第379話_ジオレン帰還

 魔族は何の為に、あの呪いを残したのだろう。ヘレナの祖先である結界術師が憎かったのであれば更に残酷な、それこそ解呪不可能な形に組むような気がする。

 ただ、私でもなければ解呪など出来そうもない代物なのは事実である為、あのレベルで『解呪不可能』と見ていた可能性も、勿論ある。呪い内容のいやらしさから言って、彼女の祖先がただ憎まれていたという理由でも充分な説明、かもしれないが。

 解呪を進めるほどに感じていた、「私なら手を伸ばせば届く範囲にある」という違和感。

 ――、手を伸ばせば届く。

 ぞくりと寒気がして、皮膚が泡立つ。これは反動によるものだろうか。

 ヘレナに嘘は無く、これ以上の裏は無いだろう。だけど子々孫々を呪った魔族には、ただ憎いという感情ではない何かの思惑があるように思えて仕方がない。根拠の無い、ただの直観。長い時間ずっと神経を研ぎ澄ませてあの魔力に触れてふと感じただけ。逆にそんな状況だったせいで変な思考……いや、一種の不安か。それに囚われてしまっただけなのかもしれない。

 魔力の感触が残る今の内に、何か探れることがあればと思ったけど。あの魔力を反芻してみても得られる手掛かりはもう無さそうだ。

 とりあえず考えをメモに軽く書き出して、一つ息を吐き出す。

 そろそろ身体も痛くなってきた。時間切れだな。立ち上がる前に、ベッドに敷きっぱなしだった布製魔法陣を回収する。

「帰ろうか」

 椅子から立ち上がって振り返ったら、ナディアはずっと同じ場所で立ち、私を待っていた。

 そんな彼女を促して一緒にテントを出ると、今度は他のみんなまで目の前に勢揃いしていて軽くぎょっとする。もう一度、みんなに向かって「帰ろうか」と言う。みんなは心配そうに頷いていた。

 テーブルに出していたお茶などはもう片付けてくれたみたいだ。話が早い。さっさと収納空間に取り込んだ。そして「飛ぶよ」と一声掛けてから、宿の部屋へ直接転移。

 飛ぶ前に言わないと怖いって以前に訴えられていますのでね。急いでいる時ほどきちんとしないと後が怖い。

「はー。お風呂入ってくる~」

「え」

「アキラちゃん、大丈夫? 反動……」

 帰るなりそう呟いて浴室に向かう私を追い掛ける、戸惑った女の子達の声。

「平気。そんなに大きいのは出てないし。めちゃくちゃ汗かいて気持ち悪いや」

 いつの間にやらパンツまで汗でびっしょりよ。緊張したからなぁ、解呪。

 そのまま、みんなの反応を待たずに私はとっとと浴室に入った。後から怒られそうだなとかは、もう分かるようになってきていますが。入りたいからお風呂を優先しちゃう。

 いつもよりのんび~りとお風呂を済ませて上がった。するとみんなの振り返り方が臨戦態勢だった。怖い。

「あ」

「なに」

 浴室の扉から出て一歩進んだ瞬間、声を漏らして立ち止まる。ナディアはその前に何か言い掛けていたようだったが、私の挙動にそれは飲み込んでいた。

「みんなもしかしてお腹減った? 朝ごはん早かったもんね。何か――」

「良いから」

 呆れた顔をされました。

 でも朝の五時前に起きてご飯食べて、五時半ごろに森に行った。今は九時過ぎ。私はお腹が減りました!

「よーし、じゃあ私はサンドイッチでも作」

「待ちなさい」

 言ったのはナディアなのに、立ち上がって私の身体を押さえるように腕を取ったのはリコットとラターシャだ。両脇を、固められている。

「何この、連行前の状態」

「アキラちゃん、もう休んで」

「お腹空いたなら、私達が何か買ってくるから」

 彼女らと同時に立ち上がったルーイだけ一人違う方に歩いて行ったので視線で追うと、無言で私のベッドを整えている。連携プレーがすごい。仲良しだね。私も仲間に入れて。

 そしてナディアが合図するように頷いた瞬間、両脇の二人にずるずるとベッドに連れて行かれた。ウワァー。

 ぎゅっとベッドに押し付けられ、丁寧に上掛けを被せられる。小さくて愛らしいルーイの手で綺麗に整えられた上掛けを、乱せるわけがないじゃないですか。全てを諦め、大人しく留まった。

「アキラちゃん、触っていい?」

 え、何処をですか。リコットはゆっくりと私の顔に手を伸ばしてきた。いつもはビンタするくらいの勢いで容赦なく熱を測ってくるのに――と思ったけど。そうか、さっき私が拒絶したからだ。「いいよ」「さっきはごめんね」って言ったら、頬を撫でるように柔らかく触れてきた。

「結構、高いよ?」

「ありゃ、そう? でも元気だよ」

「だけど高いのなら悪化するかもしれないでしょう。大人しくしなさい」

「はい」

 みんなにベッドを囲まれているのでもう逃げようも無いですよ。いや逃げたい気持ちも特には無いんだけど。言い付け通り、このまま寝ようと身体の力を抜いた。

「とりあえずスープや果物みたいな軽いものと、サンドイッチ、両方を買ってくるね」

 食べられるならサンドイッチ食べて、無理なら軽いものを食べろってことかな。私はまた従順に「はい」と答える。

 女の子達は話し合いの末、ナディアとラターシャが買い出し、ルーイとリコットは私の見張りに決定していた。

 別にそんなガチガチに固めなくっても大人しくするのに。と思いつつも、口は挟まない。これ以上もう怒られないようにと目を閉じておく。お腹は減ってるんだけど、少し眠くなってきたかも。

「……リコ」

「うん?」

 自分で出そうと思ったより小さな声が出てしまったが、リコットはすぐに反応して、みんなも、しん、と口を閉ざした。目を閉じているのでよく分からないけど、私の小さい声を聞こうとリコットが身体を寄せてくれた気配がする。

「ごはん、来たら、起こして」

「ふふ。分かったよ。おやすみ」

 今の私が眠ってしまえば、起きるまでみんな放置しそうだから。でも私はごはんが食べたいので。リコットの返事にありがとうを言おうとしたはずだったのに、声にならないまま、眠り落ちた。

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