第369話
「まあ、いいや。とりあえず、ヘレナから連絡が来たら私は少し外出するから」
解呪に成功できれば、後日またヘレナのご家族の解呪にも行かなければならない。そういう外出が今後あることだけは、伝えておかなければ。さっきリコットも言ったけど、私は一人歩きを許されていませんのでね。
「……ヘレナさんが助かるかどうか、本当にアキラちゃんでも分からないの?」
「分かんないね」
言い辛そうに尋ねてきたラターシャに私はあっさりと答える。ラターシャは悲しそうに口を噤んでしまったが、気休めを言える状況ではない。
さっきは宥める為にラターシャの背を撫でていたリコットの手が、今は慰めるみたいによしよしと動いていた。本当は私が保護者で、もっとラターシャの気持ちを考えた言い方をしなきゃいけないんだよな。何とも言えない情けない気持ちが湧き上がり、みんなに聞こえないように小さな溜息を吐く。
「アキラちゃんの機嫌が悪いのは、そのせい?」
不意にリコットから続けられた質問は、私にとっては予想外のもので。機嫌が悪いつもりは全く無かったから、びっくりしてしまった。目を瞬くと、リコットが少し首を傾ける。
「ヘレナさんの呪いのことを喋る時、なんか突き放すみたいって言うか、言い方がキツイなって思ってさ。怒ってる?」
「あー、いや」
意識的なものではなかったけれど、言われてから思い返し、そうだったかもしれないと感じた。
「怒ってないよ。むしろ、何とも思わないようにしてる」
だからいつになく淡々と説明してしまったんだろう。それが怒っているように聞こえてしまうのは、つまりまあ、普段の私の喋り方が如何に呑気なトーンかって話なんだけどさ。
「こういうのは、感情移入するとあまり良いことが無い。焦って手元が狂うとか、判断を誤るかもしれないし。何より、失敗した時に後を引くのがごめんだね」
最後の理由が一番の理由だってことは、この子達にはきっと筒抜けだろうな。
「ただの『仕事』だ。成功すれば、私には『都合のいい駒』がもう一つ手に入る。失敗すれば少し後処理の手間が掛かる。それだけ」
みんな、黙り込んでしまった。優しい子達からしたら、冷たく聞こえるのかもしれない。だけど私はこれ以上この件に、心を砕きたくはない。
「……私は二度寝するよ。あんまり寝てなくてね」
眠れなくて早起きしたんだけど、今なら少し眠れそうな気がした。話すことでちょっと気が抜けたのか、もしくは気持ちの整理が付いたのか。何にせよ一旦この話は終了。私がテーブルから離れても、誰も引き止めることは無かった。
しっかり休んで頭をリセットして、呪いと呼ばれるあの厄介な魔法陣について、改めて考えることにしよう。
* * *
二度寝に成功したアキラの寝息が聞こえ始めた頃。リコットは彼女を窺うように軽く視線を向けてから、声を落とした。
「やっぱり、怒ってる気がするんだけど」
「うーん……」
本人はそれを否定していたものの。どうしてもリコットにはそれが信じられないらしい。ラターシャとルーイが、何とも言えない顔で首を傾ける。
「私は少し腹が立つから、怒っていると言われた方が納得できるわね」
そう続けたナディアの声は、静かであったものの、誰が聞いても分かるほど明らかに怒りが込められていた。
「あんな話を聞いてしまったらもう、どうしようもないじゃない。無視すれば数年後に亡くなるんでしょう。かと言って確実に助けられるかは分からない、もしかしたら自分が手を出したことで逆に死期を早めるかもしれない。……何を選んでも気分の悪い話だわ」
最後はもう吐き捨てるかのようだった。ラターシャとルーイは彼女の怒りに少したじろぎ、口を噤んでいる。リコットはそれぞれの様子を見守って、苦笑を浮かべた。
「全部が上手くいって解呪成功~ってなる以外には、どうしたってアキラちゃんに傷が残るってことだよね」
断れば、ただの見殺し。応じても、もしかしたら自分の手で殺してしまう。アキラは『呪い』という言葉をヘレナから聞いてしまった時点で、退路が断たれてしまったのだ。
「その上、助けたってほぼメリットが無いのよ。彼女がアキラに隷属したとして、権力も武力も無いただの一市民が何の役に立つの? お金も身体も求めたくないから、アキラはそれを対価にさせただけでしょう」
もしもアキラがもっとヘレナに女性としての興味があり、ナディア達を得る時のように前のめりに奪おうとしていたなら話は違ったのだろうが。どうやらアキラは、そこまでヘレナという女性を求めていない。当然、アキラはお金にも全く困っていない。
対価として彼女から得たいものが何も無くて、だけど解呪は引き受けなければならなくて。苦し紛れに選んだのが、ヘレナを今後『新たな駒』として使う、それだけだった。それも別に『必要』なわけではないのだろうから、アキラは結局、負担だけを得てしまった形になる。
ナディアは苛立ちを露わにした後、長い溜息を吐くと、項垂れるように俯いた。
「……私、当日どうしようかしら」
「付いて行くかどうかってこと?」
「ええ」
話を聞く限り、来週にはおそらくアキラがヘレナの解呪に行くのだろう。彼女らはそれまでに、その場に付き添うかどうかを決断しなくてはいけない。
「来てよ。ナディ姉が居ないと不安。何かあった時、私パニックになるかもしんないし」
リコットは自分が行くことを決めている。その上で、ナディアに一緒に居てほしいと願っていた。当然、ナディアが彼女からの切実な願いを、断れるわけもない。
「あなたが、そう言うなら」
やや困った表情ではあったけれど、小さく唸りながらそう言った。
「ナディアは、どうして迷うの?」
「……腹が立っているから」
「それは、ヘレナさんに?」
ラターシャの言葉にナディアは重たく頷いた。何処かばつが悪そうな顔をしているのは、他の子らがナディアほど怒っていないと感じるからだろう。
「睨むか、毒を吐くかしそうよ」
続けた言葉も懺悔するように静かで低い。ナディアはあまり、怒りを抑えるのが得意ではないらしい。いや、娼館や組織に囚われていた頃はどんな怒りも飲み込んできたのだろうから、これも彼女が地獄から解放され、自由を得たからこその変化なのだろう。
ただ今回に関しては、ナディアはそんな変化を、不都合と思うだけで。
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