第384話

 改めて、最後の解呪だ。先の二人と同じように自分で脱いでもらって、上掛けで隠してもらう。手順を口頭で説明した後で、まずは魔法陣の模様を確認。その次に、魔力で内部を探る。ここまでは前二人と全く同じ手順――だったんだけど。

「ん~? ちょっと待ってね……」

 この時、私は気になることが出てきてしまったので処置を一時中断した。収納空間から数枚の紙とバインダーを取り出す。ヘレナの魔法陣を転写した紙は二人にバレぬようチラッと見るだけで一旦、置いておいて。新しい紙にあれこれと書き出していく。十八歳、二十三歳、四十六歳だったな。

「なるほどそういう仕組みか……」

 彼女らそれぞれの魔法陣の状態を書き比べて、一人そう呟いた。

 呪いに対して『賢い』などとは言いたくないが、しかし、いる。悪意を持って使わなければ本当に優秀と思える魔術の仕組みだった。

 まず、十歳未満くらいの幼い内なら、この魔法陣は未完成の状態であり、宿主の魔力回路と『一体化』している。つまり私が最初に危惧したように、解呪は不可能なのだ。

 だが成長するにつれて魔法陣は宿主からの魔力を少しずつ吸い上げて蓄え、徐々に魔法陣として完成していく。『一体化』させたままでは魔法陣として固有の意味を持たせられない。つまり、そのように『組めなかった』が正しい。

 前に私が言った通り、人間の魔力回路は複雑だ。それだけで幾つもの魔法陣が折り重なっているようなものだから、一体化させている内はある意味で『阻害』されていて、魔法陣として機能しない。

 完全に分離し、更に、発動できるまでの魔力量を蓄えるのに、この魔法陣は二十五年が掛かるようだ。

 ただ、妊娠する――つまり別の命が介入することで、再び新しい『妨害』が入り込むことになって、『宿主の命を奪う』という意味を持った魔法陣がまた保てなくなる。胎児は外に出るまでは両親と魔力的な繋がりが強いらしい。母親は勿論、父親とも。未完成である魔法陣は胎児が持つ魔力の影響に耐え切れずに変化してしまう。

 しかしこの術者はそれすらも逆手に取った。同じ意味を維持できないならば、変化後をも想定した形で組もうと考えたのだろう。

 子を宿して魔法陣が変化した場合、一部の魔力を消費し、子にも魔法陣の種を植え付けるようにした。当然、消費してしまった分はまた蓄えなければならない。その結果、二十五歳ではなく三十歳で死ぬことに書き換わる。三十歳の時も同じ。子の存在が魔法陣を歪ませ、命を奪えない。代わりに、少し魔力を消費して、子にまた種を植え付ける。

 この仕組みならば子を多く作れば五十歳を超えられそうではあるが、そうはいかない。

 既に『子』に植えられた魔法陣の種が、別の役割を果たす。母または父の中にある魔法陣を保たせる為の鍵になってしまうのだ。

 親子と言えど、別の人間であり、ある程度の歳になれば魔力的な繋がりが残ることはない。しかし、この魔法陣は違う。クローンとも言える『種』を子に埋め込むことで、離れていても魔力の繋がりを残させる。結果、三人分の魔力が、宿主を必ず殺す強固な支柱となってしまう。宿主と子二人を使ったもう一つの魔法陣を作っているようなものだ。新たな魔法陣の役割はただ一つ、その呪いの固定。模様維持の機能に近い。他の命が今後どれだけ介入しても形が歪まない機能だ。

 私のような人間が無理やり魔力比べで引き剥がさない限り、この模様維持は壊せない。結果、子を二人持った時点で、宿主は必ず五十歳で死ぬようになる。

 二十五歳から三十歳と比べて次の五十歳までの期間が長いのは、おそらくその新たな魔法陣を完成させる為に、二人目の子の時には多く魔力を消費しているのだろう。

「ムカつくほど賢いな。魔族ってのは……」

 考えを少しメモにまとめてから、苛立ちを込めて呟く。そんな私を気にするようにヘレナとシルヴィ、ナディアも視線を向けてきていたが、私はそのどれにも応えず、そして誰も何も言ってこなかった。

「ナディ、ごめん、ちょっとこれ持ってて。後でまた書くかも」

「分かったわ」

 バインダーを手渡す。ナディアは丁寧に両手で受け取って、膝に乗せておいてくれた。

「待たせてごめんね。三人それぞれの魔法陣に触れて、仕組みが少し分かったから。良い研究材料になったよ。解呪に問題は無いから、気にしなくていい」

 私の言葉に、やや安堵した様子で二人は頷いた。うん、途中で止めたから、何か問題があったのかもと思ったんだよね。無かったとは言わないけど、解呪に関わることじゃないってことくらいは先に言えば良かったな。でもまあ、今更なのでもういいや。

「じゃあ、君にはもう眠ってもらう。いいね」

 シルヴィにそう告げる。彼女は不安そうにしながらも、唇を引き締めて頷いた。私が座る逆側で、ヘレナが祈るように彼女の手を握っている。

 ヘレナが居るから、今回が一番、カムフラージュもちゃんとやらなきゃいけないね。意味も無く鳥除けの魔道具を起動させてから、シルヴィを眠らせた。

 彼女の意識が無くなったのを確認し、魔力減退の発動。

 この術を掛けているせいもあって三人の解呪に大きな違いは無いんだけど。解呪前に魔力探知で探ると少しの差があったんだよね。これが年齢差か個体差か、最初はよく分からなかった。でもシルヴィの魔法陣まで確認したところで、娘二人の術が元の宿主――ミルヴァの呪いを支える形だったことに気付けたってわけ。

 ヘレナを先に解呪して支柱となっていた魔法陣を壊してしまったからすぐには分からなかったが、最初にミルヴァの呪いを確認していたら、その場で気付いたかもしれないな。

 これもまあ、今は良いか。とりあえず記憶力の良い自分に感謝だね。この呪いの技術と知識が、今後、何処で使えるかは分からないけれど。

 さておき最後の一人。しっかり集中して解呪しなくては。

 ふう。一つ大きく息を吐き、解呪を開始した。

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