第370話

「私はそれで良いと思うけどなー」

 少しの沈黙を、明るい声で破るように、ルーイが言った。

「ヘレナさんが可哀想な人なのは分かるけど、私達はアキラちゃん側に居るんだし、ちょっとくらい怒ってもよくない?」

「ふふ」

 彼女の言葉に、ラターシャが堪らず笑う。そして、同意を示して一つ頷いた。

「そうだよね、アキラちゃんが言うみたいに、ヘレナさんがしたことは越権行為で、悪いことだよ。追い詰められてたからって許されていいわけじゃない」

 ナディアからすればラターシャがこのように言うのは意外なことだった。彼女は誰よりも無垢で優しく、厳しいことを言う子では……もとい、アキラ以外に対して言う子ではないから。少し目を瞬いたナディアを一瞥し、リコットもまた、頷いた。

「お金が無い件だって、そもそもギルドに相談すりゃいいじゃんね。ガロさんなら無下にはしないよ。ちゃんと一緒に考えてくれるでしょ」

「……そうね。事情があったとは言え、色々と都合よくアキラを利用しようとしたのは事実よ」

 一度抑えた怒りがぶり返したのか、ナディアは声を低くしてぎゅっと眉を寄せる。

「アキラちゃんはそれも分かってるんだろうね」

 優しい声でリコットがそう続けたのは、アキラに対する優しい想いであり、此処に居る女の子達への優しさでもあった。

「ただ、呪い自体が本人のせいじゃないのと、家族を守りたい気持ちは理解できるから、言うに言えないって感じ?」

「……甘い人間じゃないなんて、よく言えたものね」

「あはは、本当に」

 甘くないのなら、ヘレナを卑怯だと糾弾すべきだった。解呪のことも、自分には関係が無いと断ってしまえば良かった。二年後にヘレナとその家族がどうなろうと知ったことではないし、この街を離れればもう耳に入ることも無いだろう。

 だが、そうして切り捨てられないから。アキラはやはり何処までも甘いのだ。

「終わったら慰めてあげよ~っと。……どんな結果でもね」

 リコットの思う方法での慰めが、その時のアキラにどの程度の効果があるかは分からない。しかしそれぞれには役割というものがあり、リコットは自身の役割を挙げるとすればこれなのだろうと――まだ眉を顰めたままの長女を横目に、考えていた。


* * *


 二日後、ヘレナから予定を知らせる手紙が私に届いた。差出人は事前に決めていた男性名になっている。これならヘレナが直接届けたとしても、ギルドの仕事で届けたようにしか見えない。当然これも、万が一の場合に私へ疑いが掛からないようにする一環である。

「四日後」

 私は短くそう言って、お茶をしていた女の子達のテーブルに手紙を置いた。みんなもそれぞれ覗き込んで、記載内容を確認している。

「私達も付いて行くよ。邪魔はしないから」

「全員?」

「うん。だめ?」

「良いよ」

 みんななら、そう言うと思っていたから、驚いてはいない。ちょっと心配にはなるけどね。まあ、もしダメだった時は、みんなには遺体を見せず、結果だけ言えば良いか。気は重くなるかもしれないけど、目の当たりにするのとしないのとでは、気持ちが違うと思う。

 ラターシャの目の前で人を二人も焼いておいてこんな気遣いは今更かもしれないけれど。日々、善処しているんですよ、私だって。多分。

 さておき。四日後に向けて準備を進めておかないといけないな。念の為、魔力の補助に使えるよう魔法石も増やしておこう。それから、解呪の成功率を上げる為の術の用意だ。あとは――ああ、当日の体調を万全にするのが最優先か。

「あのさー、どっちかさぁ」

 机に向かっていた私は身体を反転させ、テーブルにいた四人に声を掛ける。

「誰と誰よ」

 ナディアから的確なツッコミを頂き、少し笑いながら「ナディとリコ」と付け加えた。

「前日、添い寝してくんない? 上手く眠れなくて寝不足になったらちょっと困るから」

 どうやら私は寝かし付けられるとすぐに眠り落ちてしまうようなので。何も無くても寝られるとは思うものの、念の為ね。

 ナディアとリコットは短く顔を見合わせて、再び此方を向いた。相談するわけじゃないのね。

「私はいいよ」

 先に軽く答えてくれたのはリコットだ。ナディアは予想済みだったのか、ちらりとリコットを見たものの、驚く顔は見せない。

「私も構わないけれど、リコットにお願いしようかしら」

 リコットが了承した時点でナディアは無言を貫くかもしれないと思ったが、存外優しい回答をくれた。まあそれでも辞退なんですけど。リコットもそれが面白かったのか、口元が緩んでいる。

「じゃあ私でいい?」

「うん、ありがとう、リコ。お願いするよ」

 これで寝不足対策と体調管理はばっちりのはず。話は終わった――と、また机の方を向いたんだけど、リコットが軽快な足取りで近寄ってきて、勢いよく私の背に抱き付いた。

「おわ」

「今日からでもいいよ~? 色々考えて、気が張っちゃうんじゃない?」

 何という優しい提案をしてくれるんだこの天使、いや女神は。バックハグをされているから抱き締め返せない。代わりに前に回る腕をゆっくりと撫でた。

「そんなに連日寝てもらったら、癖になって離せなくなっちゃうかも」

「まあそれはまた考えるとして~」

「えぇー」

 そこは毎日寝てあげると返してくれるところ――そんなわけないか。はい。調子に乗りました。

「今日は一人で頑張ってみるよ。上手く寝れなかったら、明日以降、お願いするかも」

「うん」

 頷くついでなのか、リコットは私の頭に頬を擦り付けてから離れて行った。相変わらずこの子のスキンシップは甘ったるくって、優しい。

「よーし、やる気出てきた。がんばろーっと」

 机に向かって一人呟いて、改めてヘレナの魔法陣を転写したメモと向き合う。

 本当に厄介な代物だ。普通の魔法陣なら布製魔法陣で相殺できるけど、あれを使ったらヘレナの身体がはじけ飛んでしまう。

 ナディア達の身体にあった焼印の方の解呪に近い。でも、あれは魔力回路の動きをせき止め、封印をしていただけ。アーモスに掛けられた腕輪も原理が同じだ。魔力回路にしっかりと巻き付いているヘレナのやつはもっと複雑で、慎重に抜き取らないと魔力回路を傷付けてしまうだろう。

 普段、反動を喰らっている私の魔力回路は、傷までは付いていない。負担が大きかった、それだけだ。それであんな酷い症状に毎回苦しめられているのだから、傷なんて付いたら一生の障害を残す可能性もあるし、最悪は本当に死ぬと思う。

 慎重に魔力回路と魔法陣の魔力を探り、一か所ずつ制御を奪い、引き離す。今までみたいに一気に力比べしてドーンってやったらダメってこと。嫌だなぁ、細かい作業は嫌い。

 練習のしようも無いし、まずはヘレナの身体を実験台にして、彼女のお母さんと妹さんはすんなり出来るようにしなきゃいけない。彼女だけが助かっても意味が無い。

 はあ、考えるほど、嫌んなるな。

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