第378話_見送り
一度、ゆっくりと首を横に振る。
「本命は君のお母さんと妹さんだから、まだ気が抜けない。でも、解呪は可能だって今回、証明できた」
ただ、分からない要素もまだ残っている。ヘレナより長い年月その呪いを身に宿しているお母さんはもっと深いかもしれないし、妹さんがまだ成長期なら、魔力回路はもっと傷付きやすいかもしれない。そのことも、ちゃんとヘレナには説明した。
とりあえず妹さんは今、十八歳だそうだ。うーん、それなら、成長期と言うほどでは無いのだろうか。正直に言うと二十歳以上だともう少し安心できたんだけどな。
「それと、痛みが出るのは解呪中だけであって、解呪後には残らない。これを確認できたのが一番大きい。二人には、最初から催眠を掛けるよ」
麻痺は全く効果が無いようだから、もう要らないね。次回に必要なのは催眠と、魔力減退の術だけだ。相殺のやつと違って魔力減退の布製魔法陣は吹き飛ばないから、これは再利用が出来る。もう一回魔力は入れ直さないといけないけど。あとは……何よりも疲れ果てている、私の回復が必要か。
「二人の解呪は、三日後以降にお願いしたい。思ったより魔力を使ったから」
本当は体力の消耗と反動の問題であって、魔力ならあり余っているんだけどね、ヘレナがそれを知る必要は無いので誤魔化した。むしろ「まだ大丈夫」って言う方が今は疑問を抱かれるだろう。ヘレナは疑う顔など全くせずに、頷いている。
「承知いたしました。その間、私は家族に解呪のことを説明しておきます」
「そうだね」
今回はヘレナが死ぬ可能性もあったから家族にも黙っていてもらった。でも流石にヘレナの家族のお宅にサプライズ訪問して「今から命の危険がある解呪をやりまーす」とは言えないので。そんなのテロじゃん。私が訴えられないよう、事前にきちんとヘレナからご説明して、諸々の了承を得ておいて下さい。
「ああ、そうだ。順番も決めてもらってね」
怖いことだから、お母さんは『自分が先』と言うかもしれないし、もしくは娘を優先と言うかもしれない。ただ、先にやるか後にやるかで、危険度が上がったり下がったりするものではないことだけは強調しておく。
「二人についても、万が一の場合は私が罪人にならないように配慮をお願いするよ。当然、最善を尽くすけどね」
「はい」
場所は、ヘレナのご家族が住む屋敷の中。
三日後の実施で問題無ければ、当日の朝八時に宿の近くにヘレナに来てもらって、案内を頼む。日程を延期する場合はまた手紙を届けてもらう。おそらくナディア達も来るから、その同意も取ってもらう。つらつらとお願いを並べてから、控えていた私の女の子達の方を振り向く。
「来るんだよね?」
「ええ」
一応確認したら、全員が頷いた。懲りないねー。とか言ったら怒られそうだから飲み込んだ。でもご家族と一緒に待機しているのは気まずくならないのだろうか。うーん、まあ。その辺りは、当日に考えたらいいか。
「それからヘレナ自身も、自分の身体のことは注意深く様子を見ていてね」
時間が経ってから後遺症が出ないとも限らない。タグが後遺症なしと言うのだから、大丈夫とは思っているけどね。何かあれば私の宿に来ること。もしくは誰かを使って伝言を寄越してもいいと言うと、ヘレナは少し考えてから、一つ頷く。
「解呪の説明の為にも、今日から家族と共に過ごすようにします。万が一の時は、家族が伝言に伺うかもしれません」
なるほど。一人暮らしだったら、倒れても分からないもんね。賢明な判断だ。私も頷いた。
「分かった。誰でも構わないし、緊急と思えば隠さずにおいで」
「ありがとうございます」
これで今日すべき処置と話し合いは終了。解散だ。
「私達は此処を片付けてから戻るから、ヘレナは先に街へ戻って。森を出るところまでは送っていくよ」
本当の理由は転移魔法を見られたくないから、先に帰ってほしいだけだが。
それと、もうヘレナに対して私が殺人犯になることは無いし、森で一緒に居るのを誰かに見られても大丈夫。ぎりぎりのところまで送ることにした。家族さんの方は、まあまた別の方法で考慮するとして。来た時と同じ道順でのんびり歩いて送っていく。またナディアが一緒に来てくれた。
「じゃあ、気を付けてね」
「はい、ありがとうございます」
別れた直後はヘレナが気遣わないようにと森に入って身を隠したけれど、彼女が東門を潜って街に入るまではこっそりと見守った。折角あんなに大変な思いをして助けたのに、滅多に入り込んでこないはずの結界影響内で魔物に食われたとかあったら全く笑えないので。
「アキラ」
「うん?」
見守りを終えて踵を返すと、ナディアが私を呼んだ。足を止めて、彼女を振り返る。
「大丈夫?」
「……もう少しはね」
今更、隠しても仕方がないから、正直に答えた。身体にはもう反動が出ている。あと少しは大丈夫だが、逆に言えばあと少ししか保たないだろう。暗に意味したことも、ナディアには伝わっているようだ。軽く眉を顰められてしまった。
しかしそんな状態でありながらも私はみんなのところに戻ると、帰り支度をする前にテントに向かう。
「ちょっと待ってね」
後ろを歩いていたナディアに短くそう断りの言葉を告げ、中に入り込んだ。
「どうしたの……」
「少し待ってて、ごめん」
戸惑いながらナディアも追ってテントに入ってきたようだ。しかし時間が無いので説明は省く。無人のベッドに身体を向けて座った。そしてついさっきまで行っていたあの解呪のことを反芻する。
体内の魔力回路へと伸びる呪いの魔力、私が『足』と呼んだアレを一本ずつ自分の魔力で支配して、魔力回路から引き剥がすように抜き取っていた。支配する範囲にヘレナの魔力回路を少しでも含めてしまうと魔力回路を傷付けてしまうことになり、命に係わる。太い血管に巻き付く糸を針の先で取るみたいな恐ろしい作業だった。
だが、不可能ではなかった。慎重に丁寧に進め、力加減や魔力制御を誤らなければいい。もし、あれがもっとヘレナの魔力回路と『一体化』していれば。おそらくは手の施しようが無かっただろう。
私が気になるのはそこだ。そのように呪いを『組めなかった』のか、それとも、『組まなかった』のか。
瞬きの瞬間に微かに視界がぶれたけれど、この違和感をこのままに出来ない。せめてもう少し、記憶が鮮明である内に思考を整理したかった。
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