第367話

 とりあえずさっきの条件を箇条書きにして、ヘレナに渡しておく。これは互いのサインも入れない本当の意味でのただの覚書おぼえがきです。ちゃんとした契約書は、解呪を行う時に取り交わすことにした。

「流石に今からは無理だな、準備が要るし、何より私を罪人にしない為のあれこれが必要」

 今此処で解呪を試して殺しちゃったら、間違いなく足が付くだろう。転移で逃げることも可能だが、今夜一緒に食事をしていた私の人相くらいは何人か覚えているだろうし、あのリーゼルって子なら、目撃証言だけですぐに私だと分かってしまうかも。

「私の解呪がもし成功したとしたら、その後、家族の解呪もお願いすることになりますよね」

「そうだね。あ、ご家族って此処から遠いとこに居る?」

「いえ、この街におります」

 ご両親と妹さんは三人でジオレンの端に住んでいるらしい。元々は家族でこの街に引っ越してきて、ヘレナだけが成人した頃に独り立ちする意味で、此処で一人暮らしを始めたとのこと。

 ……タグが出なかったので、嘘でも本当でもない。多分、一人暮らしを始めた理由は他にもあるんだろう。まあ、何となく察することも出来るが、今はどうでも良いことだ。

「では、私がギルドの仕事を一か月ほど休むことにして、部屋を少し片付けておけば、最悪の場合にも失踪と見せかけられるかと思います。更に書き置きでも残しておけば、確実でしょう」

「ふむ」

 少なくともヘレナの寿命が近いことはご家族の方がよく知っているわけだから、確かに、それを憂えたことにも出来なくはないな。そこまで事情を抱えた上で本人の字で書き置きがあったら、事件の疑いは薄まりそう。

「東門から出て少し行ったところに森があるよね。そこまで一人で来られる?」

 そんなに距離は無いから、まだ結界の影響があって魔物は寄り付かないところだ。その森を少し入ったところくらいまでなら魔物の危険が少なく、街の人も護衛を付けずに薬草を取りに入ることがあると聞いた。その説明も合わせてしたところで場所が分かったのか、ヘレナは頷いて「問題ありません」と言った。

「じゃあ、予定を合わせてそこで落ち合おう。場所は私の方で確保しておく。最悪の場合は遺体の処理もね」

 変な会話だよね。静かになってしまった。だけどふと、これでは別の懸念が浮かんでしまうと気付いた。

「……心配しなくても、君を犯して殺して捨てるだけなんてことはしないよ」

「そっ、そのような疑いは、持っておりません」

 驚いた。『本当』って出てるよ。お人好しさんだな。充分にあり得ることだと思うけど。例の貴族様のことを思えばね。

「ああ、そうだ。じゃあ念の為にこれはどうかな」

 疑っていないとヘレナは言うけれど、対応があるに越したことはない。私は収納空間から巾着袋を取り出して、中から金貨を十枚出した。持っているお金の額にヘレナはぎょっとしているが、私の財産はこの程度ではない。

「預けておくから、その日はこれを部屋の何処かに置いたままで来て。私が解呪に成功して、君が家に帰れたら返してもらう形で」

 ヘレナの遺体から鍵を抜くことは出来るかもしれない。でもそれを使ってヘレナの部屋を出入りしたら普通に怪しまれるし、転移魔法を使っても安全とは言えないので、やりません。

「で、ですがそれではアキラ様が、リスクを負うことになります」

 まあね。解呪できなかったら、私は協力をしておいてこの金貨十枚を失くすことになるのだ。可哀想。

「精一杯、頑張るよってことで。それに君だって、自分が実験で死んだ後の家族が心配でしょ。最低限、残せる財産だと思うといいよ」

「それは……」

 貯金は貴族様の懐に行ってしまったばかりで、今回、報酬として払えるほどのまとまったお金が無いと言っていた。死んでしまうかもしれないなら、本当なら、家族に幾らか遺しておきたいはずだ。

「簡単に失敗して死なせるつもりは無い。だから持っていて」

「……承知いたしました。ありがとうございます」

 渡した金貨をヘレナは丁寧に布に包んで、傍にある棚の上に置いていた。

「まずは、ギルド支部に休暇申請かな。どれくらい掛かる?」

「来週からであれば、おそらく休暇が取れます」

「そう。じゃあ日程が決まったら、その二日以上前に、宿に私宛の手紙を預けて。君の予定に合わせて私は動くから」

 待ち合わせの場所と時間も大まかに決める。もし何か都合が悪い場合や、不測の事態があった場合にも、手紙で連絡してくれるようにとお願いした

「さてと。女の子達に怒られないと良いけど……」

「お連れになっていた方達、ですね」

 うんうんと軽く頷く。彼女の反応よりも、私はこの時、みんなに怒られるかもしれないってことの方に気を取られていた。

「内緒にすると怖いからね、この依頼については話すつもり。付いてきたがるかもしれないから、当日も居るかも――」

 そこまで言って、はっとする。ヘレナはおそらく呪いをずっと隠して生きていただろうから、見物客が居るのは気分の良いものではないだろう。でも、だからって女の子達に「来ないで」と、私が言うとまた怒られてしまう。

「ヘレナを見世物にはしないから、許してほしい。あの子らは私と違って『善人』だ。君が嫌がることを喜んだりはしない」

 彼女自身が嫌がったら、それをちゃんと自分の目で見たら、女の子達は納得してくれると思う。私は信頼が無いのでね。そんな気持ちで言えば、ヘレナは頷いて「構いません」と言ってくれた。よかった。

 じゃあ私は、安全に解呪できるよう、これから知恵を絞るか。

 失踪と見せかけた書き置きをヘレナがさっさと捏造したのを確認した後、短い挨拶のみで部屋を辞去した私は、真っ直ぐに――とは言え、ちょっと重たい足取りで、みんなが眠る宿に戻った。すっかりと深夜だったので、起きている子は居ない。消音魔法で起こさないようにしながらお風呂に入り、私も一旦、就寝した。

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