第366話

 私のタグも万能じゃないから、これ以上の情報落ちは困る。後出しされたら対応し切れないかもしれない。気になることは、きちんと聞いていかないといけないな。

「これ、魔族の呪いみたいだけど、何か知ってる?」

 私の言葉に、ヘレナは驚いた様子で目を見開いた。

「そのようなことも、お分かりになるんですね」

「まあね」

 魔族の呪いであることは彼女の一族の中でも『もしかしたら』程度の感覚で語り継がれており、ヘレナは眉唾なことだと思っていたそうだ。

「私の祖先は、優れた結界術師であったそうです。私共には、そのような能力はまるでございませんが」

 タグは『本当』と示している。私はチラッとそれを確認して、一応、メモを取った。

 彼女の言うその祖先は、三代目の救世主と魔王が戦った頃の人であるらしい。そしてその結界術師も、前線に出ていた。戦える術ではないが、守りの術として結界魔法は絶大だ。重用されたことだろう。

「ですが呪いを受けた経緯は、まるで分からないとのことです」

 何度か魔族と対峙したことがあるとは言われているものの、その場では何も起こらず、戦後から数年経って、子をした時に初めて自らの身体と子供の身体に、呪いの魔法陣が浮かび上がったのだそうだ。それなら呪いを『いつ』受けたのかは、本人にも分かっていなかったのかもしれない。

 二十五歳、三十歳、五十歳で死んでしまうことなどは、何代にもわたって受け継がれる中、多くの犠牲の元にようやく判明したことだった。

「ヘレナはお母さんにどう言われても、家族を持とうとは思えなかったの?」

 受付台の列を見る限りはモテそうだし、少し真面目すぎる印象はあれど、物怖じしないから話しやすい人だ。今までに良い人の一人や二人、とっくに出会っているだろう。呪いを抱えている身ではそう簡単に決断できることとは思わないものの、子供はともかく、伴侶という心の支えくらいは得ても良かったのではないかと単純に思った。けれど、ヘレナは困った顔をしていた。

「その、私は対象が、男性ではないので、……どうしても」

「あー……」

 そういうこともあるよな。当事者なのにピンと来なかったわ。「ごめん」と短く告げる。

 彼女にとったら、呪いを子にも背負わせる云々じゃなくて、男性と愛のあるそういう関係がそもそも結べないんだ。なら、お母さんからどれだけ「幸せになれるから」と言われても困るだけだな。大変だったろう。やはり同情しそうになるから、これ以上は掘り下げるまい。

「さて、解呪か。言い難いんだけど、ちょっと確約できない」

 唐突に言い放ってしまったものだから、受け止める覚悟が間に合わなかったらしいヘレナは私を見つめて、僅かに瞳を揺らした。

「見たことが無いものだし、複雑な術だ。解呪の過程で死んでしまう可能性もゼロじゃない」

 言う順番がちょっと悪いかもしれないとは思う。でも楽観視できる状況じゃないので、包み隠さずリスクを伝えるしかなかった。フォロー役が此処に居ないので、悪いが受け止めてくれ。

「そこで、解呪に幾つかの条件を提示する」

 丁寧にそう言って、彼女の瞳の色が少し変わるのを見守った。つまり私は、『解呪』を条件次第で引き受けるつもりであると、示したのだ。

「まず一つ、君には実験体になってもらう。解呪はやってみないと分からないから、お母さんと妹さんを安全に解呪する為に、君の身体で試す」

「問題ありません」

 ほんのひと呼吸すら空けずに、ヘレナが頷く。この点を彼女は躊躇わないだろうとは思っていたので、私ものんびり頷き返す。

「次に、君が最悪死んでしまった場合にも、私が罪人にならないように考えて、協力してほしい」

 必ず成功するとは限らない。しかしヘレナが呪いを周囲に隠しているのなら、私と二人きりの状態で亡くなると、どう考えても私が殺したようにしか見えないだろう。王様まで巻き込めば罪人になるのは逃れられるかもしれないが、極力、面倒は避けたい。

「……そうです、よね。今すぐに案が、出てこないですが、協力は勿論、致します」

「後で相談しよう」

「分かりました」

 これはやや薄情と言われる覚悟もあったが、ヘレナにそんな様子は無かった。すんなりと了承を得たので、そのまま話を進める。

「それから、私が解呪したことは君自身とその家族以外に知られたくない。秘匿してほしい」

 私の方の事情はともかく、この条件を飲んでヘレナが困ることは何も無いはずだ。予想通り、ヘレナはこれも躊躇いなく頷いていた。

「最後に、解呪の報酬だけど――」

 ヘレナの表情が強張る。私も一度、言葉を止めた。会話しながら考えたことだから、本当にこれで良いのだろうかと整理する為にも、その間が必要だった。

「お金や身体を要求する気は無い。その代わり、君には生涯、私を最優先にしてもらう」

 この説明だけではよく分からなかったらしく、ヘレナはゆっくりと首を傾ける。流石にこれだけで説明を終える気は私も無かったので、もうちょっと噛み砕いて説明した。

「協力してほしいと私が言ったことには、ギルドや、貴族、王族に反してでも協力してほしい」

 ものの例えのように言ったが、かなり現実的に起こり得る事態だ。常に王族とは隣り合わせで生きているので。そういう私の状況を隠したままこれを願うことは卑怯だったかもしれない。だけど現状、追い詰められているのはヘレナじゃなくて私だ。この程度のことは許してほしい。

「これは成功報酬だから、解呪に失敗すれば必要ない。勿論、全員分の解呪だ。三人の内、一人でも失敗したら要らない」

 家族を傷付けるようなことは頼まないし、極力、ヘレナが危険に晒されてしまうような、拾った命を投げ捨てなければならないような命令はしないつもりだ。だけど少しのルール違反や、法律違反は、もしかしたら願うかもしれない。一番危ない頼みごとの例は、「貴族から匿ってほしい」とかかな。今のところ予定は無いから、あくまでも例だけど。私の説明に、ヘレナはもう心を決めたかのように強い瞳で私を見つめた。

「どんな命令でも構いません。解呪して頂けるなら、生涯あなたに従います」

「……なら、引き受けよう。ガロにもゾラにも今回の件は言わないよ」

 私の言葉に、ヘレナは気が抜けたのだろうか。ずっと我慢していたはずの涙を幾つも零して、震える声で「ありがとうございます」と言った。

 まだ解呪していないから、それはまた、その時で良いよ。優し過ぎない言葉で、私は震えている彼女を少し宥めた。

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