第380話

 また、白い夢だった。

 真っ白な空間を、人影がうごめく。初めて見た時以来、ずっと見ていなかったのに。

 見えるものは、あの日と同じ。だけど妙な胸騒ぎがあった。あの日は「これは何だろう」くらいの気持ちでしかなかったはずが、今日に限って言い知れぬ『焦り』がある。時間が無いような、何処かへ行かなきゃいけないような。よく分からない、ただ、「嫌だ」と思った。

 何に対してそう思ったのかは、分からなかった。

「――アキラちゃん!」

 声に引き抜かれるようにして目を覚ます。心臓がドクドクと痛いくらいに脈打っていた。自分の呼吸音が耳に響いていやに煩い。私を呼んだのはリコットの声だった。目を何度も瞬いたら、霞んだ視界が少しずつ鮮明になって、心配そうに私を覗き込むリコットの顔が見える。

「大丈夫? うなされてたから、ごめん、起こしちゃった」

 私はリコットの言葉に「ああ」とも「うん」とも取れない曖昧な声を返した。一層、リコットの表情が歪む。隣にはルーイが居て、私とリコットを不安そうに見比べていた。

 引き戻されて、ホッとしたのか、悲しかったのかも、よく分からない。「嫌だ」と思ったのに、目を覚ました時に少し落胆のような感情が浮かんでいた。不安定だな。反動のせいかな。

「アキラちゃん、私のこと、分かる?」

 ただぼんやりとリコットを見上げてそんなことを考えていると、反応の無い私を不安に感じてしまったらしいリコットがそう聞いた。まだ返事をしてないことに気付いていなかった。少しだけ口元を緩めて、「分かるよ」と返す。ホッとしたリコットの顔が、可愛かった。

 その時、扉の開く音が響く。どうやらナディアとラターシャが帰って来たらしい。ただいまの声も聞こえてきた。

「ごはん買ってきてくれたよ、食べられそう?」

「うん、大丈夫。お腹空いた」

 私の返事にリコットは可笑しそうに、それからちょっと嬉しそうに笑った。リコットはルーイに「アキラちゃん見てて」と言って離れて行く。代わりにルーイが傍に寄った。私が身体を起こそうとすると、手を伸ばして一生懸命、支えようとしてくれる。可愛い。

「ありがとう、大丈夫だよ」

 そう告げても、ルーイは心配そうな顔のままで小さい手を私の頬に添えた。ひんやりとしている。いや、私が熱いのかな。そう思った通り、ルーイは「熱い」と悲しそうに呟いた。

「リコお姉ちゃん、アキラちゃんのお熱……」

「いや、いいから」

 ルーイは、熱を正確に測ることのできるリコットに測ってほしかったんだろうけど。あの子が測るとビンタするから、咄嗟に断ってしまった。今は寝起きなので優しくしてほしいです。

「なーに、アキラちゃん。私に触られるのが不満なの?」

 やや小声で、ルーイにだけ聞こえるように言ったはずが、リコットに聞かれてしまった。不満そうな顔でズカズカと傍に寄ってくる。その勢いでされるビンタはさぞ痛いのだろうと覚悟したところ、リコットは両腕を伸ばして私の頭をぎゅっと胸に抱き寄せた。頬に柔らかい膨らみが当たりました。それから額に、唇が優しく触れる。

「熱いね、でも上がってはいないかな。さっきと同じくらい」

「この測り方してくれるなら、いつでも大歓迎なんだけど……」

 ビンタじゃなかった上に、抱き締めてもらいました。気持ちいい。

 でも長くは抱いてくれないらしい。パッと両腕が離れる。咄嗟に傾いた私を支えてはくれたけど、私が体勢を整えたところで、温もりが離れて行く。寂しい。

 やれやれ。テーブルに移動しますか。上掛けを退けて、ルーイに背を向ける形でベッドを降りようとした。

「わっ、ちょっと、アキラちゃん!」

「うん?」

 慌てた様子でルーイが呼ぶ。室内用のスリッパを引っ掛けながら振り返った。なんだ。何があった。

「こらこら、何してんのアキラちゃん。ごはん持ってくよ?」

「あら」

 テーブルで食べる気だった。運んでくれるらしい。なるほどリコットはその為に離れたのか。トレーに私の分の食事をまとめてくれていた。ルーイは何処かしょんぼりした顔で「一瞬、目を離しちゃった……」と項垂れている。ああ、私を止め損ねたって悔やんでるのね。申し訳ない。スリッパを脱いで大人しくベッドに戻り、ごめんねぇってルーイを撫でた。

 そしてすぐにリコットが運んできてくれた軽食を食べる。私がさっき「お腹空いた」「サンドイッチ作る」って言った為だろう、ボリューム感たっぷりのサンドイッチがいっぱい。あとスープとサラダと果物。美味しい。

 もりもり食べる私のベッド脇では、リコットはスープだけを飲んでいて、ルーイは果物だけつまんでいた。

「二人はそれだけでいいの?」

「いや、まだ朝だからね、アキラちゃん……」

 そうなんだけど。今日は朝が早かったし、お腹は減ると思うけどなぁ。大きなサンドイッチの二つ目を頬張りながら、不思議な気持ちで首を傾ける。でも二人は不思議なのはこっちだって顔をしていた。変なの!

「次の解呪は二人まとめてやるの? 反動は、大丈夫なのかしら」

 食後に温かいコーヒーを淹れてくれたナディアが、カップを慎重に私へと差し出して尋ねてくる。ちなみにナディアも果物しか食べていない。お腹空かないの?

「ん~、同じことして同じ反動が出ることはないから、二倍にはならないよ」

 反動は、私の身体が魔力に慣れていないせいで出てくるものだ。だから一度出た反動が次も出ることはほとんど無い。こうして成長していくんだなぁと思うけど、しんどいので、出来たら痛くない成長にしてほしいなぁ。

 今回は魔力量としてはそんなに使っていなかったものの、魔力制御の方を酷使したからそっちの影響なのだろう。色んな側面で反動が出てくることが分かってしまい、辟易する。そろそろ自由に魔法が使いたい。道のりは長い。

 でもやっぱり高位魔法を使ったわけじゃないからか、今までと比べれば小さな反動だった。夕食時にはもう熱も下がり、身体の痛みも消えた。

 だけど念の為、翌日も魔法はあまり使わずにのんびりして。ヘレナのお母さんと妹さん用に布製魔法陣などの確認と準備をしたのは更に翌日。

 なお、約束の三日後になるまでヘレナは特に訪ねて来なかった。身体に異変があるとか予定が変更になる以外では訪ねて来ないように言っておいたので、まあ、問題なかったってことでしょう。

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