第374話

 解呪に関する説明は終了。一応、何か気になることはあるかと聞いたが、ヘレナは特に無いと言った。

「あと報酬の話なんだけど。口約束だけになるのはお互いにとって良くないと思ってる。でも、隷属を契約させるようなことは流石にしたくない」

 この説明に、少しだけヘレナは不思議そうな顔をしたように見えた。取引の条件であった『従う』ことを、私が「契約したくない」と言うのがまるで理解できなかったんだと思う。あくまでも私の感情的な部分で、理解してほしいわけじゃないから、まあいいや。

「ってことで、魔法を使った契約を、二つだけ結んでほしい。一つ。私に嘘を吐くことが出来ない。もう一つ。私が探そうとしたら君の居場所が分かる」

 元々私には彼女の嘘がタグで分かってしまうが、タグを説明したくなかったので、そもそも嘘が吐けない契約を結んでもらおうと思った。それから居場所の方は、エルフの血の契約だけじゃなくて守護石の応用も含まれる。彼女の血そのものと私が契約して、居場所を把握する仕組みだね。

「勿論、君とお母さんと妹さん。全員の解呪が終わってからだけどね、これは」

 なので今日ヘレナと結ぶべき契約は何も無い。でも後から私が法外な請求をしないって証明の為にも、覚書は私のサイン入りで作っておいた。ヘレナはそこに書かれた内容を改めて確認して、「あの」と少し上擦った声を出す。

「これだけで宜しいんですか? 場所が分かるだけでは、従わせる為の強制力が無いのでは」

「無いね」

 真面目なヘレナらしい感覚と言うか、前の貴族様のこともあって、彼女からすれば私の対応は温く思えるのだろう。

「たださっきも言ったけど、強制的に隷属させるのは気分が悪い」

 私は、ヘレナに甘くするつもりでこのような措置を取っているわけではない。ナディアにも説明したけどね。

「これは私の勝手な感傷だよ。とりあえず君は自分の意志で私に従ってくれたらいい。従うでしょ?」

 無茶苦茶な要求だなと自分でも思う。けど。嫌なもんは嫌だ。

 しかし口約束って点をナディアも心配してるみたいだし。とりあえず逃げられないようにだけしておこうと、居場所の把握を契約させることに決めた。

 ヘレナも戸惑うだろうなとは思ったし、数秒間は想像通りに戸惑っていた。でも彼女は思いのほかあっさりと飲み込んで、了承を示して頷く。

「この呪いから私共をお救い下されば、自ずとそうなります。どのような契約でも、私は構いません」

 なんだかな。……まあいいや。

 とにかく、解呪前に話すべきことはこれで全部だ。

「始めようか。どれくらい時間が掛かるかも分からないから、その辺りも実験ってことで」

「はい」

 そこで私は一度、後ろに控えていた女の子達の方を振り返る。

「みんなは外に出てて。集中しなきゃいけないから」

 ヘレナ本人にも言ったが、彼女を見世物にする気は無いし、私が黙々と解呪するところなんて見ていてもつまらないだろう。今回は他の解呪と違って、時間も掛かると思っている。なので事前に食糧や飲み物も沢山、テーブルの近くに出してあった。仮設トイレもね。しかしみんなは素直に頷かなくって、何か言いたげな顔で留まってしまう。最初に口を開いたのは、ナディアだった。

「……何時間かかるか分からないものを、状況を掴めない私達にひたすら待っていろと? 誰か一人だけでも、付いていてはいけないの?」

 うん、まあ、それは確かにそうだな。

 彼女の言うことは尤もだ。理解はできる。それでも、私は少し迷った。その反応を見止めて、ナディアが眉を寄せた。

「他にも何か不都合があるの?」

「『私に』じゃないよ。……さっきも言ったけど、痛みを伴う解呪になるかもしれない。でも状態を確認する為、私は即座にその痛みをヘレナから取ってあげられない可能性がある」

 説明する私をじっと見つめるみんなは、私が言わんとしていることがまだ分かっていないらしい。表情が変わっていない。察しの良い彼女らにしては珍しいことだ。もしかしたら私の心の問題だと勘違いしていて、それを見付けようと気を取られているのか。私が心配なのは、君達の方だよ。

「その状況を、本当に見ていられる?」

 一拍置いてから、みんながハッと息を呑んだ。

 音は、そもそも遮断する気だった。悲鳴が外まで響いたら、他の人にも聞かれてしまう可能性が出てくるから。だけどテントの中に入るなら、痛み苦しむ彼女をその目にすることになり、悲鳴も聞くことになってしまう。

 それをただずっと聞き続けて平気でいられるほど、君達は非情な心を持たないでしょう。私は誰にも、そんな我慢をさせたくなかった。

 当然、みんなは返答を躊躇っていた。けれど外で待ち続けるという選択肢はどうしても取れなかったのか、ナディアが覚悟を決めた顔をした。

「私が」

「あー、ダメ。ナディ姉、私が付くよ」

「……リコット?」

 その勢いを、リコットが横入りで挫いている。私もびっくりして、二人のやり取りをそのまま黙って見守った。

「ナディ姉は、ダメだよ。だって辛くなっても降参できないもん」

 なるほど。その指摘を私も尤もだと思ったし、ナディアも一瞬、反論できずに黙る。どんなに苦しく感じても、妹達に代わってほしいとナディアが言えるはずがない。ナディアが入るなら、絶対に最後まで一人で耐えなければならなくなる。リコットはそれを嫌だと思ったんだね。

「私が入る。もう無理だって思ったら、その時はお願いするから」

「あなただって……」

「お願いナディ姉。頼りにしてるから、先に頑張らせて」

 でも、そんなナディアだからこそ、やはりこの役目をリコットへ任せるのは気が進まないようだ。了承できずに、再び沈黙した。

「リコは嘘を言ってないよ、ナディ」

 誰も付かなくていいって言っても、もう聞いてくれないだろうから。とりあえず二人の話し合いが進むように私は軽く口を挟む。

「あと、時間でも交替したほうが良いね。何時間も掛かるかもしれないし」

「あ、そっか。そうだね」

 助け舟と感じたのか、リコットがぱっと私の方を振り返って少しだけ笑みを浮かべ、そしてナディアに向き直った。口を挟んだことをナディアからは睨まれるかなと思ったものの、彼女は難しい顔でやや俯いたままだった。

「一時間で交替。もしくは辛くなったら交替。ね?」

 最終的には、ナディアも渋々であれ、了承した。結果、テントの中にはリコットだけが残ることに。軽くヘレナに「ごめんね」と囁くが、ヘレナはいつもの様子で「構いません」とだけ言った。

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