第385話

 流石に立て続けの二回目は、回復魔法をしているとは言っても疲労を感じるのが早い。まだ三分の一ほども進んでいないのに、私は一度、処置を止めた。

「ふう」

「アキラ、汗、いい?」

「うん、お願い」

 大きく息を吐いた瞬間を見計らって、ナディアが声を掛けてくれる。つい自分の袖で拭うとこだったが、隣からナディアがハンカチを当ててくれた。ひんやりとしているように感じて、気持ち良かった。

「水は?」

「ちょうだい」

 一旦、片手だけ離して、水を受け取る。汗をめちゃくちゃかくから、喉がすごく渇くんだよな。あんまり飲んだらまたトイレに行きたくなりそうだけど、枯れてしまいたくもない。がぶがぶと飲んだ。

「はー、……あ、ナディ」

「なに」

「さっきの紙、もう大丈夫。その辺に避けておいていいよ」

「そう」

 解呪を進める中で、これ以上の新しい発見は無さそうだ。ずっとナディアは大事に膝に抱えてくれていたけど、ナディアの収納空間で預かってくれても、床とか棚に置いてくれても大丈夫です。私は彼女の方を見なかったので、返事の後どうなったのかは知らないが。

 軽く頭を振って深呼吸をしてから、改めて解呪に集中する。最後の一本まで、呪いを体内から引き上げるその瞬間まで、絶対に気を抜いちゃいけない。

 さっきのミルヴァの解呪に掛かった時間は、一時間の直前だったらしい。ヘレナの時が一時間半ほどだったことを思えば練度が上がったのだと思う。三度目、おそらく今までで一番練度は高いだろう。しかし慣れたと思った頃が怖い。慎重さを落とさないように、意図的にでもゆっくりやるべきだ。

 結果、三人目であるシルヴィの解呪も、先程と同じく、一時間近く掛かった。

 バイタルを確認しながら慎重に呪いの魔力を引き抜いて押し潰す。成功したはずだ。バイタルはずっと安定している。

 腹部の上にずっと翳していた手を下ろし、ふう、と息を吐く。シャツを引き上げて口元の汗を拭ったら、すぐにナディアがハンカチを差し出して来た。ちょっと笑いながら受け取って、ハンカチで首元や額を拭う。

「あの、アキ――」

 ヘレナは私の動作が変わったことを見止め、耐え切れず話し掛けようとしていたが。ナディアが制止するように彼女へと手を向けたら口を閉じた。更にナディアはヘレナを睨み付け、『口を利かない約束では?』と訴えているようだ。ヘレナは慌てて口を押さえて、無言のまま数回頷いている。

 私は二人のやり取りを無視し、そのまま毛布を少しだけ捲った。魔法陣が消えている。ヘレナがそれを見て、安堵した様子で静かに息を吐いたのが聞こえた。

 毛布を掛け直して、再び手を翳す。魔力探知で再確認だ。呪いの魔力は残っていない。ステータスを見ても、呪われている様子は無い。

 ちなみにヘレナのステータスは、呪いについて打ち明けてもらえるまでは何も記載が無かった。でも話を聞いた後からは、ずっと明記されていた。今は全て消えているのだけど、最初に表示されていなかったことを思うと「消えているから大丈夫」とは安心できず、色んな方法で確認している。

 今回はヘレナが付き添っているので、流石に真偽のタグでの確認は出来ないな。この家を立ち去った後で確認しよう。万が一でも何か残っていたら、改めて訪問すればいい。

「ナディ、ヘレナも。少しこの子から離れていて。これから起こすけど、何があるか分からないから」

 二人が応じて、充分に離れてくれたのを見守ってから、ヘレナやミルヴァと同じ手順で彼女を覚醒させた。

「痛みや違和感はある?」

「い、え、……ありません」

 身体を起こさせたら、彼女は最初にヘレナを目で探して、姿を見付けると安堵した表情をしていた。気丈に振る舞っていても、この辺りは確かにまだ子供だな。

「おかしなところは無いね。解呪は成功だ。――もう喋っても良いよ、ヘレナ」

「ありがとう、ございます、アキラ様、本当に」

 また泣くのか。まあ、気持ちは分かるんだけど。私は軽く頷いて立ち上がる。

「服を着たら、出てきて。ナディ、行こう」

「ええ」

 私達が離れると同時にヘレナはシルヴィに駆け寄り、その身体を抱き締めて泣いていた。シルヴィもヘレナにしがみ付くようにして一緒に泣いていた。

 客室を出た私は、ご両親に解呪成功を伝えて、落ち着くのを応接室で待つと告げておく。早速、何度も何度も礼を言われたが。適当に手を振るだけで応えておいた。

「アキラちゃん」

「終わったの?」

「お疲れ様、大丈夫?」

 応接室で待ってくれていた三人が口々に労ってくれる。頷いて応えたんだけど、ちょっと雑な頷き方になっちゃったかも。怠い。しんどい。疲れた。すぐに寝たい。何となく伝わっていると思う。

 そして素早く立ち上がって駆け寄ってきたリコットが、私の頬に優しく触れた。

「……もう熱い。これ、反動だよね」

「そうだね。流石に二人分は、少し出るみたいだ」

 体力回復の為に回復魔法も挟んで無茶をしているから、身体への負担も少なからずあるだろうけどね。

 ミルヴァの解呪が終わった時は反動らしいものなど何も無く、ただ集中を続けた倦怠感だけがあった。でも今の不調はそれに反動の症状が加わっている。

「この後またしばらく寝るなら、やっぱり尿瓶が要るんじゃない?」

「いりませんってば」

 私が笑うと、リコットも明るく笑う。お陰で気持ちが解れるよ。ありがとう。よしよしとリコットを撫でてから、私達は応接室のソファに腰掛けた。

 あとは、請求書と、誓約書と、血の契約が残っている。

 支払いの話はさっきされたばかりなので請求書の用意が無い。とりあえず金額欄を空けたまま、突貫で作成。さっきは金貨二十枚と言っていたが、気が変わるかもしれないからな。

 それが終わって少し休憩していたら、家族が入ってきた。全員がぐしゃぐしゃに泣いた後の顔をしていて、改めてダニエーレが代表して礼を述べてくれるんだけど、その間にもまた泣きそうになっていた。泣かれるのって好きじゃないんだよね。私が帰ってからにしてほしい。

「どーいたしまして。じゃあ早速、諸々の手続きをしますよ。金貨二十枚の支払いは本当にいいんだよね」

「いえ、やはり三人分ですから、三十枚を――」

「増やすな。二十枚ね」

 これダメだ。引き延ばしたらどんどん増えそう。さっさと請求書に金貨二十枚と明記した。

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