものローブを羽織ったところで、ラターシャが私の服の袖を引いた。

「もうアキラちゃんのことも、悪い人達は気付いてるんだよね。本当に気を付けてね」

「うん、ありがとう」

 レッドオラムの件で、敵方は私の存在を察知している。でも『悪い人達』ってラターシャの言い方が可愛いくて堪らないんだが。いや、今、緊張を解いてはいけないんだよな。とにかく今回は私の存在も加味して何か仕掛けてきている可能性もある。今まで以上に注意が必要だろう。

「今回も、真面目に頑張ってきますよ」

 心配そうな顔をするみんなに呑気な笑みを見せてから、城へと転移した。

 転移先は、応接間だった。つまりお茶淹れ係――カンナが控えていた。顔を見れば思わずほっとして、表情を緩める。カンナはいつも通り冷静なまま、私に向かって頭を下げた。

「顔を見るのは久しぶりだね、カンナ。変わりない?」

「はい」

「なら良かった」

 王様達のご挨拶を完全にスルーしてカンナに話し掛けた私だが、誰ももう全く気にしていない。慣れやがって。まあいい。

「じゃあ、依頼の説明して」

 ソファに座って短くそう告げる。王様は頭を下げてから、机の上に地図を広げた。今回、最初に説明があった小さな村は国の中央部のやや西寄りの位置にある。そして既に対応を始めている二箇所は、中央部のやや北寄りと、国の西端だった。

「結構、ばらばらだね」

 中央から北西の部分に集まっているとも言えるが、ウェンカイン王国は国土が大きい。地図で見ても「ばらばら」という印象を受けるくらいだから、実際の距離は途方もないだろう。早馬でも一両日では到着できないはず。いや、伝書の鳥ですら一日を切るのは難しいかもしれないな。

「これが意図的なものなら、この国は随分と敵方に好き勝手に周遊されているね」

「返す言葉がございません……」

 ガロが見付けてきた魔法陣はやや南寄りの場所にあるし、エーゼンは王都から見て北東。東端は今のところ聞かないが、何にせよ王都を中心にちょっと距離を取ってぐるぐるされている気がしますね。本当に大丈夫か?

 他人事なのでそんな感想しか出てこないけれど、王様含めこの国を守る立場からしたら、明らかにもうのっぴきならない状況だ。大変だねぇ。

「まあいいや。それで?」

 続きを促すと、苦い顔のままで王様が続ける。

 この国の結界術師は基本、宮廷魔術師として招かれる。とは言え、全員が王宮で過ごしているわけではない。見習いの者は全員王宮に居るが、ある程度の力がある者なら郊外での任務にも当たる。

 任務は色々。まず、国に登録されている集落を巡回する隊が五から七つあって、割り当てられた地区を一年ほど掛けて確認して回っている。綻びが無いかを確認し、何かあれば修復や補強をする。ちなみにこの『隊』とは、結界術師二人以上に、護衛兵の一個小隊を付けた編成らしい。結界外を移動する際に、貴重な結界術師を万が一にも失うわけにはいかないからだね。

 他には、大きな街であれば駐在している結界術師も居て、要請に応じて近隣の結界修復を行う。支部みたいなものだ。

 そして勿論、見習い以外にも、王宮に控えている術師らが居る。王宮を守る役目もあれば、兵士らの遠征に伴うこともあって、最も仕事内容が多岐にわたると言う。

 今回、先に対応を始めた二件の内、西端の方は流石に王都から距離があり過ぎるので、近隣の街に駐在している結界術師らの隊に頼んだとのこと。これも実際はあんまり簡単じゃないらしい。依頼はかなり引っ切り無しに色んな場所から入ってくる為、出払っているケースが多いのだとか。そもそも術師が少ないんだもんな、そういうことになるよな。

 そしてもう一つの方はまだ比較的に王都から近い為、と言っても他に比べれば――という程度だが、とにかく王宮に待機している術師らを派遣したのだとか。

 そして現在、別件も含め、郊外へ派遣している兵らに多くの術師らを取られてしまっていて、『必ず王都の防衛の為に残す』と定められている結界術師の最低数しか、残っていない状態だそうだ。つまり今回の三件目に、派遣できる術師が居ない。

「それで私に支援かぁ」

「……度々、申し訳ございません」

「まあ賢明な判断だろうね。緊急だからってその『最低限』の術師らを出しちゃったら多分、相手の思うつぼだ」

 むしろ王都を囲うようにあちこちで問題を起こしていることが、それを狙っているようにも見える。既にそこまで術師が出払っている状況からして不自然だ。一部は既に、敵方の思惑に乗ってしまっていると考えるべきだろう。

 王都を攻略することが目的と考えたら、最初に結界術師らを追い払う作戦は妥当だね。邪魔だし。とは言え、国内で被害に遭っている何処かを見捨てる判断も容易には出来ない。

 だが、この話を今此処で掘り下げても詮が無いな。俯瞰で考えることは彼らに任せ、私は目の前の問題を解決しなくては。

「術師らが今対応している場所の結界を直すのに、どれくらい掛かるの?」

「どちらも、現時点の損傷で十日ほどと申しておりましたので、問題の解決までに更に悪化する、または損傷個所が増えることを加味しますと、その倍程度は見積もっております」

「あー」

 そうね、私じゃないから、「村」の大きさ程度でも一息では張れないか。やっぱりこれも、私が出張るのは必須になるかもな。

「相殺の布製魔法陣は渡してある?」

「はい」

 あれが無いとそもそも魔法陣の対応が出来ないだろうと思って確認したら、王様が頷く。城から出した隊には直接持たせてあって、また西端の方には最速の早馬で運ばせており、既に受け取ったことの連絡もあったそうだ。

 だけど、どちらもまだ魔法陣については『探索中』らしい。うーん、こりゃ想像以上に追い詰められているね。

「何処まで私にやらせたいの? 残り一つの対応だけ? うだうだやってる二件もまとめて? もしくはまだ追加がある?」

 捲し立てるようにして問い掛けた。すると途端に、王様が言い難そうな顔をする。今更だろ。早く言え。蹴るぞ。無言の圧力で発言を急かしてやったら、弱々しく頷いていた。

「まずは至急、助けを出せていない村の対応をお願いしたく存じます。そして可能であれば、完了後に他二件の状況を確認の上、必要に応じてのご対応を」

 ふむ。まあ私が一件目をやってる間に他二件が終わってる可能性もあるからね。少なくとも魔法陣の破壊くらいまでは。

 というか、つまりは結局、三件全部の対応が終わるまで帰れないんだな、私。はあ。

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