第372話

 ナディアは引き続き真面目な顔で、言葉を続ける。真剣な横顔が可愛い。脱線しそうになっている自分の思考を押し留め、ちゃんと聞いた。

「彼女もギルドに居るのだから、情報は抜きやすいでしょう。ちょっと確認して記憶して、あなた個人に報告する程度、大きなリスクは無い気がするわ。書類を持ち出すわけじゃないのだから」

 言われてみれば、確かにそういうのも有りだな。ゾラは支部の統括って立場と権限で調べられることはヘレナより広いだろうけど、距離が離れているせいでどうしても情報は遅れてしまうし、あんまりまだ冒険者ギルドに恩を売ってないので気軽に頼み事もできない。

 しかしその点、ヘレナなら。今回の件が成功すればかなり頼みやすく使いやすい。ナディアの言う通り、変に危ない情報まで掘らせないようにしておけば、末永く頑張ってもらえそうだ。

「今回、利点が全く無いでしょう。断る方に損失があるから仕方なく受けるだけ。でもそれじゃ気に入らないじゃない」

「あはは」

 口にせず私が飲み込んだ不平不満を、代弁してくれている気がする。思わず笑ってしまった。

「少しでも多く、彼女から得られる利を探しましょう。そうね、誰にでも出来そうな雑用や調べ物も、彼女にさせればいいわ。この街に詳しいなら、『こういう店を探しておいて』とか」

「あー。確かにそれは助かるなぁ」

 自分の足で探す楽しみっていうのも勿論あるけれど、そこまでする必要の無いものなら、彼女をパシリにしてしまえば良いらしい。そうだね、別に小難しい『任務』を考える必要は無いんだよね。

「大いにこき使いましょう」

 ナディアは締め括るようにそう言って、不快そうに溜息を吐く。どうやらこの子が苛立っているのは私にではなく、ヘレナがこの件を私に持ち込んできたことそれ自体らしい。優しいご立腹だ。

「当日は、来るの?」

「……そのつもりよ。リコット達は行きたいようだし、私にも居てほしいと言われてしまったから」

 言い方から、ナディア自身は気乗りしていないのが窺える。そんなに彼女を煩わせてしまうことなのか。普段は極力、自分の目で私を見張ろうとしているナディアにしては珍しいことだ。でもそれだけ今回は『嫌』なのかと思うと、少し心配になった。

「それが無かったら、来たくなかった?」

 ナディアがそこまで嫌だって言うなら、あんまり無理はさせたくない。私からリコットに言って、ナディアの付き添いを我慢してもらうことも考えよう。そう思いながら口にしたら、自然と優しい声が出た。一瞬だけナディアは、頼りなく眉を下げる。すぐに俯いてしまったので、よく分からなかったけど。

「迷ってはいたわ。私はきっと、ヘレナさんに優しく出来ない」

「……そっか」

 それを我慢から、行きたくないと思ったんだね。

 やっぱりこの子は優しいんだと思った。ヘレナに対してじゃないかもしれない。だけど、ヘレナの解呪を請け負った私や、ヘレナを『可哀想だ』と思えるだけ優しい他の子達を、無下にしたくなかったんだ。俯いたままのナディアの後頭部を、柔らかく撫でた。

「程度が酷ければ流石に止めるかもしれないけど、嫌だと思った気持ちを外に出すなとは言わないよ。……代わりに怒ってくれて、ありがとう」

「お礼を言われるようなことではないわ。これは、私の感情よ」

「分かってる。でも、嬉しかったから」

 ちらりと視線だけで私を窺ったナディアは、少し返答を迷った後で「そう」とだけ呟く。

 彼女の頭を撫でていた手を少し下ろして、腕を引いた。同時に彼女の方へ近付く私の意図を察したナディアは、ひどく呆れた表情をしたけれど。そのまま私の脚に手を置いて、引かれるままに身を寄せてくれた。でもまあ、口付けは触れるだけの控え目なやつで。以前リコットに余計なことをしてめちゃくちゃ怒られていますのでね。

「好きだよ」

「……ベッドだけでいいわ、そういうのは」

 その時なら聞いてくれるってことかなー。と思ったけど、言ったら今度は正面からグーで殴られそう。黙ってニコッと笑うだけにしておいた。

「とりあえず、何らかの利を得る為にも、解呪の確率を上げることを考えるよ」

 失敗しちゃったら元も子もないからね。

 そう思ってもさっきまではうんざりしていたんだけど、今はナディアも一緒に悩んでくれるって分かったから、少し気が晴れたかもしれない。

「あまり根を詰めないでね。彼女が死んでも、気分が悪いだけで実害はないのだから」

「ふふ」

 私の心が落ち込まないように、敢えて冷たい言い方を選んでくれているらしい。彼女だって冷たい人じゃない。もしもそんな事態になったら、本当に悲しむ人だと思う。でも、だからこそ頑張れるよ。巻き込んでしまった申し訳なさはあるが、ヘレナの為よりもやっぱり、心から大切に思う君達の為の方がね。

 ちなみにこうして優しくされたせいか、この日の夜から私はちゃんと眠れましたので、リコットに添い寝をお願いしたのは前日だけ。問題無く、しっかりと休息が取れた。リコットの寝かし付けが心地良くて疲れも全く無い。

 そうして迎えた四日後。早朝六時。

 街に人の出入りが少ない時間を選び、ヘレナには出てきてもらった。森で薬草を摘むならその時間帯に出ることは特におかしくもない上、東門には門を守る兵士が居ない。門の開閉時にだけ係の兵が来て、あとは無人だ。だから私も東側の森を選んでいた。

 私と女の子達は勿論、宿から出ることなく直接、転移魔法で移動している。私達はそもそもが目立つので、念には念を。

 ヘレナは約束の時間ぴったりに、森の中に入り込んできた。私達と違って彼女は一切の自衛手段を持たない。此処がまだ結界の影響内で、魔物は居ないはずだと頭では分かっていても、きっと恐ろしく思っているだろう。足取りは何処までも慎重で、不安そうだ。可哀相とは思いつつ、もう少し進んでくれるのを待った。

 そんな彼女の一挙手一投足を知っている私は今、彼女のことを近くで見ている。接触のタイミングを計っているだけだ。流石に魔物が来たら守る意志はあるよ。解呪前に別件で死なれるとか、寝覚めが悪すぎるからね。

 そろそろかな。もう少しかな。人目に付いては困るから、あともうちょっと深く入っておくれ。頑張れ~。

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