第368話

 だけどあんまりよくは眠れなくって。いつもより少し早く起床して、のんびりと朝ご飯を用意していた。女の子達の中で最初に目を覚ましたのは、毎朝と同じくルーイだった。

「アキラちゃん、おはよう、おかえり」

「おはよう、ルーイ。ただいま」

 寝惚け眼のままで挨拶してくれる。可愛くて頬が緩んだけど、私の表情が彼女の目にはいつもと違うように映ってしまったらしい。目を擦って私を見上げた後、ルーイは少し首を傾けてしまった。

「アキラちゃん、どうかしたの? 元気ない?」

「……ちょっとね」

 まだ眠る子らを気遣って小さく答えただけのつもりが、弱々しく聞こえてしまったようだ。ルーイが心配そうに眉を下げ、もう一歩、私に近付く。大丈夫だよ、心配ないよって伝えるつもりで頭を撫でていたら、まだ寝ていたはずの三人が横になったままで顔だけを布団から出し、此方を窺ったのが視界に入った。みんな、優しいなぁ。

「眠い子はまだ寝てなさいって」

 苦笑してそう告げたのに、何故か逆にみんなは身体を起こしてしまう。ねえ。私の言葉を聞いて。

「……どーしたの、アキラちゃん」

 問い掛けてくるリコットの声が、眠たそうに、掠れていた。そこまで無理をしなくとも。

「ちゃんと話すから、慌てないで寝ててよ。逃げやしないってば」

「いつ」

「朝食後に」

「じゃあもう食べる」

「落ち着いて!」

 ちっとも聞いてくれない! 逃げないし大丈夫だから慌てないでゆっくり起きて! と改めて丁寧に訴えたら、しばらくじっと窺うように私を見つめた後、むにゃむにゃと言いながらリコットとナディアは寝転がった。ラターシャだけはそのままベッドの上でストレッチを始めてしまったけれど、彼女の場合はそろそろ普段の起床時間だからだろう。ふう。女の子達が怖いです。

 その後、いつもの時間までは何とか寝ていてくれた女の子達。しかし起きてからは事あるごとに私の表情を窺ってくる。段々、笑えてきた。

「みんなと一緒にご飯を食べてるだけで、元気が出るよ」

 五人でテーブルを囲んでいると、妙に癒される。心配そうに私を見つめてくれるみんなのことも可愛くて嬉しくて、だから、そう零したんだけど。

「そんなこと言っても誤魔化されないからね」

「なんという疑い深さ……」

 全く信用されていない。日頃の行いですねこれは。

「どうしてナンパに行っただけで、そんなことになったのかしら」

「手酷く振られただけならいいんだけど」

「良くないよ嫌だよそんなの」

 残酷な予想がみんなから挙がっている。想像して別方面に凹んでしまった。私をいたずらに傷付けないで。

 とりあえず朝食は落ち着いて摂ってもらって、食後にはみんなにコーヒーや紅茶を淹れた。ゆっくりお話ししましょうね。私もコーヒーを持ってテーブルに座り直す。すると待っていたかのようにリコットが厳しい表情で少し前のめりになった。

「ハイ、白状する」

「どうして取り調べ形式なの?」

 悪いことをしてきたわけでは、ないんですが。悪いことをしてきたのだと思われているのだろうか。本当、普段の行いが悪い自分のせいである。

「うーん。何から話すべきか……」

 まあ勿論、話すべきは『最初から』だけど。その『最初』が何処かなーと思ってね。手の平で軽く額を擦った。

「とりあえず昨日はいつもみたいな、飲み歩きのナンパじゃなくてさ。ギルドの受付の子から食事に誘われてて、それに行ったんだよ。ナンパするかどうか未定だったから、ちょっと濁したんだけど」

「ヘレナと名乗っていた、彼女かしら?」

「そう。ヘレナ」

「あー……」

 リコットは苦笑いをして、「やっぱりなぁ」みたいな顔をした。まあ、気持ちは分かるよ。前にみんなと一緒に居た時、やや不自然とも言える形でヘレナは私に声を掛けていた。何かしらの形で再び接触してくるかもしれないってことは、私も思っていたし、みんなも予想済みだったんだろう。

 だけど、一拍後にリコットは何かに気付いた様子できゅっと眉を寄せる。

「待って。それ事前に誘われたってこと? いつ? アキラちゃんの一人歩きは許してませんよ」

「うん、そうだね……」

 鋭いですね。そこですね。収納空間をごそごそして、私は彼女からお誘いを受けた時のメモをテーブルの上に置く。

「こういうやり取りを、この間ギルドに行った時に、こっそり」

 途端、ラターシャがテーブルに突っ伏した。自分が見張り担当の時だと気付いたらしい。

「書類にサインしてる時の手元なんか見れるわけない!」

「どうどう、どうどう」

 珍しくお怒りのラターシャを、リコットがちょっと笑いながら宥めてくれている。いやもう本当にね、ラターシャは全く悪くないです。ラターシャはお行儀が良かっただけ。

「そもそもは、ラタに隠したかったわけじゃなくて、向こうが隠すからさ」

「相手は仕事中だし、そうじゃなくても普段ナンパを避けてるような人なのに、誰かを誘うところなんて絶対に見られたくなかったんだろーね」

 リコットが優しくフォローを入れてくれた。未だ宥めるようにラターシャの背を撫でながら。

「でもその後も私達に隠してた」

「待って待って、怒らないで。聞いて」

 全然宥められてくれないラターシャさん。一体どうしてそんなに怒っているの。私を睨みつけてくるラターシャに対し、「待って」と示すように両手を前に出した。

「さっきも言ったけど、そういう『お誘い』なのか、何か別の目的なのかが怪しかったから、黙ってたんだよ」

 何かもう、浮気の言い訳をしているような情けない気持ちになってきた。おかしいな、真面目な話をしたいはずなんだが。私が話すだけでどんどん滑稽になる。

「ただのお誘いならね、別に隠したままでもいいかなって。いつもそうでしょ?」

 私が夜遊びをして何処の誰と寝ているかなんて、女の子達は誰も気にしていない。例えそれがちょっとした顔見知りだったとしても、別に知りたくなるほどの情報じゃないはずだ。そう説明する私の言葉に、ラターシャはやや不満そうな顔を残しつつも、ようやく、頷いてくれた。

「つまり今回は、『別の目的』の方だったのね」

「うん」

 食事の席ではずっと目的を隠していたけど、部屋に『そういう意味』で誘うように引き入れてから、ようやくヘレナはそれを打ち明けた。そんな経緯と、内容も全て、みんなに伝える。

 呪いだの何だのを一通り伝え終えるまでずっと黙って聞いていたみんなは、「以上です」と区切ったところで一斉に渋い顔で唸った。

「何ですか……」

 その反応は想定していなかった為、少し戸惑う。怒られるかと思ったが、みんなは唸るだけだ。怒りの発露が唸り声なのか?

「いや~、何て言ったらいいか分かんない。色んな気持ち」

「右に同じ」

「私も」

「うん」

 四人で綺麗に意見を揃えてくるのは可愛いが、私には何にも分からなかった。

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