第388話_新たな依頼
解呪の反動は、やっぱりそんなに酷いものじゃなかった。翌日にはすっかり元気になって、熱も痛みも何にも残っていない。それでも心配そうな顔で私を見守っていた女の子達も、昼を過ぎた頃には落ち着いた様子だった。
「ア~キラちゃん」
「うん?」
半端で止まっていた魔道具製作、部屋で出来る部分の作業を進めていると。近くに椅子を持ってきてリコットが座り、何やら機嫌良さそうに私の顔を覗き込む。なんだなんだ、可愛いな。ちゅーしようかな。
距離を詰めるタイミングを窺っていると、リコットはちょっと意地悪な顔で口元に笑みを浮かべる。その顔も可愛いね。
「心配を掛けた、次の夜は?」
「あ」
女の子達のご機嫌取りだ!
城からの依頼後に限ったことではなかったな。魔法の反動で寝込んだら全ての場合に適用されるんだった。
「そうでした。今夜は如何ですか、リコットさん」
「いいよ~」
忘れていた私を咎めることなく、リコットはニコッと笑う。そして立ち上がると同時に身体を傾け、私の頬へ軽く唇を触れさせた。うーん、非常にスマートですね。あと嬉しい。ちゅーしてもらった。
「じゃあ私達は明後日に美味しいスイーツだね」
「何処に連れてってくれるかなぁ」
後方のテーブルでそんな愛らしい会話をしているのはラターシャとルーイ。なるほどね。それも下調べしなきゃいけないね!
苦笑しながら二人を振り返ったら、ナディアと目が合う。でも彼女は何も言わず、そのまま手元の本へと視線を落とした。明日はナディアになるんだけど、誘うところもリコットからの指令だったはずなので、そこからですね。
つまり今、こんなことをしている暇は無いのでは……? ヘレナの件で魔道具製作がしばらく進められていなかったことを気にしていたんだけど、そうしてまた根を詰めそうな私を止める意味もある気がする。
「……ちょっと散歩してこようかな」
少し考えてから、二時間ほど休憩をすることに決めた。机の上を片付けて、立ち上がる。するとリコットも一緒に立ち上がった。
「私がお付きしよ~っと」
何だかご機嫌ですが、行き先は工務店ではないよ? いやまあ、リコットが行きたいなら、行くけども。
「行き先は決まっているの?」
上着を選ぶリコットの背中を見つめていると、ナディアが聞いてくる。その質問を何処か不思議な気持ちで受け止め、首を傾けた。
「いや特には。ぶらっとする。ついでにルーイとラタが喜びそうなお店を見繕う」
「そう」
ご質問は、それだけだった。どうして聞いてきたのか分からない。念の為のダブルチェックかな? 厳しい監視システムである。その後は誰からも呼び止められることなく、リコットと二人で宿を出た。
「そういえばさぁ、リコ」
「ん?」
腕を絡めてくるリコットの柔らかさを感じ、一瞬それに気を取られそうになってから、言おうとしたことに思考を戻したんだけど――。結局それも、飲み込んだ。
「いや、うーん、いいや」
「えー何、気になる」
不満そうに口を尖らせる顔が可愛い。ナディアの目が無いからさっき諦めたちゅーをしよう。軽く引き寄せてこめかみに口付けを落とすと、何故? という顔をされた。今じゃなかったか……。
「ううん、此処でする話じゃなかっただけだよ。帰ってから、また」
「ふーん。そのまま流してあげないからね」
「はは! うん、もし忘れてたら教えて」
キスしたせいか、誤魔化したように聞こえたのかも。そんなつもりは全く無かったので、笑ってしまう。
それから私達はぶらぶら街を練り歩いて、広場のベンチに座って美味しいジュースを飲んで。ぴったり二時間で宿へと帰った。今夜リコットを飲みに連れて行くお店は決まっているし、明日のナディアの分も大丈夫。さっきの散歩で、ラターシャとルーイが気に入ってくれそうなお店も確認できた。
じゃあ、夕飯の時間までは、製図の続きをしようかな。
そう思って机に向かった、数秒後。耳鳴りがした。どっちからも、連絡される覚えが無い。これは、うーん。
嫌な予感は的中した。私の名前を呼ぶ王様の声が、明らかな緊張の色を含む。
『――はい、何ですか、王様』
私の応答に、王様からはいつも仰々しい挨拶を返される。それから、『急ぎ、アキラ様のお力をお借りしたく』と続いた。だよね。やれやれ。
王様が言うには、凶暴化した魔物が、ある小さな村を襲ったとのこと。村にはちゃんとした結界も張られていたが、元々少し綻んでいたのか一部が既に破壊されている。まだ魔物が入り込めるほどの穴ではないものの、村の男達だけで守り切れるものではない。今は領主が派遣した兵士が到着して何とか凌いでいる。しかしそれはその場凌ぎであって解決策ではない。急遽、国に対して援軍と結界術が扱える魔術師の派遣が要請された。
それだけのことであれば、王様も私の力を借りずに対応しようと思っていたそうだけど。
『他に同様の要請が既に二件入っておりまして、結界術師がもう足りておりません』
『なるほど、私が最初に懸念してたことの序章だ』
『……仰る通りです』
私がもし国に対して協力的な救世主だったとしても、凶暴化の魔法陣みたいなのを各地に一斉に敷かれたら、対処できないよって以前に警告した。わざわざ警告してやったのに、むざむざ起こさせるとはねぇ。殴ってやりたい。……まあ、対応が難しいのも分かるんだけどさ。
『とりあえず、そっちに移動する。三十分後』
『はい、宜しくお願いいたします』
通信を切って、広げていた図面を片付けた。は~。深い溜息を一つ。
「リコ、ごめん」
「ん~?」
立ち上がりながら呼ぶと、テーブルの方でナディア達とお茶していたリコットがのんびりと振り返る。
「王様からのご依頼だ。行かなきゃ」
「ありゃ」
折角、今夜はリコットと過ごすはずだったのに。申し訳ない気持ちを込めて謝罪したら、リコットはひょいと立ち上がって、私を抱き締めてくれた。
「いいよ、仕方ないじゃん。気を付けて行ってきてね。帰ってきたら、反動があってもなくても、遊んでくれるでしょ?」
「勿論」
今日の分が残っていますからね。リコットは私の後頭部を撫でてくれた後、また頬に軽いキスをくれる。私もリコットの額と唇に、一つずつキスを落とした。
「長くなりそうだから、軽く水浴びして着替えてくる」
少し急ぎ足で浴室に入って、水浴びを……うん、やっぱり冷たいのは嫌だからお湯にして。頭と身体をササッと洗って流して、身支度を整えた。
私が部屋に戻ると、みんなはちょっと落ち着かない顔をしていた。依頼内容の説明を少し躊躇う。余計な心配は掛けたくないが――。黙っている方が、この子らは怒るんだよね。躊躇いを飲み込み、今回の内容を簡単に告げた。
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