第381話_訪問
ヘレナの解呪から三日が過ぎ、朝八時。約束の場所に五人で向かえば、ヘレナが立っていた。
「おはよう。体調に変わりはない?」
「おはようございます。はい、全くありません」
タグで確認した通り、後遺症は無いようだ。良かった。ヘレナのお母さんと妹さんも、今日を乗り越えさえすれば明るい未来がありそうだね。
「それと、お預かりしていたものです」
「ああ。受け取るよ」
預けていた金貨十枚。うん、私はもう忘れていたね。そういう話だったね。受け取って、そのまま収納空間へ入れる。中身を確認しようとしなかった私に一瞬ヘレナが驚いた顔を見せたが。十枚なんて一見で分かるような枚数を抜き取るほどヘレナを馬鹿だとは、流石に思ってないんだよ。
っていうか金貨って、たった十枚でも意外と重いよね。持ってきてもらって悪かったかもな。なんて。今回の解呪が成功すれば小間使いにする子に対して、おかしな感想を抱いた。
さておき。此処からはヘレナに案内してもらって、ご家族の住んでいる屋敷に向かう。
街の中央部からは北東に外れた場所であったものの、歩くのを苦と思うほどの距離ではない。だけど中央ほど建物が密集していなくて、何だか広々としている印象を受ける。ヘレナのお屋敷も含め、辺りの家は敷地が大きかった。
ヘレナは呼び鈴も何も鳴らすことなく門を通り抜け、玄関も我が物顔で入っていく。ご家族の家っていうか自分の家のようだ。まあ元々はヘレナも一緒に住んでたって言ってたもんな。そのまま真っ直ぐにリビングと思われる部屋に通された。正面のソファには三人が居て、既に立ち上がっている。私と目が合うと、揃って深く頭を下げてきた。
「ヘレナの父、ダニエーレと申します。此方は妻のミルヴァ、そして次女のシルヴィです。ヘレナからお話を伺っております。私達の娘を救って下さり、本当に、ありがとうございました」
感謝は分かるけど、引き換えに、娘さんを隷属させる人間だぞ。と思った。まあ、別に良いか。
「解呪のリスクは聞いてる?」
「はい」
すぐに返事をしたのは奥さんのミルヴァで、あと二人も頷いていた。
緊張の面持ちながらも、覚悟の決まった強い目だった。こんな呪いを受け止めながらも四十数年を生きた人だ。心が弱いわけもないか。
「万が一の場合、アキラ様の罪とならぬよう、家族一同で秘匿する所存です。既にヘレナは救って頂きました。恨むはずもございません」
誰か一人を失っても、同じことを言うのかなぁ。『本当』というタグが出ているのに、私は何だか不思議な気持ちになった。
ナディア達に聞いたところ、この国は余程の不審死でない限り、平民の死因調査などは行われないそうだ。家族が「風呂場でなくなっていた、心臓発作のようだ」とか言えば納得されるとのこと。殺したい放題だなとちょっと思ったけど、人の噂が無いわけじゃないし、説得力のある家族じゃなかったら怪しまれて立場が悪くなったり、仕事が出来なくなったりする。勿論そこまで行くと「余程の不審死」って扱いになり、捜査の手も入る。日頃の行いってやつだね。私も気を付けよう。……私の場合は本当に殺してるケースが多いな? まあ今はいいか。
とにかく今回はそれを利用する。この家族は普通に仲が良いし、近所付き合いも悪くないようだ。彼らの言葉なら、不審がられることは無いだろう。まあ、最悪の場合だけどね。
「それと、アキラ様。家族でも話し合っていたのですが」
「うん?」
家族側に回ったヘレナに促されてソファに腰掛ける。流石に全員が座るほどの場所は無く、ナディア達にご家族が席を譲ろうとしていたんだけど、みんなは遠慮して私の後ろに立った。何故か三人掛けのソファに一人で座らされる私。一人くらい一緒に座ってくれても良かったと思う。悲しい。ヘレナの言葉の続きを待ちながら、そんなことを考えていた。
「報酬の件です。私がアキラ様に生涯お仕えすることは家族も承知しておりますし、家族も何かあればアキラ様には従う所存です。その上で」
なんかこの空気、何度か覚えがあるな。嫌な予感がするな。
「やはりお金も支払わせて下さい。一括では難しいですが、家族で協力し、何年掛かってでもお支払いしますので」
私が良いって言ってんのに。物好きだなぁ。ちょっと迷って黙ると、背後のナディアがスッと身を屈め、耳打ちしてきた。
「頂いておきなさい。無限に彼女を使う予定があるわけじゃないんだから。暇を与える時間も沢山あるんでしょう? お互いの為よ」
確かにね。『頼み事』もすぐにネタ切れしそう。私が頷いたら、ナディアがまたスッと下がっていく。
聞けば、例のクソ貴族にはヘレナ一人を診てもらうだけの為に金貨十枚を支払ったらしい。だから私には上乗せして二十枚を支払いたいらしい。支払いたいとかある? でも本来、解呪にはもっと桁違いの金額を請求されるものみたいで、家族はこれでも心苦しく思う金額なんだとか。だから、隷属する前提でこの額を払うって言うんだね。
そしてこの話でピンと来てしまったが、ヘレナ、例の貴族には『善意で格安で見てやる』くらいの甘言を向けれられ、手が届く値段だったからと思わず縋り付いてしまったんだね。足元を見られたねぇ。
「分かった。だけど折角延びた寿命を貧窮して過ごすことも無い。無理のない範囲で払ってくれたらいいよ。あんまりお金には困ってないんだ」
ただ事実を述べただけのような私の言葉に、彼らは「ありがとうございます」と言った。よく分からん。零れそうになった溜息を飲み込んで、膝を一つポンと叩く。
「じゃあ、早速始めようか。場所は?」
「客室に、寝台を置いてあります。そちらをご利用ください」
一階に一つ客室があり、その隣には応接室があるのだと言う。立派な家だな。
昔はこの客室がヘレナの私室だったそうだが、独り立ちしたので客室として利用しているんだと。なるほどね。
とにかく、客室の方には解呪の対象者と私、そして私を見張ってくれる女の子一人だけが入り、他の女の子達は応接室で待たせてもらえることになった。女の子達用の待機場所も確保してくれるとはありがたい。
「じゃ、どっちからやる?」
「私からお願い致します」
ヘレナのお母さん――ミルヴァの方が先にやるらしい。きちんと家族でも話し合って決めたことなのか、全員、表情は変わらない。妹さんはやや不安そうにしているかな。まあ、そのケアをするのは私の役目じゃないし、気にしないでおこう。
「手順は前と同じだから、みんなは応接室の方に居て」
女の子達に声を掛けると、「最初は私が傍に居るね」とリコットが隣に立った。私は少し表情を緩めて頷く。
「入ってもらったら呪いの状態を確認して、その後はすぐに催眠魔法で眠ってもらうよ。心の準備が終わったら来て」
そう告げると返事を待たず、先に客室へと入った。リコットはちらりと彼女らを見るだけで、すぐに私について来る。私の女の子達もヘレナ達に軽く言葉を掛けて、応接室へと行ったようだ。最悪の場合を思えば、短くとも解呪前に、家族だけの時間がある方が良いだろう。
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